14         桜井亜美

「そうです.僕が、酒鬼薔薇聖斗です.」

 

一人の個人が生まれた瞬間だ.

そしてそれは世界と憎悪とでしか繋がることのできなかった悲劇だった.

 

桜井亜美の「14」、ほぼ納得できる.きっとこんな時代と環境と個性とから彼は生まれたのだろう.

 

権威の無い、母親には何も言えない頼りない父、子を見ず世間体ばかりを気にする母、強制収容所としての学校、そこでのいじめ、阪神・淡路大震災を経験することで見た、脆くはかない人間の肉体、オウム真理教のサリン事件による、自らの狂信に従い「やってしまえる」という事実.

さらに子供たちを襲うミサイル.世界中の終らない戦争.

そして、幼い頃経験した母親の自分への殺意、未遂の殺人.

唯一自分を見、許してくれる存在だった祖母の死.

 

小さい頃から空想癖があり、感受性が強く、無力で、しかし全てを投げ捨て判断停止状態に自分を置くほどには自分を捨てきれない彼にとって、他人と繋がるには「憎むこと」しかなかった.

 

「いつかやってやる.」

 

そう思うことでしか1日を生き抜けない.

 

「そうです.僕が、酒鬼薔薇聖斗です.」

 

悲しくもあるが誇らかでもあり、堂々とした宣言であるが、虚しい.

 

ただ一点、納得できない個所がる.

それは彼が生贄として殺す、知恵遅れの子だ.

桜井は彼が生贄として彼を選ぶ理由を、簡単に拉致できる無力の子供だからとしている.

 

これは違うと思う.

ダイドウカズキが酒鬼薔薇聖斗になるためには、憎悪を徹底させなければならない.そのためには彼は彼の最も愛するものを壊さなければならない.

最も大事なものを自ら壊さなければならないことで憎悪を確立する.

 

 

彼が守り育てたかったもの、しかし無力ゆえに育て上げることのできなかったもの、だからそこ彼を苦しめ、憎んだもの、「弱さゆえの純粋さ」.

それが3号機と呼ばれる知恵遅れの子だ.

そしてそれは同時にダイドウカズキをさらに弱く、純粋にした存在、彼以上に彼である存在でもある.

そして実際、彼の名は、「純君」だった.

 

一番大切なものを一番憎み、それを壊すことで、自分自身を確かめる.

自分自身を作り上げる.

生きながらの自殺.

壊すことで作る.

だが作り上げたものは、壊されたものだ.

そこには何も無い.

無いからそこにある.

 

そんな自分とは一体何か.

そんな自分に一体誰がした?

 

矛盾.やるせなさ.狂おしさ.憤り、噛みしめる絶叫.声にならない叫び.

 

奈落の闇への墜落.

後ろ向きに頭から落ちていく.

永遠の墜落.

 

どんどん光は遠ざかる.だが見えなくなることはない.

どこまでも落ちていく.

だが底はない.

微かに風の音が聞こえる.

それだけが生きて動いている証なのだ.

                               2006.1.17