さ っ た 峠

静岡県清水市−由比町
2002.4.27

 さった峠の「さつ」は薩摩の「薩」、「た」は土偏に「垂」の字をあてる。残念ながらホームページでは「た」の字を表示できないので、ひらがな表記にした。
 さった峠越えの道は、江戸時代には3つあった。江戸時代以前は潮が引いたときに波打ち際を駆け抜けるしか方法がなく、これを「下道」といった。明暦元年(1655)に朝鮮通信使のために崖に道を切り開き、これを「中道」といった。その後内陸から山中に道を付け、これを「上道」とした。下道→中道→上道の順で人々に利用されてきたが、幕末の安政の地震で周辺の海岸線が隆起し、人々は再び下道を利用して興津−由比間を行き来する事が出来るようになった。
 今日は天気もいいので、最初から最後まで海を眺められる中道のさった峠を目指すことにした。

周 辺 図 へ


 興津東町内の路上に車をデポ。標識に沿い、中道のさった峠を目指す。舗装された直線の坂を越え、墓地の中を通り、峠路に取り付く。
 山道のきつい階段を上り、カーブを曲がると周りがパッと明るくなり、目の前全部が駿河湾となった。うーん、ある程度予想していたといえ、ここまで見事に景観が変わる峠というのも素晴らしい。潮の匂いや海鳥の声を楽しみながら、コンクリートで補強された階段をひたすら上っていく。
 程なく峠に到着。峠には多くの案内板が立ち並び、その中の一つで記念写真。ボトルの水を口に含んでベンチに座り、青一色の海を望む。
 峠全景。北側から撮す。中道のさった峠は、見ての通り崖に付けた道のピークであり、世間一般に言う峠とは違う。
 峠を下る。勾配はとても緩やか。未舗装で狭いがとても暖かみがある路だ。時折吹く海からの風が心地よい。
 なおも下っていくと「展望台」なる物が出現。登ってみると、観光ガイド誌などで有名な景色がそこに広がっていた。国道1号線、東名高速道路、そして東海道本線がぎゅっと一箇所に固まっていて、まさに日本経済の頸動脈だ。そして遠くに富士山が霞んで見え、ある意味で日本を象徴する景観であると思う。
 なおも下り、観光駐車場の中を通り過ぎ、上道と合流。写真は合流地点から数メートル戻ったところに位置する上道のさった峠。北側も南側も急勾配で、山の鞍部を鋭い角度で乗っ越している。
 この後凄まじい急勾配の路を西倉沢に下り、国道1号線の脇に付けられた自転車専用道路?をぶっ飛ばしてデポ地に戻った。

目次に戻る