516−2.民族自決とNation-State(1)



「民族自決」の概念の歴史

現在の民族紛争は、民族自決の概念に基づき、自民族の主権を得る
、または守るために起きているケースがほとんどだと言える。そこ
から生み出される議論の一つに、「民族自決」の概念の限界と廃止
がある。「民族自決」の廃止論の歴史は長い。しかし、本当に民族
自決の原則は有害無益なものになってしまったのだろうか?

この概念が脚光を浴びるようになるのは、1918年のウィルソンの「
14か条」の中に記載された ‘self-determination’ という言葉で
ある。ここで、ウィルソンは ‘self-determination of people’ 
と述べただけであった。問題は、ウィルソンが ‘people’ が具体
的には何を指すのかを明らかにしなかったことにある。これがその
後、 ‘national self-determination’ (民族自決)と解釈されて
ゆく。

第1次大戦と2次大戦の間には、このあいまいな概念がヨーロッパの
いたるところで民族紛争を起こすことになる。西欧のリベラルの間
ではナショナリズムと民主主義は同義語と捉えられていた。簡単に
言えば、ナショナリズムと共に自決権が与えられれば民主主義も宿
るといった具合である。しかし、実際はこの両者は必ずしも結びつ
くものではなかった。リベラル達は現実を見せつけられ、意気消沈
した。これらを現在の世界と照らし合わせてみても、「民族自決」
の概念は世界秩序に対して何ら有益ではないように見える。

しかし忘れてはいけないことが一つある。民族自決の原則はJ
.S. Millに始まる19世紀のリベラルにより、君主制国家や帝国内で
抑圧、搾取されてきた少数民族を救うための運動として盛り上げら
れた。「民族自決の原則」においては、この点が19世紀から現在に
わたり、倫理的にきわめて重要な点なのである。現在の廃止論はこ
の観点を無視したものが多いように見える。
柳太郎


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