ミラクルボイスの『少年ジェット』

 “勇気だ、力だ、だれにも負けないこの意気だ……”の主題歌で始まる『少年ジェット』のキャッチフレーズは、「明るく元気で正しい心、少年ジェットこそ、まことの少年の姿」なんだよ。
 原作は『赤胴鈴之助』の武内つなよし。事件が起きれば、名犬シェーンを引き連れ、オートバイで颯爽と町に飛び出す。そのオートバイというのが、小型バイク。月光仮面のオートバイもチャチだったが、それよりもっとひどかった。走るシェーンの方が早いくらいだ。
 まぼろし探偵の黄色いマフラーに対抗して、こちらは白いマフラー。白いマフラーは正義のしるしなんだぞ。
 だけど、あんな服装じゃ、夏は暑かったろうな。

 少年ジェットの本当の名は北村健。船越探偵の助手。ミラクルボイスとスーパーコルトを武器に、怪盗ブラックデビルやレッドベア、マッド・サイエンティストのハリケーン博士といった悪人と闘った。
 スーパーコルトは、まぼろし探偵の電波ピストルと同じように、殺傷力はなく、敵をシビレさすだけのものだった。それより凄いのはミラクルボイス。腰にかけた手をゆっくり口にもっていき、「ウー、ヤー、タァー!」と叫べば、大地は揺れ動き、大木が中央から裂けてしまうのだ。SFXは必要なく、ただカメラをグラグラ揺らし、折れた樹木を映せばミラクルボイスの一丁あがり。
 赤胴鈴之助の真空斬りはマネしたが、ただ大声を出すだけのミラクルボイスは恥ずかしくてできなかった。
 『少年ジェット』が放映されていた頃、私は小学5〜6年生になっていたのです。

 『少年ジェット』の原作は、雑誌『ぼくら』に連載されていたが、こっちの方はあまり読んでいない。というのは、『ぼくら』は小学生低学年向きで、当時の私のマンガ読書の主力は小学校高学年向きの『少年画報』や『少年』に移っていたからだ。
 1950年代は、月刊マンガ雑誌の全盛期で、55年には、『幼年ブック(のちに『日の丸』)』、『漫画少年』、『ぼくら』、『漫画王』、『おもしろブック(のちに『少年ブック』)』、『少年』、『少年クラブ』、『少年画報』、『冒険王』、『痛快ブック』、『野球少年』が本屋の店頭に並んでいた。
 少年ものだけでこれだけあり、『りぼん』などの女の子向けの雑誌まで数えると、どのくらいあったのだろうか。

 私が定期購読していたのは、小学1〜3年が『幼年ブック』と『痛快ブック』、4〜6年が『少年画報』であった。他の雑誌を購読している友達と回し読みして、「あれが面白い、これが面白い」と感想を言い合ったものである。なかでも評判が悪かったのが『痛快ブック』だった。
 どの雑誌にも必ず人気マンガが2〜3本は掲載されているのに、この雑誌には後々まで話題になるようなマンガが1本もなかったのだ。あえてあげるなら、堀江卓の『つばくろ頭巾』ぐらいか。
 “つばくろ”ってわかる? “つばめ”のことだよ。小林旭が歌う「サーカスの唄」の中に、“旅のつばくろ、寂しかないか……”なんて歌詞があるが、ウ〜ン、マイナーだな。

 『痛快ブック』は、付録も少なく安っぽい雑誌だったが、「旗本退屈男」や「丹下左膳」といったチャンバラ物が連載されており、私は好きだったなあ。

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