北米の荒野に幻の『角のある兎』を求めて

「ネイティブ・アメリカンの間では、荒野に棲むと言う『角のある兎』の存在が知られている」……そんな噂を耳にしたわれわれ、秘密結社黄色い三月兎は、その真偽を確かめるべく現地調査を敢行した。
 もしこれが本当なら、二十世紀最後の新種の兎として学会をも揺るがす大発見となるであろう。兎の名を冠した当社としては、ぜひともその発見の栄誉に浴したいところである。

 わが黄色い三月兎北米支社取材班は、『角のある兎』はネバダ州南部からカリフォルニア州東部にかかる地域に生息しているとの情報を得、その地域最大の都市であるラスベガスを拠点として行動を開始した。
 問題の地域は、ほぼデスバレー国立公園とその周辺に相当する。
 我々が現地に到着したのは四月の下旬であったが、すでに気温は連日30℃近くにも達し、日本の関東地方であれば真夏と言っても過言ではない気候であった。
 東京と大差ない緯度でありながら、乾燥した大気を突き抜けてくる紫外線は、非情なまでに強烈に我々の肌を刺した。日焼け止めのサンスクリーンを装備し忘れた取材班は、たちまちのうちに肌の露出部を灼かれ、日差しそのものが痛い。この取材後もしばらくは、日光を見るなり結構と叫ぶほどであった。
 そればかりではない。天気予報でただ一言「Windy」と簡潔に表現されていた天候は、この砂漠地帯の粗い砂を大量に巻き上げ、容赦なく我々に叩き付けた。まるで紙ヤスリのような強風に煽られ、我々は多難なる前途に思いを馳せるのであった。

 海面下85mにも達するこの地域は、それだけ気圧も気温も高い。空気が乾燥しているので、体感温度はさほどでもないが、それはつまり体内の水分が急速に失われていくことをも意味するのである。
 もちろん人家とてない荒野のただなかであるから、水道などの施設はもちろん、井戸や川すら存在しない。干上がった湖の跡に塩分が析出し、大地を覆っているばかりである。
 バッド・ウォーターと呼ばれる地域には、わずかに水たまりが残されているが、その名の通り、塩分を含んだ水は飲めたものではない。
 従って事前に充分以上の量の水を確保していく必要がある。幸いに、ラスベガスでもセブン・イレブンは深夜まで営業しているので、このような店でミネラル・ウォーターなどを購入すればよい。
 それにしても、さすがはラスベガス。セブン・イレブンまでもがきらびやかなネオンサインをまとって、ホテルやカジノと派手やかさを競っているのだ。

 我々取材班を襲うのは、なにも苛酷な気候ばかりとは限らない。
 メキシコでは『チュパカブラ』と称する不気味な生物の暗躍も報じられており、ここカリフォルニアはアメリカ合衆国でもっともメキシコに近い州の一つなのである。
 時速60マイル以上の速度で荒れた大地を疾走する我々の車の前を、突如としてコヨーテが横切ったこともあった。(残念ながら、運転中なので写真は撮れなかった)
 急ハンドルを切って、かろうじてコヨーテの攻撃をかわすことができたが、もし避けきれなかったなら、我々のがわもまた無事ではすまない。最も軽くとも罰金刑は覚悟せねばなるまい。なにしろここは国立公園なのだ。
 現に我々はどこからともなく出現した警察車両の姿を目撃している。野生動物を轢き殺した現場を押さえられでもしたら、もはや逃れるすべはない。
 車体の屋根に載せた巨大なスピーカーは、この広大な原野を越えて違反者に停止を命じるためであろうか。それともなにか他の目的が……
 いや、そもそもなぜこのような場所で警察官が活動しているのであろうか。もしや『角のある兎』を追う我々取材班を、密かに監視していたのではあるまいか?

 デスバレー国立公園内を北上して行くと、やがて『Scotty's Castle』と呼ばれる邸宅が、山並みを背景にスペイン風のたたずまいを見せている。
 邸内も見学できるのだが、その他にもここには簡単なガス・スタンドと軽食堂があり、さらに天然石などを素材とする、ネイティブ・アメリカン達の工芸品を中心とした土産物も売られている。
 しかし、ここでも『角のある兎』に関する手がかりを得ることはできなかったのである。
 失意のうちに、取材班はここで遅い昼食をとった。
 七面鳥バーベキューのサンドイッチを前に、言葉少なに今後の取材方針を検討していると、なんと一人の警察官がさりげない様子で店内に入ってくるではないか。あろうことか彼は我々を一瞥するや、すぐ隣のテーブルに席を占めたのである。(警官を刺激しかねないので、写真は撮影できなかった)
 彼の視線に無言の圧力を感じた我々は、早々にこのデスバレーでの取材を打ち切り、ラスベガスへと引き返さざるを得なかった。

 さて、デスバレーでの調査を断念した取材班ではあったが、ラスベガスからデスバレーへと向かうフリーウェイの途中、道の右側に沿って延々と鉄条網が走っているのを見逃してはいなかった。
 そう、デスバレーの東、ネバダ州内の一帯は、米空軍が秘密兵器の実験や爆撃訓練などを実施する広大な射爆場が広がっており、一般人の立ち入りは厳重に禁じられている。かつては核実験なども実施されていた、いわく付きの土地なのであった。
 ラスベガス郊外にはネリス空軍基地も存在し、そこから飛び立った戦闘機や攻撃機、あるいは爆撃機が、問題の射爆場内で実験、ないし訓練を行うわけである。
 この広大な地域には、識者の間でUFOとの関係が取り沙汰されている、『エリア51』や『S-4』と言った秘密施設も散在している。
 核実験、UFO、秘密の施設。そのうえ我々を監視するかのような警察の行動を考え合わせると、『角のある兎』の追跡にあたって、このエリア51を含めたネバダ射爆場の存在を無視するわけにはいかない。我々は翌日、まずネリス空軍基地への潜入調査を決意した。
 基地内では、直接『角のある兎』の実在を示す証拠こそ得られなかったものの、『The AREA 51 & S-4 Handbook』と題する小冊子を入手することに成功した。それにはエリア51を遠望できる地点などの情報が記されており、同地域にある使途不明の秘密施設や、UFOの目撃についても言及されていた。
 この文書によると、同地域の監視はかなり厳重で、ジープやヘリコプターで警戒している様子も写真におさめられている。そればかりか、「致命的武力の行使が許可されている(Use of Deadly Force Authorized)」「写真撮影禁止」などと書かれた警告標識までも撮影しているではないか。見上げたジャーナリスト魂であると同時に、我々はこの著者のその後の運命に一抹の不安を懐いたのであった。
 我々はまた、ネリス空軍基地の一隅においてひっそりと羽根を休めている、奇妙な形の尾翼と翼下の巨大なポッドを持った、改造型の輸送機C-130を目撃した。
 我々は密かにこの機体の内部に侵入した。意外にもそこにはVTRやモニター、簡単な編集装置など、放送局の調整室なみの装備がところ狭しと(実際狭いのだが)隠されているではないか。
 これは米国が敵に対する心理戦を遂行するため、密かに運用している機種、EC-130なのである。あの尾翼やポッドは、大出力の電波を放射するためのアンテナだったのだ。
 この機体に我々が取材用カメラを向けると、どうしたことか突然そのカメラが不調をきたしてしまったではないか。かろうじて機体外形の撮影には成功したものの、このカメラは後日、完全に使用不能となってしまう。
 いや故障したのはそればかりではない。筆者のかけていたサングラスもヒンジ部の小さなネジが抜け(しかも芝生の上で!)使用不能に陥る運命にあった。やはりこのEC-130が放つ強力な電磁波が原因なのであろうか? これほどピンポイントに破壊を集中できるとは、米国の軍事技術力にはやはり侮るべからざるものがある。

 これ以上基地内に留まるのは無意味であり、かつこれ以上装備を破壊されてはたまらないと判断した取材班は、次の目標地点として謎の地区、エリア51を選んだ。そんな我々の行動を察知したのか、取材班に対する軍の圧力は、極めて執拗かつ強硬であった。

 写真にある航空機は、米空軍の最高機密と呼んでも過言ではない、いずれ劣らぬ最先端の兵器である。これらの秘密兵器が、まるで大国アメリカの威信を誇示するかの如く、轟音とともに入れ替わり立ち替わり、エリア51へと向かう我々の頭上に飛来するのであった。この警戒ぶりは尋常ではない。
 デスバレーでの警察の影、ネリス基地での我々のカメラの破壊、そしてこの空軍の示威的行動。致命的武力の行使……黒々とした機体を見上げる我々の胸中に、先ほど入手した怪文書の内容が去来した。こうまでして我々を監視し、守ろうとする秘密とはいったい……エリア51になにが隠されていると言うのか。
 これ以上エリア51の取材を続行するのは危険である。誠に遺憾ながら、我が黄色い三月兎北米支社『角のある兎』取材班としては、そう結論せざるを得なかった。そう、我々の目的はあくまでも『角のある兎』であり、エリア51の謎ではない。決して米軍(あるいはアメリカ政府?)の圧力を恐れての行動ではなく、いまこそ初心に返るべき時と判断したのである。

 取材拠点としているラスベガスに戦略的撤退を行った我々は、当初の情報に基づきネイティブ・アメリカン達の経営する店を中心に、調査を試みた。
 ラスベガスのダウンタウン、フリーモント・ストリートには、並みいるカジノに混じってその種の土産物店も軒を連ねている。『ウェスタン・ビレッジ』もそんな中の一軒で、前述の豪華セブン・イレブンにも程近い一角に店を開いていた。ふとその店先に目をやった我々の視線は、たちまちそこにある小動物の姿に釘付けとなった。


つづく