松坂さんよりメールを頂いてしまった話
先日のこと、松坂さんとおっしゃる大学院生の方より、 このコンテンツ『冒険記録紙』についてのご感想メールを頂きました。 それに対してお返事を書いた所、 なんでもその方は 「父親がゲームブックの翻訳をやっていた」 と言うではありませんか。

『運命の森』の "訳者あとがき" に、訳者の子供さんが登場してるのですが、彼こそがメールの主だったというわけです。

後日、その方の父親の方(つまり松坂健さん)からも、ご丁寧なメールを頂いてしまいました。

いやはやびっくりするとともに、感激しました。 これを僕がひとりで喜んでるのはもったいない・・・ そんなわけでこのHTMLを作成した次第なのであります。 以下、1999年2月14日付メールより抜粋して(・・・といってもほとんど全部ですが)転載いたします。
※ご承諾は頂いております。


あの翻訳に熱中したのは、もう15年前くらいになってしまいましたか。 なんだか、HPを読んでいる内に「昔の僕」に会えるような気がいたしました。

(僕と社会思想社とのきっかけ)

当時、わたしは本郷3丁目の柴田書店という出版社に勤めておりました(この会社はゲームなんかと全く関係ない本屋さんです)。 ある日、社会思想社の編集の人から電話があって、会えないかというのです。 実は社会思想社も本郷3丁目にあって、いわばお隣さん同士です。 で、用件はというとゲームブックのシリーズを始めたのだが、翻訳してくれる人に困っている。 松坂さん、やってみないか、という話です。 わたしの名前を出してくれたのは、紀田順一郎さんといって、読書学の大権威の評論家さんで、社会思想社とも関係が深い方です。 で、紀田先生はわたしの大学のサークル(慶応大学推理小説同好会)の先輩で、ご自宅などにも出入りしていたんですね。 で、編集者が相談したら、すぐ近くに便利な男がいて、英語もそこそこ出来るし、ゲームものにもある程度造詣があるはずだから、ということで、僕に話が振られた次第です。

しかも、第1巻、2巻を翻訳した浅羽莢子女史は東大出身の子なのですが、なぜか慶応の我がクラブに出入りしていたので、よーく知っている人でもあったのです。 彼女はそのころには、翻訳家としてかなりの売れっ子になっていて、余りの忙しさに、急遽、別の人間を第3巻以降に立てようということになったわけです。

(翻訳の最初の頃)

ということで、「運命の森」を担当したんですが、柴田書店勤めをしながらの、アルバイト仕事だったので、やはり時間的にきつかったですね。 英語自体は子供向けということもあって、そんなにむずかしくはないのですが、とびとびに進行するわけですから、ある英語にはこの訳と言う風に決めておかないと、読者が大混乱しますので、それが大変なんです。ゲームをやりながら、とびとびに翻訳していくというのもやりづらいものなんです。 で、全ストーリーのフローチャートを家内(こういうことが異常に得意な人なんです)に書いてもらい、それに従って翻訳作業を進めました。 以降、フローチャート(大型の紙7,8枚になりました)は全部かみさんにやってもらったんで、本当に助かった次第。

(反響)

思いがけず、ブームになりましたね。 まだ小学生だった我が子の学校でも結構話題になっていたようです。 翻訳担当の僕にも出版社気付けでファンレターが何通か届きました。 その内の一通ですが、「ありがとうございます」の文面に引き続き、一ヶ所どうしても納得のいかないところがあるとの指摘があったんです。 チャートを書きながら読んでくれたのでしょう。 主人公の右手に〜があるというのはおかしい、左手ではないかというのです。 でもって、原文にあたったら、これが僕のケアレスミステーク。 rightとleftを取り違えている箇所があったんです。 早速、何版目か以降訂正しました。 本当に熱心に読んでいてくれていたのだなあ、と感動したものです。

(なんてったって、楽しかった「サムライの剣」)

別の職業をもっているし、そのころ小さな雑誌であっても一応編集長にもさせられたので、なかなか時間がなくなって、ゲームブックに時間が使えなくなってしまいました。 しかし、「サムライの剣」だけは、僕にやらせてください、と頼み込んだのです。 なんといっても、あの日本ともオリエンタルともつかない怪しい世界が、僕のお気に入りなんですね。 腹切りが出てきたり、名誉点なんてのがあったり、面白いじゃないですか。 文中に出てくる妖しい日本語まがいをどうやって漢字を当てるか、それも楽しい苦心でした。 口調なんかも出来る限り、紋切り型のテレビ時代劇風にしようとか、僕なりに考えて楽しい翻訳作業」でした。

(リビングストンに会う)

社会思想社がイアン・リビングストンを日本に呼んだイベントがあり、僕も参加し、彼氏と握手してきました。 当時、でたばっかりの絵本「タンタロン・・・・」を子供に持たせて、リビングストンに内緒で秘密を教えてくれと聞かせたところ、「君にはたいへんな父親がいるではないか。 わたしにではなく、父親に聞きたまえ」と彼が語ってくれたのも懐かしい思い出です。 ですから、うちのどこかには著者サイン入りの「タンタロン・・・・」が残っているはずです。

(その後)

こっちが忙しくなっていたりしているうちに、だんだん社会思想社にも足が遠のき、いつの間にかゲームブックとの縁も薄くなってしまいました。 世の中も、ファミコンでのRPGが主力になって、活字によるゲームワールドは徐々にマイナーになってしまいましたね。 でも、今でもゲームブックのことを熱心に研究してくださる人がいるというのは、まこと嬉しいです。

実はリビングストンなどがパフィン(ペンギンブックのジュニアブランド)で、このシリーズを始める前に、各章のラストで行き先を自分で選ぶchoose your own adventureというコンセプトの本がたくさん出ていたんですね。 リビングストンのチームはこれに、テーブルトークの手法を取り入れたのが斬新だったわけです。 小説の進路を選ぶ物語はハーレクインロマンス調のもの(トキメモの元祖みたいなものですな)、ジェームス・ボンドを主人公にしたもの。もちろん、ホームズものもありましたね。 そんな中で、翻訳が出されなくて、ちょっと残念だったコンセプトが「インタラクティブミステリ」と銘打たれた趣向のものでした。なかなかユニークなアイデアだったんです。 僕が入手したのは2冊でしたが、どちらもプロローグで主人公(つまり、読者であるあなた)は雪の山荘とかの隔離された環境にいるという設定です。そこに、新聞があって、知り合いが殺された事件が報道さ れているわけです。あなたに残されている捜査手段は電話と電話帳だけ、と言う設定。 謎を解くためにあなたは新聞社とか、警察とか心当たりに電話を順番にかけて情報を収集し、犯人をつきとめるというわけです。 ところが電話しても相手が不在だったりするし、一定の情報を得て電話が通じると有利に運んだりというのがミソ。 最後はなるべくかけた電話の本数が少ないのが優秀というわけです。 どうですか、ゲームブックとはまた異なる趣向で面白いコンセプトでしょう。 これを紹介できなかったのがやや残念です。

さらに後日のメールより

結果的には初期のゲームブックは本当によく売れたんですが、 僕としては「仕事」ではなく、それなりに新しい仕組みの「本」を紹介する気概もありました。

---- 松坂 健 (オフィス アト・ランダム)


転載おわり。

松坂健さん、息子さん(・・・と呼ぶのも失礼かもしれませんが)、メールありがとうございました。 今後のご活躍お祈りしております。


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Written by. Akibon