『福永陽一郎氏の人と功績を偲ぶ』

《<音楽現代> 2001年12月号 P222〜223 「読者の広場」掲載》


 2001年10月14日、藤沢市民会館大ホールにて『福永陽一郎メモリアルコンサ ート&回顧展“陽ちゃんといっしょin藤沢"』が行なわれた。 1990年2月に他界された福永氏を偲び、氏の薫陶を受けた合唱団やオーケスト ラが出演し、音楽界の重鎮で福永氏の盟友・畑中良輔氏の軽妙な司会進行 による楽しい音楽会であった。福永氏が編曲や作詞された曲を湘南コール・ グリューン、藤沢男声合唱団、早稲田大学グリークラブOB、法政大学アカデミ ー合唱団OB、同志社大学グリークラブOB、藤沢市民交響楽団等が各団体の特長 を生かして演奏していたが、圧巻は合同合唱(陽ちゃんといっしょ合唱団) の畑中指揮のブラームス「運命の歌」だった。畑中氏の雄大かつ優雅なロマン ティックな演奏は素晴らしかった!畑中氏のますますのご活躍を祈念したい。
 そして、この演奏会では福永陽一郎氏の2人のお孫さんが、指揮者とトランペ ット奏者として出演されたことも嬉しかった。祖父が生みの親であり、育て の親であるオーケストラ(藤沢市民交響楽団)を指揮した最後の合唱入り(福永 陽一郎作詞)の「フィンランディア」の壮大さと情熱迸る指揮ぶりに、若き 日の祖父・福永陽一郎を髣髴とさせたに違いない。(陽一郎氏の血を受け継い だ2人の若き音楽家・小久保大輔、陽平兄弟の今後の活躍に期待したい。)
 しかし、このコンサートの内容について書くことが目的ではない。没後11年 も経っているのに、“陽ちゃん"の愛称で多くの人から親しまれ、 慕われ、尊敬されている“福永陽一郎"という音楽家の功績について述べるこ とにしたい。
 1926年、神戸に生まれた福永は、東京音楽学校(今の芸大)を卒業直前に退学 している。それも、当時の大教授I氏との演奏解釈の相違から、持論を 主張し、謝罪に応じず退学届を叩き付けての自主退学であった。その後、演奏 の現場に飛び込み、ピアニストとして東宝交響楽団に入団したり、近衛秀麿や マンフレッド・グルリットに師事して指揮者に転じ、あの藤原義江をして“オ ペラの虫"と言わしめたほどにオペラの世界に身を投じ、1950〜60年代 のオペラ界を裏(コレペティトーワ)と表(藤原歌劇団常任指揮者を10年)の両面 で支え、日本初演のオペラ公演なども多く手掛けていた。NHK招聘の イタリア歌劇団公演の際には、日本側代表指揮者として参画し、副指揮者や合 唱指揮者を務めたが、この時の貴重な経験が、後の「藤沢市民オペラ」へと生 かされることになる。
 また、合唱界でも活躍し、畑中氏と日本初のプロ合唱団「東京コラリアーズ」 を創立したり、各地の市民合唱団や大学の合唱団を熱心に指導した。日本各地 を演奏旅行し、合唱音楽の普及に多大な貢献をした。(ダークダックスとも密 接な関係にあった。)そして、合唱音楽普及のために福永が残した功績が、多 くの編曲である。「東京コラリアーズ合唱曲集」「グリークラブ・アルバム」 「福永陽一郎合唱曲選集」「福永陽一郎コーラスコレクション」等、正規に出 版されている(いた)ものあるが、その数は膨大で、各合唱団所蔵のものなど、 現在整理が進められているとのこと。自主出版に近い形で出版されたものも含 め、大変な好評と聞く。福永は合唱音楽を常にグローバルな視野で捉え、研究 に余念がなく、編曲と演奏(指揮)により、その素晴らしさを伝授していった。 福永の指揮で歌った経験のある者たちが、未だに彼の棒を懐かしみ、音楽を偲 んでいる証しが今回のメモリアルコンサートだったともいえよう。 オペラ指揮者・合唱指揮者として第一人者であった福永の功績といえよう。
 さらに、音楽評論家・批評家としての福永陽一郎に触れないわけにはいかな いだろう。多くの音楽雑誌にレコード評や演奏論、ライナーノーツを書いてい たが、その膨大な量の一部が、コンサート当日、「回顧展」と称し、福永所縁 の品々(ビデオや写真、直筆のスコア等)とともにロビーに展示されていた。 福永評論の熱心な読者は多く、彼独特のユニークな表現で鋭く斬り込む明快な 評論は、他とは一線を画し、音楽ファンはもとよりプロの評論家や演奏家から も支持されていた。未だに、“福永陽一郎"の名前を音楽雑誌で見かけるが、 彼の主張が引用されているという事実が、彼の音楽界における影響力の大きさ を如実に物語っているといえよう。彼の主張には演奏家気質が滲み出た一人の 純粋な音楽ファンとしてのアマチュアイズムがあり、多くの人を魅了したのだ ろう。彼の著作が絶版となっている今、その再版と新たに彼の評論を集めた本 の出版も期待したい。(その水面下的な動きとして、「演奏ひとすじの道」や 「CONDUCTOR」という自主出版に近い形での本や私的通信があるが、 福永ファンに強く支持され、熱心に読まれている事実に注視したい。) なお、当日のロビーでは、特別限定発売CD「福永陽一郎合唱名演集」が販売 されていたが、福永が東芝EMIに録音した「現代合唱曲シリーズ」が廃盤(絶 盤?)という悲しい事実を知った。1969年から発売された福永指揮の50 枚に及ぶLP(および収録曲の組み合わせを変えて発売されたCD)は、現在 の合唱音楽隆盛の起爆剤ともなった録音であり、演奏であり、多くの合唱ファ ンに愛聴されたバイブル的存在であった。所謂、スタンダードな演奏ではなく、 作曲家自身も舌を巻く、福永の主張・個性に溢れた演奏であった。レコード会 社にお願いしたいのは、ミュンシュやクリュイタンス等の往年の名盤をリマス タリングを繰り返し何度も発売することではなく、我が国の芸術・文化である 邦人作品・合唱曲の名曲・名演こそに目を向け、リマスタリングを施し、廉価 で再販することの重要性と意義を考えていただきたい!ということである。 福永指揮の「水のいのち」「月光とピエロ」「筑後川」「光る砂漠」等の名演 に耳を傾けて欲しい。福永陽一郎がロバート・ショウやロジェ・ワーグナーと 並ぶ素晴らしい合唱指揮者であったことを再認識することと思う。
 福永は自分と同じように純粋な気持ちで音楽と向かい合い、取り組める相手 としてアマチュア音楽家(学生・市民)たちと積極的に関わってきたが、その 最大の成果が「藤沢市民オペラ」だったかもしれない。福永の音楽人生の総決 算ともいえる「藤沢市民オペラ」のますますの発展と成功を祈念したい。
 音楽に純粋に生き、音楽を愛する多くのアマチュア音楽家たちをインスパイ アし、没後10数年を経た今日でも、福永陽一郎(“陽ちゃん")の「人間」 と「いきざま」と「音楽」は、多くのファンを魅了しつづけているのである。

大山 隆

 福永陽一郎Memorial