1000日のアン
監督・チャールズ・ジャロット
原作・マックスウェル・アンダーソン
出演・リチャード・バートン、ジュヌビエーブ・ビジョルド
音楽・ジョルジュ・ドルリュー

エリザベス一世統治時代の前後の時代は特に私のお気に入りで、この時代を描いたものには目が ありません。
トマス・モアを扱った「我が命つきるとも」などが有名ですが、ここでは私のお気に入りの 「1000日のアン」を紹介します。

最初にこの映画を見たのは、小学生の頃ですが、 当時、思った事は、アンってエリザベス女王のお母さんだったんだ、って事位 ですね。あの頃は折しも「ベルばら」ブームで女王といえばマリー・アントワネ ット位しか思い浮かばなかったし、外国と言えばフランスとアメリカしか念頭 になかった私(^^;)
  今は英国コスプレ時代劇には目がないので当時の10倍は楽しんで見ました。

16世紀、ヘンリー八世は、息子が生まれないキャサリン王妃と離婚して舞踏会 で見初めた娘アンを妃に迎えようとするが、ローマ教皇が離婚を認めない為、カ トリック教会と決別、ローマから独立して強引に英国国教会を誕生させ、キャサ リンとの結婚は無効のものとし、強引にアンと結婚する。
しかし、アンにも男の子は授からず、次第にキャサリンと同じ運命を辿る様にな る。彼女がキャサリンと違った所は、エリザベスの王位継承権を守るために離婚 には同意せず王妃としての死を選んだいう事。

最初は、国王の求愛を拒否していたアンだったが、熱心な国王の求愛に次第にほ だされるが、最初は可愛く覇気に満ちた彼女が「王妃にして下さったら王子を産 んでみせます」と詰め寄る所はすごい。
映画は、ヘンリーとアンのロマンスに焦点を当てていて、王子が欲しかったから 別の女性と結婚する為にアンと離婚しようとする設定になっていて、彼女にはま だまだ未練があるみたいな描き方をしていますが、ちょっと美化し過ぎじゃない かな。
ヘンリー八世は、王妃を次から次へと6人も取り替え、その内二人を根も葉もな い不貞を理由に処刑台に送ったハレンチ極まりないサイテー男。
キャサリンの娘、メアリーはのちに英国女王メアリ一世となるが、母親の祖国ス ペインに傾倒した彼女は、再びカトリックを英国の国教とし、プロテスタントに 対して過酷な弾圧を加え、「血まみれメアリー」と呼ばれたが、これは、父への 抑えがたい憎悪から来ることは想像に難くありません。
又、父が生きている間と、腹違いの姉メアリ女王の治世中にはずっと幽閉生活を 強いられてきたエリザベスが男性不信に陥って、生涯男性に心を許さなかったの も無理ないと思う。この2人の女王は、まぎれもなくヘンリーを憎んでいたので しょう。しかし、イギリスでのヘンリー八世の人気は決して悪くなく、彼の居城のハンプトン・コートに 行けば、彼と6人の妻達を型どったチョコが売られているし、彼のラベルを貼った ウィスキーまであります。
私生活はともかく政治的手腕は優れていたという事でしょうか。 そういえば、豊臣秀吉もかなりハレンチな奴だが大阪では太閤さんと親しまれて いるもんね。

ヘンリー八世は、、リチャード・バートン。何となくアンソニー・ホプキンスを思 わせる演技だなと思ったらホプキンス自身が昔リチャード・バートンを意識して いたそうです。何でも出身地が同じだとか・・
英国の俳優さんってオーバーな演技しなくても立ってるだけで存在感ありますよね。

アンは、ジュヌビエーヴ・ビジョルド、「大地震」にも出ていたけれど可愛いタ イプの女優さんです。「戦慄の絆」で久々に見た時は大分年とってましたが(^^;) いまならさしずめヘレナ・ボナム・カーターといった所ですね。
哀愁を帯びた音楽はジョルジュ・ドリュリュー。「イルカの日」とか「アメリカの 夜」が好き。

しかし、有名人の結婚離婚等は、恰好の週刊誌ネタですが、これが一国の王とも なれば、周囲の人間の生殺与奪にもかかわって来るし、国家の運命をも左右しかね ません。現チャールズとダイアナが離婚してもまあ、国事には大して影響ないでし ょうけどね。ダイアナが美容の為に年間一千万もかけていると知ったら不景気に喘 ぐ国民は、容認できないでしょう。ダイアナ妃への同情心も失せてしまうというも のです。いくら先祖代々の財産を使っていると言っても突き詰めれば、その財 産も大昔に国民から搾取したものでしょ。
バッキンガム宮殿を一年中開放するなりしてちったあ国民に還元すればいいのに。

参考までにヘンリーが結婚した6人の妻たちは以下の通り。

1.キャサリン・オブ・アラゴン(1509年結婚、キャサリン24歳、ヘンリー18歳の時。
1536年死去、51歳)
2.アン・ブーリン(1533年結婚、アン31歳、ヘンリー42歳の時。
1536年処刑。36歳)
3.ジェーン・シーモア(1536年結婚、ジェーン27歳、ヘンリー46歳の時。
1537年死去、28歳)
4.アン・オブ・グレーブス(1540年結婚、アン25歳、ヘンリー49歳の時。
1557年死去、42歳)
5.キャサリン・ハワード(1540年結婚、キャサリン19歳、ヘンリー49歳の時。
1542年処刑、21歳)
6.キャサリン・パー(1543年結婚、キャサリン31歳、ヘンリー52歳の時。
1548年死去、36歳)

彼が6人もの女性を正妃として迎えたのは、何より嫡子が欲しかったからですが、ジェーン・シーモアとの 間に生まれた王子エドワードは10歳で即位しますが、病弱な王子は長生きできず、わずか6年の在位で彼の知性は終わりを 告げ、その後、王位に就いたのは皮肉にもキャサリン・オブ・アラゴンの娘であるメアリーとアン・ブーリンの娘のエリザベスで、 特にエリザベスの治世は数十年に渡り、世界に冠たる大英帝国の地位を築いたのです。

上の様な事を書いていたら8月31日にダイアナ元妃が亡くなりました。
生きている時はスキャンダラスな面ばかりが強調され、私もそれにノセられ、嘲笑の対象にしていた所 もありますが、反省しなければなりませんね(今更身勝手かな)
何はともあれ、彼女はこれでモンロー以上の神話になった事は確実ですが、有名人としての自分ではなく 本当の自分を愛してくれる人を求めていたという所も共通していますね。
周りは敵ばかりで唯一頼りになるべき夫が味方してくれないとなると彼女の苦労はいかばかりだったでしょう。 一緒に暮らしている人に愛されないという事がどれ程に辛いものだったか想像に難くありません。
彼女が心の隙間を物質的な事で埋めようとしても責められなかったでしょうね。
離婚して生き生きした表情を取り戻し、これからという時にほんと残念です。
死んだ人は聖者扱いされるので、チャールズもこれで再婚の可能性は遠のいたと言っても過言ではないでしょう。

謹んで冥福をお祈りします。
(1997年10月UP)



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