422−2.43代アメリカ大統領の誕生に思う



                                  鈴鹿国際大学教授 久保憲一

 20日、新大統領としてジョージW・ブッシュ氏が誕生した。氷雨
そぼ降る悪天候下における就任式であった。デモクラシーのお手本
といわれるアメリカが、皮肉にも20世紀最後の選挙においてその
脆弱性を暴露してしまった。

問題多い大統領選挙
 すったもんだの末、今回のぶざまな選挙騒動はひとまず収束した。
予備選挙における当該州の過半数の選挙人を得た政党がその州の選
挙人全てを獲得するという「ウィナー・テーク・オール(すべての
獲物は勝利者のものという)方式」は、各州間の平等性を確保し、
また勝敗をはっきりさせるために考案された方式であった。しかし
この方式が今回の選挙では巧く機能しなかった。もはや新世紀が「
アメリカの時代」ではないことを暗示しているようでもある。

 ところで、アメリカ大統領選挙には信じがたいほど莫大な金がか
かる。わが国の総裁選の比ではない。一年間を通じて選挙キャンペ
ーン、「お祭り騒ぎ」を延々とやるのだから、無理もない。大統領
選挙とは実は「選挙資金による生き残り戦争」なのである。両候補
が昨年8月末までの半年間につぎ込んだ選挙費用は既に1億8000万
ドル(約194億円)にもなった。史上最高である。

 また、わが国には総理大臣を直接選挙すれば有権者の関心が高ま
り、投票率も上がるのではないかという見方がある。果たしてそう
だろか。必ずしもそうとは言えない。今回の大統領選は、投票登録
者中50パーセントそこそこの投票率である。実質的には、全ての有
権者中、わずか20〜30パーセント程度の投票率に過ぎない。
日本の国会議員選挙よりはるかに低い。理由は、やはり共和・民主
両党の、魅力の乏しい候補者、すなわち「据え膳候補者」の二者択
一選挙にあるからだという。アメリカのジャーナリズムによれば、
今回の各候補者達もやはりいつも通りの「小人の背比べ」「帯に短
し、たすきに長し」の二流の政治家、と酷評された。アメリカ大統
領選挙が「人気投票」「お祭り騒ぎ」となる所以でもある。

 凄まじいネガティウ゛キャンペーンが今回もやはり繰りかえされ
た。多くの候補者達がスキャンダルにまみれ、選挙資金不足のため
に次々と脱落。かくて、さしてクセもないが、「凡庸」な二世の大
統領が誕生した。「あのしょぼくれたリンカーンが大統領になれた
時代がなつかしい」と老ジャーナリストが嘆いたが、含蓄がある。

石油利権・大企業に翻弄される危惧
 クリントンは好景気に支えられた極めて幸運な大統領であった。
不倫スキャンダルも好況にかき消された。一方、新大統領は景気停
滞傾向の中、もはや安閑とはしていられない。彼が不運ならば逆風
にさらされよう。そもそも、共和党は伝統的に「国際政治」「全国
的利益」重視し、民主党は伝統的に「国内政治」を重視する傾向に
ある。共和党は、とくに東部エスタブリッシュメント〈既成の金持
ちや大企業などの階級〉を代表しがちである。新政権閣僚の顔ぶれ
を見ても、テキサスの石油利権やチェルシーマンハッタン銀行など
、大企業の役員・顧問がずらりと並び、典型的「ワスプ〈アングロ
サクソン系白人でプロテスタント〉」布陣である。ブッシュ氏自身
は、理念として民主党や低所得層、有色人種との「勇気と思いやり
」を掲げているが、石油利権や大企業に左右されずに、彼が果たし
てどこまで初志を貫けるか、これから見ものである。一方、民主党
はもともと有色人種、低所得層に比較的同情的と言われる。

冷戦崩壊後、近年の連邦議会は民主党の多数優位にある。アフリカ
系や日系アメリカ人、ヒスパニック等、少数民族も多く支持してい
る。しかし、「大統領選挙とは公職獲得のための戦い」にすぎず、
実際にはどちらの政党が勝とうとあまり政策的な変化はない。政権
交代と共に連邦議会の役職や高級官僚など、五千人以上が民主党か
ら共和党に入れ替わるが、大統領個人のパーソナリティーや才能・
資質的相違の方がむしろ大きく作用すると言えよう。たしかにクリ
ントンは中国に甘く、日本軽視し、外交音痴ともいわれた。これは
政党的差異というよりクリントンの個人的思想によるものだろう。

一方、新大統領は以前から「無知」「無能」を取り沙汰されている
。したがって彼の政権の成否は、彼がいかに有能な人物で脇を固め
るかにかかっているようだ。

アメリカ大統領制の制度疲労
 ともかくお祭り騒ぎや浪費を一年間も繰り返したあげく、こうい
う無様な選挙結末を迎えようとは、現代アメリカも何か大事なネジ
が抜け落ちてしまったような気がする。「アメリカ大統領制の制度
疲労」と言うべきか。そもそも歴史がなく、人工的につくられたア
メリカを除けば、大統領制が成功裏に機能している国は、世界でも
そう多くない。とくに歴史や伝統のある国に大統領制を採用すると
、大統領が行政権を独占し過ぎ、ややもすれば悲劇をもたらす場合
が多い。

 質を問わず、廉価大量販売する「スーパーマーケット」のような
国・アメリカに、歴史と伝統に培われた老舗で、良質の品物(文化
)を売りつつ、その持ち味・価値が皆目わからず、自らの国柄を自
覚できない現代の日本人にもほとほと困ったものである。「首相公
選」論などという、盲目的過ぎるアメリカ追随や礼賛はこのあたり
でそろそろやめようではないか。

平成 13/01/24 (水)

Internet Timesより転載
http://www.internet-times.co.jp/


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