夢日記 2002.7.131

72日。火曜日。

 

巨大な目が目の前にある。マグロが横になっている、と僕は思う。

 

それがじっと動かない。瞬きもせずにぼくを見つめる。

黒目がよどんでいる。

 

ぼくはたまらず口の中を探る。

思ったとおり奥歯が揺れている。

 

ぼくは歯をつまみ、真上に引き上げる。

痛みも無く歯は抜ける。

歯は銀色の針金に巻かれている。

それに守られていたのだ。それに支えられていたのだ。

 

だがもう支えられない。

簡単に歯は抜けた。

ぼくはその徐々に大きくなっていく歯を指でつまみながら、マグロの目から早く遠ざかろうとする。

 

だが早歩きから逃げようとする気持ちが伝わってはいけないのだ。

ぼくは慎重に歯を持ちながら歩いていく。

 

何かとても情ない気持ちがする。

 

75.金曜日.

古い一軒家.

あれは昔のバイトの先輩.長髪で一本どっこのカッコいい男だった.

そしてもう一人が女.

2人は同棲している.

そこにぼくが入り込んでいるのだ.

 

女の人の腰にぼくは手を回している.

嫌がらない.

柔らかな感触が伝わる.

先輩はそれを知っていて、何も言わない.

僕はその人がいいなと思ってはいるが、先輩の彼女なのでこれ以上はだめだと思っている.

 

風呂場で彼女が泣いている.

ぼくは慰めようかどうしようか、迷っている.

鏡に廊下でこちらをうかがう先輩を見た.

やはり気になっているのだ.

 

ぼくはゆっくりと振り返り、廊下に出た.

誰もいない.

 

泣き声が小さく響いている.

きっとぼくの出る幕はないのだ.

 

せみの声がうるさいのに気づく.

 

77.日曜日.

あの子だ.

あの時のように、ニコニコと、何の屈託も無く、無邪気に笑っている.

こっちを見ようとはしない.

でもこちらには気づいている.

分かってるのだ.

 

ぼくは近づけない.

遠くで泣いている.

夢だから大泣きをしている.

大泣きをしている.

 

710.水曜日.

ぼくは何かを映す鏡のようなものらしい.

みんながぼくを遠巻きにして見ている.

 

近づかない.

だがじっと見ている.

ぼくはそんな周りの一人一人を見返そうとする.

みんなの視線は強く、ぼくはうつむく.

 

何でそんなにぼくを見るのだ.

いやみんなぼくを見ているのではない.

 

ぼくを通して自分の見たいものを見ているのだ.

みんなぼくを見てぼくを見ていない.

ぼくを必要として、必要としているのはぼくではない.

 

ぼくは悲しくなる.

ぼくはいなくていい.

でもみんなはぼくを必要としている.

 

ぼくはいることに決める.

 

きっとぼくは大変な決意をしたに違いない.

それはぼくの気持ちが風にバタバタと何世紀も揺れていた事を誰かから聞き、寂しい思いを抱きながら何年も過ごした事から分かった.

 

ぼくはその時のように座り込む.

 

みんなぼくを見ているが、ぼくはもうどうでもいい.

ぼくはどうでもいいのだ.

 

それがぼくの役割なのだ.

 

729日。月曜日。

真っ暗な闇。

重い闇だ。

誰かがそばにいる。一緒に何かを探している。男だ。

2人で壁や植え込みや階段を何回も超えながら、進んでいる。

コンクリートの街だ。

 

見つかってはいけない。

極秘の任務のようだ。

見た事を記憶する。それを報告する。

報告の場が恐ろしい。

見た物をそのまま言えばいいのだが、言えずにその場で任務を解かれ追放された兵士がこれまでに何名にも及ぶ。

 

そうだ、ぼくは兵士なのだ。

追放された兵士はそれきり言葉を失いうつむいたまま国中をさ迷っている。

何人かを見た事がある。

目を大きく見開き、うつむき、頭を小刻みに揺らしながら、歩いていた。

 

黒い闇の中に灰色に天に伸びる重い質感の何かを見た。

自由の女神の松明を持ちのびる右腕のようだった。

 

だが巨大だ。

視界の全てを覆っている。

しかも分厚い。

こちらに迫ってくる。

ゆったりとした襞に幾重にも包まれている。

 

石だ。

巨大な石。

襞がゆっくりと動いていて、柔らかな感触がこちらに伝わってくる。

引き寄せられる。

だが空気は冷え始め、体が強張っていく。

巨大な襞の中に小さな襞が揺れ始め、隣の男が無防備に立ち上がるとその襞を目指して歩き始めた。

ぼくは止めもせず見つめた。

思った通り男は体中に冷気のため、霜柱を立て、襞の中に吸い込まれると今度は赤く滴りながら溶けていった。

うっとりとした顔を最後にぼくに向けた。

 

僕も立ち上がった。溶かされなければならない。

溶けてあの石の中に取り込まれるのだ。そしてあの石を大きくする。

 

僕は立ち上がった。

そのとき石はふっと消えた。

手を伸ばす。

たしかにそこには重い何かがあった感触がある。

赤い滴りもある。

うっとりとした男の顔を思い出したくて、ぼくはその滴りを指ですくうと舐めてみた。