『ホッピーでもハッピーになれなかったあの時代』
                 ☆木下一郎

 眞ん中の路地を入り、更にそ
の眞ん中、疵だらけの今にも朽
ち果てそうな木の手摺りが左側
に付いた、十八段の不揃いな階
段を上り切るとその店であった。
 いつも微笑んでいるママ。映
画しか頭にない長髪の男。革命
しか頭にない一見サラリーマン
の男。演劇しか頭にない怠惰な
男。仲間の筈だった奴らに殺さ
れた全共闘。博打しか頭にない
博徒。そんな輩を、ホワイトを
飲み乍ら醒めた目で観察し、小
説の材料にしようとする男。 
 醒めていながら、他人と共有
できる場所を見つけることは上
手かった。そのくせ、会話を共
有することは下手だった。  
 2本の劇場用映画を撮り、3
本目を二十年も撮れない映画監
   督。相変らず演劇を作り、「相
変らず女好きですよ!」と、息
子ほど年の違う劇団員に評され
ている演出家。革命を成し遂げ
る!と自らに暗示をかけ、大企
業に首尾良く潜り込んだ自称革
命家。御茶ノ水の主婦の友社の
前でオレの換りに拘束され、二
十一日間入って来た東京医科歯
科大生。
 そんな連中と、過日、芽出度
く小説家になった男の出版パー
ティーで出会い、神田南口のや
きとり屋でホッピーを痛飲した。
息詰まるような二時間は、あの
ホッピーでもハッピーになれな
かった、神経だけが独り歩きす
るような一時代を想い起こさせ
た。       ☆木下一郎
              


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