ヨーゼフ・ボイスの言葉 1

Joseph Beuys

ヨーゼフ・ボイスの言葉のなかに、有名な『全ての人は芸術家である』がある。
この言葉は多くの誤解を生んだように思う。
もともと"Jeder Mensch ist ein Kuenstler"の翻訳語であるこの言葉は、
誰もが絵描きになれたり、彫刻家になれるという意味ではない。

このなかの"Jeder"は、"Jeden Tag"=”毎日”という訳のとおり、
”それぞれの”と言った意味をもっている。
”全ての人が”ではなくて、ニュアンスとして、”個々の人が”という意味があるように思う。
それぞれの人が独立した職業を持ち、その中で芸術家として生きることが誰でも出来るのだと、
ボイスは言いたかったのだと思う。
そうでなくては、"Aller Mensch ist ein Kuenstler"と言っているはずだ。

ボイスの概念で言う芸術家とは、”創造的な人”、”正しい事を、正しい時に正しくできる人”。
それまでのルールに従うだけの人ではなく、新しいルールを作る為に自ら行為する人。
従来の価値観を批判するだけではなくて、自ら新しい価値観を作り出す人のことだと、ぼくは思う。

芸術とは、トートロジーそのものだと思う。
人間のなかにある矛盾そのものとも言える。
どんな動物も植物も合理的で矛盾がないが、人間だけは矛盾のなかに生きている。
人間について人間が知ろうと言うのだから土台無理なはずだ。
ルールのなかにいる人間がいずれルールから出ていく、それどころか、ルールを変え始める。
たしかに奇蹟に違いない。
だがそうしたことを、人間は行ってきた。
たとえ、それが神の手の上だけのことであったとしても。

1997年8月21日