内神社の狛犬
内神社地図
う ち じ ん じ ゃ
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内神社

所在地:八幡市内里内

 内里の集落内の南西隅にあります。『延喜式』には、「内神社二座《と記されている古い社です。中世には春日宗像神社と称し、大永年間(1521〜8)まで、現在地の南東、内里古宮というところにあり、天正年間に現地に移ったと伝えられています。祭神である味師内宿袮は「上代ノ内ノ臣ノ祖《であり、武勇に優れた兄−武内宿袮の弟で、美男で温和な性格をもっていました。すなわち、海彦・山彦伝説における山彦−彦火々出見命に対応されています。

彦火々出見命は隼人族の祖先神と言われています。内里を中心とする有智郷地区や田辺町の大住地区は、奈良時代前期に南九州で゛征朊゛されたその隼人たちが移住させられた地域です。彼らは、天皇や皇族の近習として、また警固役として朝廷に仕えていました。

大隅隼人の故郷と考えられる鹿児島県姶良郡隼人町には「ウチ《がつく地吊が多く、その移住先として同じ「オオスミ《や「ウチサト《の音をもつこれらの地域は、彼らの居住地でありました。さらに、内里は天皇の食器を作る職人たちが住んでいて、土器製造の地として大和政権と関係をもっていたことがわかります。(『日本書記』 雄略天皇17年条)

遺跡の分布を見ると、集落を囲むような形で内里八丁遺跡、同五丁遺跡、新田遺跡があり、古墳時代から中世にかけての土器・須恵器が出土しています。内神社本殿は府登録文化財となっています。


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