福永陽一郎さんとレコード録音


 福永陽一郎氏が1990年2月に昇天されて早17年が経過した。 この間、福永氏の盟友であった北村協一氏や関屋晋氏も逝去された。 "陽ちゃん"の愛称で呼ばれることを好んでいた福永先生の薫陶を受けたアマチュアの合唱家は数千、いや数万人に及ぶかも知れない。混声合唱では法政大学アカデミー合唱団やジャパン・アカデミー・コーラス(JAC)等、女声合唱では湘南コール・グリューン等、そして、最も力を注いだ男声合唱では早稲田大学グリークラブ、同志社大学グリークラブ、西南学院グリークラブ、関西学院グリークラブ、小田原男声合唱団、藤沢男声合唱団等、数々の学生・市民のアマチュア合唱団を指導していた陽ちゃんであるが、録音を残した合唱団は他にも存在しており、合唱音楽界における陽ちゃんの活躍ぶり(実績・足跡・尽力)は筆舌に尽せない思いである。私が陽ちゃんの指揮でオペラやオーケストラ、コーラス(合唱)を聴いていたのは1980年〜90年の亡くなるまでであり、晩年の10年間は東京と神奈川(藤沢)で行なわれた演奏会の殆どに足を運んでいた。演奏会終了後、楽屋に顔を出し、一言・二言感想を述べることが習慣になっていた。しかし、訪問者でごった返していたり、体調が悪い時などは「今日も聴きに来ましたよ!」と、ちょっとだけ挨拶をしたり、人の間から顔を確認しながら、笑顔で手を振るだけの時もあった。いずれにしても、熱心な聴衆の1人(追っかけ?)であった。
 昇天されて17年余、年を追うごとに陽ちゃんの偉大さ、凄さを痛感している。 音楽界−とりわけオペラ界・合唱界−における影響力の大きさは歴然とした事実であり、批評・評論の世界でも"福永陽一郎"が語った(書いた)ことがいまだに頻繁に引用されている事実もある。陽ちゃんから直接指導を受けたアマチュア(プロも!)音楽家にとって、それはまさに(陽ちゃんの好きな言葉で言うなら)インスパイアされたということになろう。
 インターネットの普及により、"福永陽一郎"を検索キーにリンクを辿っていくと、さまざまな陽ちゃんの「顔」が見えてくる。「2ちゃんねる」も含めて、私が知らなかった(知り得なかった)陽ちゃんの「顔」、私だけの陽ちゃん&みんなの陽ちゃんの幅広い"福永陽一郎"の姿が見えてくるのだ。そんな中で最も強く感じるのが、合唱音楽の編曲者としての功績である。正規に出版されていないものも含むと、その数は膨大である。合唱音楽において、「福永陽一郎編曲」という文字が見られないコンサートやCD(LPレコード)のジャケットを探す方が難しいという気がするぐらいである。最近、合唱を始められた人から見ると、"福永陽一郎"という人は「編曲者」だと思われているかも知れないし、指揮者としての活躍を知っている人であっても、録音の殆どが廃盤になっているためか、「編曲者としては素晴らしい!」と思っている人も居るかも知れない。しかし、いずれにせよ、合唱をする人の多くが"福永陽一郎"という名前を知っていることには間違いないし、直接指導を受けた人、陽ちゃんの指揮で歌ったことのある人には、ずっと心に残っている音楽家であり、強烈な存在感であることであろう。
 さて、今回は、そんな陽ちゃんが指揮した録音(LPレコード、CD)について、書いてみたいと思う。陽ちゃんが亡くなって後、この分野に言及する企画や特集が見受けられないこと、早稲田大学グリークラブのOBの方が過去の録音をデジタル化したこと 〔参照:http://yamakodou.blog54.fc2.com/blog-entry-11.html〕、陽ちゃんが自らライフワークと言って情熱を賭けた東芝EMIの<現代合唱曲シリーズ(LPレコード)>・<合唱名曲コレクション(CD)>が廃盤になって久しいこと、昨年「ビクターVS東芝EMI」の《合唱ベストカップリング・シリーズ》が発売されたこと、そして、先日、神保町の中古レコード店で陽ちゃん指揮の知られざる(私は知らなかった!)レコード(※)を見つけ購入したこと、これらの理由から『福永陽一郎さんとレコード録音』を書いてみたいと思った次第です。最初にお断りしなくてはならないのは、陽ちゃんが正規に残した録音(LPレコード、CD)の正式な(あるいは纏まった)データは持っていないことと、私が所有している録音も決して多くはないということである。陽ちゃんが残した録音について、もっと詳しい方はたくさん居られるでしょうし、陽ちゃん指揮のLPレコードやCDを多数お持ちの方も居られることでしょう。また、福永ママさん(暁子夫人、藤沢で元気に暮らしています。私の亡父と旧満州・大連市嶺前小学校の同級生)にお願いして確認させていただくことも可能ですが、とりあえず、私が今持っている情報だけで書くということ、ご容赦いただきたい。
(※)神保町の富士レコード社で、同日に3枚購入したレコードは以下のとおり。
<1>男声合唱名曲選=1「月光とピエロ」 ビクターSJX−1008
   A面:「月光とピエロ」    畑中良輔/東海メール・クワイアー
      「智恵子抄巻末の歌六首」水谷昌平/東海メール・クワイアー
   B面:「枯木と太陽の歌」   福永陽一郎/関西学院グリークラブ&
                        同志社グリークラブ
      「蛇祭り行進」     福永陽一郎/慶応ワグネル・ソサイエティー&
                        早稲田大学グリークラブ
<2>「クリスマス・キャロルス」 東芝JCO1012(25cm盤LP)
    福永陽一郎(編曲・指揮)/二期会合唱団
    †ポピュラーな名曲揃い。陽ちゃんによるライナーノートも素晴らしい!
    〔参考:http://christmasx.hp.infoseek.co.jp/a-nikikai.htm
<3><現代合唱名曲集シリーズ・多田武彦作品集> TA−60028
   「柳河風俗詩」(他、「中勘助の詩から」「富士山」)
    福永陽一郎/日本アカデミー合唱団
    †「富士山」以外の2曲はCD化されていないため購入した。
 私にとっての福永陽一郎指揮の録音(正規の)といえば、先ずは東芝EMIの<現代合唱曲シリーズ(LPレコード)>であり、そこから一部カップリングを変えて発売された<合唱名曲コレクション(CD)>のことを指す。陽ちゃんは<現代合唱曲シリーズ>について、『私は、世の合唱指導者たちや、心ある団員たちが、どんなに「その合唱曲の音」を聴きたがっているか、とくに、東京、関西、中京地区のような、豊富な合唱活動がおこなわれている大都会から離れた場所で、熱心に音楽にたずさわっている人々が、たまたま出版され入手することができた楽譜が、音として聴き得ないために、非常に多くの楽曲を見すごしてしまうかを知っていた。それで、楽譜として入手できる合唱曲のうち、とくに進んで推薦できる楽曲を中心にした、一種のアンソロジー的なシリーズ・レコードを企画したのである。もし、単に「音」としてではなく、「音楽」としてできあがっているレコードという印象をもって聴いていただけたら、望外の喜びである。』とライナーノートに書いている。 まさに、合唱音楽の素晴らしさを普及させようという明確な意志と使命感に圧倒される。 1969年にスタートした、このシリーズは福永陽一郎の監修と強力なイニシアチブにより、我が国の合唱音楽の普及に多大な貢献をした。[1952年に畑中良輔氏と我が国最初のプロの合唱団である「東京コラリアーズ」を創設し、指揮に編曲にピアノ伴奏に八面六臂の活躍で日本国中を演奏して回った。藤原歌劇団のコレペティトーワや常任指揮者を兼務しながらも、毎年80回に及ぶコンサートを10年間行なったという。この「東京コラリアーズ」から、後の音楽家や合唱指導者たちを多数輩出することになる。伊藤栄一、佐々木行綱、若杉弘、北村協一、立川清登、岡村喬生、平野忠彦、加藤磐郎、遠藤猛、ダークダックス、勝山邦夫、菊地初美、世良明良…等。こういった錚々たるメンバーが、地方のコンサートでは夜を徹して音楽談義に花を咲かせたという。]
 東芝EMIの<現代合唱曲シリーズ>では、当初、福永陽一郎はレコーディングのために結成した「日本アカデミー合唱団」を指揮していたが、これは当時の合唱レベルを考慮し、録音という目的のために選択された方法であった。今聴き返してみると、録音の古さや当時の録音技術の限界、寄せ集め合唱団という印象を拭えない部分もあるが、その反面、一種の使命感にも似た情熱と勢いを感じる演奏でもある。福永陽一郎以外にも指揮者陣も合唱団も一流を揃えている。これは、もう一つの雄・ビクターの「日本合唱曲全集」に対抗していたと思う。一部、指揮者も合唱団も重複しているが、ビクターは作曲家立ち会いでの録音が基本、東芝は福永陽一郎や北村協一等の強靭なディレクションによって録音された点が根本的に異なるのである。よって、福永のポリシーでは楽譜が出版されている楽曲で、とくに名作といえる曲を選んで録音しているものの、その演奏は−俗に言うところの−スタンダードとか、オーソドックスな演奏とは一線を画している点がユニークで面白いと思う。作曲家自身が気が付かない楽曲の魅力を引き出したり、作曲家が舌を巻く説得力のある個性的な演奏が録音されていったのである。(逆に、作曲家が喜ばない演奏もあったと聞くが、作曲家達からも、東芝で福永陽一郎等の指揮で録音されることが恐ろしい反面、非常に期待を抱いていたのも事実のようだ。やはり、自身の作品を純粋に第三者の演奏家の目で捉え、解釈されることで、自分が予期していない作品の魅力・可能性を引き出してくれるわけだから当然だったかも知れない。それ以上に、福永陽一郎の監修あるいは指揮で、自作が東芝で録音されること自体が、一定の評価やステータスを得たことの証しであり、"形"に残るのだから、嬉しかったに違いない。)
 この東芝EMIによる<現代合唱曲シリーズ>の全貌が見えない。LPレコード時代にもレコード番号が何度か変更になり(価格もだが)、カップリングも一部変わっているかも知れない。混声合唱曲・女声合唱曲・男声合唱曲の名曲の殆どが録音され、発売されたはずである。指揮者は、福永陽一郎、北村協一、木下保、清水脩、高田三郎、近藤安个等であるが、直近に(といっても、2001年)発売されたCD『福永陽一郎合唱名演集』(リマスタリングが大成功してクリアーな音で聴ける!)の畑中良輔氏のライナーノートに拠れば、福永陽一郎が指揮したLPレコードは−東芝を主として−50枚を下らないという。LP時代の<現代合唱曲シリーズ>が、カップリングを変えてCD化されて<合唱名曲コレクション>へと継承されたわけだが、ここに1つのポイントがある。LPでは発売されていた録音のうち、CD化されていない録音があることである。理由は不明だが、録音(マスター)状態や演奏の質が理由であろうか。あるいは、同一楽曲が複数録音ある場合は、基本的に新しい録音の方が選ばれたのであろうか。福永陽一郎もライナーノートに書いているが、シリーズ当初の方針としては、同一楽曲は再録音しない予定であったものの、歳月の経過とともに、録音技術も演奏技術も目覚ましく向上し、さらに、繰り返し演奏されることで新たな解釈も生まれてきた等の理由で、同一楽曲の再録音も行なわれるようになったようだ。それに、ビクター専属であった畑中良輔氏が慶応義塾ワグネル・ソサイエティーを率いて東芝録音に参画できるようになったこともあると思われる。
 東芝EMIの<現代合唱曲シリーズ(LPレコード)>のうち、福永陽一郎指揮による録音でCD化されていないものは、例えば前述の多田武彦作曲の「柳河風俗詩」「中勘助の詩から」(いずれも、日本アカデミー合唱団)と「雨」(小田原男声合唱団<TA−60016>)があるし、名盤として誉れ高い大中恩作曲の「月と良寛」(独唱:畑中良輔)等がある。いずれも、CDによる復刻が待たれる名演であろう。福永陽一郎との強い絆という点でいえば、多田武彦(と大中恩)は欠かせない存在であり、東京コラリアーズ時代から頻繁にその作品を取り上げたことで世の評価を高め、注目を集め、多くの合唱団が演奏し、作曲を委嘱するようになったと思う。陽ちゃんはとくに男声合唱に情熱を傾けたが、それは元々楽曲数が少ないことから混声合唱曲を男声版に編曲をしたり、「グリークラブアルバム」のように名曲の多くを男声版に編曲・楽譜の出版をし、演奏・録音もしてきた。男声合唱の分野における福永陽一郎と北村協一、畑中良輔の3人の功績は計り知れない。そして、作曲の分野で男声合唱といえば、絶大な支持と人気を誇る多田武彦の存在が大きい。今以って、男声合唱のコンサートで頻繁にその作品が取り上げられているが、陽ちゃんは東京コラリアーズ時代に既に「多田武彦の夕べ」を挙行していたのである。しかし今、この多田武彦作品をCDで聴こうとしても、現役盤は数枚に過ぎず、多くは廃盤である。傑作といえる楽曲でも、その殆どはCDで聴くことさえできないのが現実である。東芝EMIに拠ると、<合唱名曲コレクション>は廃盤で、今後の再発売の可能性は極めて低いとのこと。何たることか!我が国の文化・芸術に対する無理解に憤りを覚える。嘆かわしい事態ではないか。フルトヴェングラーやクレンペラー、カラヤン、クリュイタンス、マリア・カラス等の名盤を、何度も何度もリマスタリングを施し、シリーズ化し、価格を変えて発売するしか商売方法が思い浮かばないのか?暗澹たる思いである。(しかし、通信販売では「ハーモニー 日本の合唱音楽全集−優れた演奏と美しいハーモニーが奏でる合唱音楽の決定版!−」というタイトルで、11枚組・233曲が特製ケース入り(¥21,000)で販売されている。これは、<合唱名曲コレクション>から名曲・名演を厳選したものであるが、唯一「月光とピエロ」は北村協一指揮立教グリークラブの演奏ではなく、福永指揮日本アカデミー合唱団の演奏が採用されている。)
http://familyclub.ne.jp/toshiba-emi/ProductSearch.do?action=simplelist&search=2&sub_genre_id=11304&genre_group_id=1&grand_genre_id=113
<合唱名曲コレクション>は廃盤と言いながらロット注文(100枚)があればプレスをするともいう。事情はよく分からないが、私には理解し難い。(ここは最近注目されている大型レコード店とメーカーのタイアップによるリリースを期待したいものだ。山野楽器、HMV、タワーレコード、YAMAHA等あたりに…。)おまけに、昨年「財団法人日本伝統文化振興財団」から、ビクター盤と東芝盤を原盤とした《合唱ベストカップリング・シリーズ》が発売されているのである。
 我が国における合唱音楽の広がりは、ママさんコーラスに象徴されるように大変盛んであり、年末の「第九」への市民合唱団の参加なども考えると、合唱人口も相当数になると思うが、その反面、合唱音楽のCDは売れないのであろうか。東芝EMIは採算が合わないから廃盤(絶盤?)にしてしまったのだろうか。本当に残念である。私の強い希望は<合唱名曲コレクション>(「水のいのち」「蔵王」「筑後川」「島よ」「光る砂漠」「伊勢志摩」(岩手合唱団が好演)「幼年連祷」(法政アカデミーが好演)「冬にむかって」「三つの抒情」「月光とピエロ」「枯木と太陽の歌」「月下の一群」「多田武彦作品集」…等々。)をリマスタリングし、廉価盤として再発売していただくことである。さらに、CD化されていない音源もこの機にCD化をして欲しいということだ。 福永陽一郎がライフワークとして取り組んだ、この<合唱名曲コレクション>は、LPレコードからCDに移行する際、シリーズのNo1〜No10が混声合唱曲、No11〜No20が女声合唱曲、No21〜No30が男声合唱曲として編成された。そして、福永が亡くなった1990年以降は、畑中良輔と北村協一が牽引役を引き継ぎ、No31〜No52を制作してきた。正式な資料が無いので詳しいことは判らないが、「No31:ギルガメシュ叙事詩」「No32:グリークラブアルバム第1集」「No33:第2集」「No36:第3集」「No37:第4集」であり、「No35:ひとつの朝/武蔵野」「No41:雪国にて」「No42:富士山」「No43:御誦」「No44:月光とピエロ」「No45:レクイエム」「No46:吹雪の街を」「No47:花に寄せて」「No48:やまびこ」「No49:愛の歌」「No50:Ave Maria」「No51:MAGOS A RUTAFA」「No52:ふるさと/赤とんぼ」を把握している。
http://www.kamome.ne.jp/giovanni/index2.html
No.31以降で、私が所有しているのは、No32,No33,No36,No37,No43,No44,No45,No47,No49,No52である。この中で買い逃して残念に思っているのが、畑中良輔と北村協一がアラウンド・シンガーズ、慶応ワグネル・ソサイエティー、関西学院グリークラブ、コール・セコインデ、メンネルコール広友会を指揮した多田武彦作品集「No.41:雪国にて」「No42:富士山」「No46:吹雪の街を」である。そして、No21〜No30の中にも「No26:柳河風俗詩/草野心平の詩から/中勘助の詩から/中原中也の詩から」「No27:尾崎喜八の詩から/北陸にて/水墨集」「No28:雪明りの路/富士山/在り日しの歌/冬の日の記憶」「No29:わがふるき日のうた/海に寄せる歌/北斗の海/北国」と、多田武彦作品集は4枚あり、いずれも畑中良輔・福永陽一郎・北村協一の"タダタケ"のスペシャリストが指揮をしているのである。演奏は日本アカデミー合唱団(富士山)以外は、すべて男声合唱界の最高峰に位置する関西学院・同志社・関西大学・慶応・早稲田・立教のグリークラブである。私は強く思うのだが、男声合唱の楽曲は絶対数が少ない。その中で、多田武彦の作品は燦然と輝く名曲揃いである。厳選されて選ばれた「詩」が素晴らしく、詩の意味を深く理解し、比較的平易な手法によりメロディー・ハーモニーが使われており、詩が描き出す日本人の心に叙情や郷愁を感じさせてくれる。そして、日本語の美しさも教えてくれ、言葉がハッキリと聴き取れる楽曲であることが、高い支持と人気を得ている理由だと思っている。が、しかし、その名曲・名演の録音が手に入らないという現実、もどかしさは如何ともし難い。どうか、畑中・福永・北村指揮による"タダタケ"作品を始めとした本シリーズ<合唱名曲コレクション>の再発売と未CD化の音源のCD化をお願いしたい!(同一楽曲でも、複数の演奏盤・音源があるのであれば、すべてCD化を希望したい。東芝盤だけでも、畑中・福永・北村の聴き比べができるようになる。これが理想だ!)そして、東芝EMIにある陽ちゃん指揮の音源のすべてをCD化して『福永陽一郎合唱名演全集』の発売を強く望みたい。そして、特筆に値するが、そのライナーノートに書かれた陽ちゃんの解説であり、作曲家からの寄稿文である。CD化の折にも、LPレコードのジャケット裏に書かれた解説・ライナーノートが転用されていて嬉しく思ったものだ。福永陽一郎の現代合唱曲への造詣の深さ、作曲者への思い・評価、演奏する側に立った楽曲解説、エピソード等は資料としても大変貴重であり、このまま眠らせておくのは勿体無いと思う。(ライナーノートを編集した本の出版という考えがあっても良いのではないか。邦人の現代合唱曲に関する文章・書籍は少ないので、歓迎されると思うが…。) 先日、85歳の誕生日を迎えられ、今なお壮健でご活躍をされておられる音楽界の重鎮・畑中良輔先生のご威光を以って、何とかならないものだろうか?
 東芝EMIの<現代合唱曲シリース>と<合唱名曲コレクション>の話が長くなってしまったが、前述の「クリスマス・キャロルス」東芝JCO1012(25cm盤LP)なども、CD化して発売すればブレイクする気がする名盤だと思う。クリスマスの名曲を陽ちゃんの心憎い名編曲・指揮で聴けるのである。二期会合唱団も素晴らしく、CDで聴き直したいという思いが募る名盤である。 福永陽一郎が指揮した二期会合唱団の録音は他にないのだろうか? また、昨年暮に発売された山田一雄と若杉弘指揮による「日本合唱協会 日本の歌 大全集」(日本コロンビア)などから推察するに、1963年に東京混声合唱団から殆どの優秀なメンバーが脱退して設立された日本合唱協会(日唱)で『福永陽一郎の選んだ日本の合唱曲・三夜連続演奏会』などを指揮しているので、日本合唱協会との録音もあるのではないか、と思う。山田一雄・若杉弘によるCDが発売されたので期待したいものだ。 それに、制作・日本コロンビア、発行・学研による『こどものクラシック』というシリーズの「さあ歌いましょう」という中に、福永陽一郎指揮・編曲による「少年少女合唱団みずうみ」や「東京アンサンブル合唱団」の演奏で「アビニヨンの橋の上で」「かえるの合唱」「ロンドン橋」「おおスザンナ」「チムチム・チェリー」「チキチキ・バンバン」「ビビディ・バビディ・ブー」「線路は続くよどこまでも」「ぼだい樹」がレコードで発売されている。
〔参考:<http://www22.ocn.ne.jp/~yosijyun/houjin/child.htm>〕
CBSソニーでは、福永陽一郎指揮による「フォスター名曲集」があったと仄聞したことがある。(蛇足であるが、1979年藤沢で行なわれた<山田一雄の世界>におけるマーラー「千人交響曲」の合唱総指揮を関屋晋や辻正行を従えて陽ちゃんが担当しているレコードもあった。〔CBS/SONY 40AC918-9〕)他に、メーカーは不明だが、「黒人霊歌集」や「シーシャンテ」のレコードもあったようだ。また、前述のビクター盤〔男声合唱名曲選=1「月光とピエロ」ビクターSJX−1008(B面:「枯木と太陽の歌」福永陽一郎/関西学院グリークラブ&同志社グリークラブ,「蛇祭り行進」福永陽一郎/慶応ワグネル・ソサイエティー&早稲田大学グリークラブ)〕には本当に驚いた。陽ちゃんがビクターに録音しているとは思ってもいなかったからだ。しかし、ここに収録されている2曲は関西と関東の最高峰に居る大学の男声合唱団の合同演奏という快挙でもあり、演奏も大変素晴らしいものになっている。とくに、石井歓の「枯木と太陽の歌」は名曲中の名曲であり、陽ちゃんにとっても重要なレパートリーの1つであった。東京男声合唱団による作曲者指揮の初演に続き、福永陽一郎指揮東京コラリアーズで上演の後、両合唱団が合同で、NHKの放送のために指揮・石井歓、ピアノ伴奏・福永陽一郎というコンビで録音した曲である。東芝でも、日本アカデミー合唱団を指揮して録音を残している(1970年)が、ビクター盤の方が先のようである。 ビクターには他に、福永陽一郎指揮の録音はないのだろうか?
 1983年に初めて藤沢にある陽ちゃんのご自宅(亡くなられた時に住んでおられたお宅の1つ前の家だと思う)に伺った際、途轍もない膨大な数のレコードコレクション(当時、既にかなりのCDもあった)を、家の中を1回りして案内していただいたことがある。フルトヴェングラーやバーンスタイン指揮のレコードが収納されているレコード棚をメインとして、ミュンシュやセル、ストコフスキー等、陽ちゃんが好きだった指揮者のレコード群の前では目を輝かして紹介してくれたことを思い出す。確か、リビングのレコード棚にはオペラを中心としたボックス物が収納されていたと思う。ご自身が指揮された合唱のレコードが収納されていた棚の前では「コレ、僕が振ったレコード。プライヴェート盤もあるし、ワセグリや六連、四連のライブもあるの。」と、少しハニカミながら言われたことも印象的であった。かなりの枚数があったと思う。陽ちゃんが指揮されたレコードやCDは、プライヴェート盤を含めて、今もご自宅にあるのであろうか?亡くなられた後、殆どのコレクションは何処かの学校に寄付されたと聞いたが…。
 さて、肝心の演奏について、『私のレコード棚』に所有しているLPレコードとCDから少し触れてみたい。ただし、私が聴くレパートリーの中心であるシンフォニーやオペラのように同曲異演奏盤を聴き比べて愉しむほど深く理解できているわけではない。音源については、同一音源でも「水のいのち」では、東芝EMIのLPレコード、<合唱名曲コレクション>のCD、通信販売の「日本の合唱音楽全集」、2001年に発売された『福永陽一郎合唱名演集』、《合唱ベストカップリング・シリーズ》と5種を所有しているものもある。音質は時代を感じさせる古いものであるが、リマスタリングが成功しており、それほど聴きづらいことはなく、生気を取り戻したように思う。 「水のいのち」は福永陽一郎がレコード芸術で推薦盤となった嚆矢である。日本アカデミー合唱団の演奏はやや技術的に不安な部分があるが、音楽の爽やかな感動がそれを払拭し、水の一生を、見事に"人間の歌"として謳いあげている。福永のひたむきさが歌と心の結ばれた美しさを表現し、実在感のある演奏を展開している。これ以降、この名曲は作曲者自身の指揮盤も含めて、多くの録音が残されているが、福永盤は何度聴いても飽きない演奏である。「枯木と太陽の歌」は先述したが、福永はこの名曲の真髄である孤独と絶望の間に彷徨う男の"冬の旅"を見事に歌い上げている。歌い込みも十分で不安定さはない。鋭いリズムの表出力は福永独特のものであり、福永渾身の名演である。男声合唱に精通している福永が自然に立ち向かう男の姿を描き出し、壮絶な気迫を漲らしている。「蔵王」におけるリリシズムは爽やな共感を呼び、安定した響きを聴かせている。合唱団京都エコーを指揮した「光る砂漠」で聴かせる圧倒的な情熱の燃焼が聴く者の心を揺さぶり、静的な世界と動的な世界を揺れ動く振幅は大きく、激しい。福永会心の名盤である。他、混声合唱曲である「筑後川」「蔵王」「旅」「心の四季」「島よ」「海の構図」「幼年連祷」等、《合唱ベストカップリング・シリーズ》にも収録されている演奏は聴き比べも出来ることから、福永の解釈が堪能できる。力強さ、繊細さ、リズム感、バランス等の素晴らしさが聴き取れる。女声合唱曲では、中国短期大学フラウェンコールを指揮した「愛の風船」や中田喜直(「夏の思い出」「雪のふる町を」等)などで女声コーラスの天国にも似た美しさ、繊細なニュアンスを見事に歌い上げている。男声合唱曲では、同志社グリークラブ、早稲田グリークラブ、関西学院グリークラブ、日本アカデミー合唱団等を指揮し、多くの名盤を残しているが、「月光とピエロ」と三木稔の「レクイエム」のライヴ録音は本当に素晴らしい。そして、多田武彦である。「柳河風俗詩」「草野心平の詩から」「中勘助の詩から」「雪明りの路」「富士山」「冬の日の記憶」「わがふるき日のうた」「海に寄せる歌」「北斗の海」「雨」等、どれも名曲・名演である。ビクターの畑中・北村、東芝EMIの福永・畑中・北村と多田武彦の名曲には同一楽曲の録音が多数あるが、殆どが廃盤である。本当に残念だ。北村協一が亡くなって1年、合唱界、とりわけ男声合唱界は指導者が育っていない気がする。男声合唱をする人も減っているという。音楽界で影響力・発言力のある合唱指揮者が殆ど居ない。録音ができる指揮者も居ないのが現実ではないか。今もって、福永陽一郎、畑中良輔、北村協一の演奏解釈・録音は色褪せていないのである。
 さて、結論であるが、端的にいえば、福永陽一郎指揮の音源(正規な録音)をすべてCD化して、 『福永陽一郎合唱名演全集』を発売して欲しいということ。その第一段階として、<合唱名曲コレクション>の再発売(リマスタリング・廉価で)を望みたい。そして、我が国の男声合唱音楽の重要な宝である「多田武彦名曲名演集」の発売である。同一楽曲でも、複数音源があるものはすべて収録して欲しいと思う。東芝EMIの見識に期待したい!また、数曲であるが、福永陽一郎作曲の楽曲(「若きヨットマン」「南風の歌」等)もあるので、孫で指揮者の小久保大輔指揮で録音などできないものだろうか。
 陽ちゃんが逝って17年余、福永陽一郎指揮の合唱音楽を聴きたい!という熱い思いが沸々と感じられる今日この頃である。何とか、私の希望が叶う日が近い将来であることを期して筆を置きたい。

♪♪♪今、BGMで『福永陽一郎合唱名演集』を聴いているが、「水のいのち」「月光とピエロ」「草野心平の詩から」等、どれも陽ちゃんらしい名演である。特に、気に入っているのは池辺晋一郎の「冬にむかって」(湘南コール・グリューン、藤沢男声合唱団、小田原男声合唱団)である♪♪♪

2007年3月 横浜市港北区日吉在住
大山 隆(45歳・会社員)

Yoichiro Fukunaga Yoichiro Fukunaga
1983年3月6日、新日本フィルハーモニー交響楽団特別演奏会を指揮(藤沢市民会館ホール)楽屋にて。"陽ちゃんといっしょ"還暦コンサートプログラムに掲載された写真。 1983年6月9日 若杉弘指揮ケルン放送交響楽団藤沢公演(マーラー交響曲第9番)終演後、藤沢のご自宅にて。バーンスタイン、フルトヴェングラーのレコード棚を前に。
 福永陽一郎Memorial