寄席番組のお笑い

 東京や大阪と違って、地方都市の広島には寄席なんてものはなかったので、演芸を生で見る機会は、殆どなかった。漫才や落語を知ったのは、全てテレビを通してだった。
 東京と大阪では、芸風がまるで異なることに興味をおぼえたよ。早い話が、東京はスマートで、大阪はアクが強いということかな。洒落と粋が似合う落語は東京のもので、大阪には落語がないと、小学生の頃は思ってたんだ。桂春団治を知ったのは、ずっと後のこと。
 
 大阪といえば漫才である。テレビの演芸番組に登場するのは、漫才ばかりだった。
 その名を思いつくままにあげると、砂川捨丸・中村春代、島ひろし・ミスワカサ、暁伸・ミスハワイ、秋田Aスケ・Bスケ、夢路いとし・喜味こいし、といったところか。
 捨丸・春代は、戦前からのコンビで当時は長老格。鼓をポンと打ちながら話を進める、昔ながらの漫才だった。
 ひろし・ワカサは、おっとり男に、早口女という男女漫才の典型。今でいうと大介・花子コンビのパターンだね。Aスケ・Bスケは、Bスケの猿マネ芸が受けていた。
 「ア〜 イヤ、ア〜 イヤ」の伸・ハワイ。いとし・こいしは、今でも現役でガンバっているね。
ミス・ワカサと島ひろし
 
 ミヤコ蝶々・南都雄二は、私がテレビを見始めた頃には漫才はしておらず、芝居や司会のできるマルチタレントになっていた。中田ダイマル・ラケットは朝日放送専属だったので、漫才を見る機会は少なかった。
 
 一方、東京の漫才というと、獅子てんや・瀬戸わんや、内海圭子・好江ぐらいしか思い浮ばない。
 W・けんじ、天才・秀才、チック・タックは、もう少し後のような気がするし、コロムビアトップ・ライトは、私に云わせると漫才じゃない。彼らは、司会者だ。
 東京では、漫才以外で、漫談の牧野周一、声帯模写の桜井長一郎、奇術のあだち竜光などが記憶に残っている。

 金曜日の昼間、12時15分から45分まで放送していた番組に『お笑いタッグマッチ』があった。
 三遊亭小円馬、桂伸治、三笑亭夢楽、柳屋小せん、春風亭柳好、金原亭馬の助といった当時の新進落語家が、三人づつ二組に分かれてタコとクマを持ってヨタ話を作り、討論するというもの。バカバカしいといえばそれまでだが、機会があれば必ず見ていた。
 なにしろ金曜日の昼間の放送だから、夏休みの時ぐらいしか見てないのだが、司会の春風亭柳昇が、番組開始に吹くトロンボーンの不協和音だけは鮮明に憶えている。
 提供は、フリカケの丸美屋。桂伸治が「いいタマ、ノリタマ!」なんてCMでやっていた。テレビ出演の少ない若手落語家を、寄席のない地方都市へ紹介してくれただけでも、この番組は価値があったよ。

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