ある日曜日の夜9時頃に渋谷の、 とあるホッピー屋Kに仕事帰り、 ふらっと一人で寄った時の事です。 いつも煤だらけのカウンターに腰 をおろし、ホッピーを頼んで、ふ と横を見ると馴染みのお寿司屋N のご主人が一人でモツ焼きをつつ きながら、ホッピーを呑んでいま した。 Kから歩いて10分ほどのお寿司 屋Nが僕は大好きでした。ネタの おいしさは勿論の事、このご主人 はカウンターの中で、客に媚びる でもなく、必要な時にしか口を開 かない、黙々とお寿司を握り続け る職人肌の人でした。僕はこの人 柄と、その店内に漂う緊張感が大 好きで、よく通っていたのです。 そんなNのご主人と、緊張とは 全く対峙するKのカウンターで隣 |
合わせになってしまったのです。 僕の頭は混乱しました。ご主人も 僕に気づいたらしく、はにかんだ 笑いを浮かべながら挨拶を交わし ました。僕らは初めての乾杯をし て、ポツポツと会話を始めました。 日曜日は、いつもスポーツジム に通っていて、今はその帰りだと いう事。僕は今、仕事の帰りだと いう事。今時の若い者は、すぐに ネギトロ巻きばっかり喰いやがる 事。音楽業界が先行き不安な事。 30分位話したでしょうか。ご主 人はポケットから千円札を数枚取 り出して勘定を済ませると、「じ ゃあ」と僕の肩を叩いて出て行き ました。 一ヵ月位たったある日、僕は仕 事関係の人と3人で、ちょっと緊 張しながら寿司屋Nの門をくぐり |
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ました。煤なんかついてない真っ 白なカウンターに腰をおろすと、 ご主人はビールを注いでくれなが ら、Kで会った時のような、はに かんだ笑顔を浮かべました。その 日はいつもより話をしたように思 います。 ホッピーは飲み物っていうより、 薬だって事。やっぱりつまみはモ ツ焼きに限るって事。 その後、Kでご主人と会った事 はありません。そして、僕にとっ てKの居心地の良さと、Nの心地 好い緊張感は変わっていません。 |
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