●入院そして手術・目次●

@手術前の入院生活 A手術! B手術後の入院生活 C退院後の生活


@手術前の入院生活

平成11年3月26日(入院初日)

待ちに待った入院の日。
入院が待ち遠しい人なんて他にいないと思うがわたしにとってはまさしく待ちに待った日。
手術が受けられるというヨロコビ(手術を喜んで受ける人もまずいないと思うがホントにそう思った!)と初めての入院生活への好奇心が不安よりも上回っていたようだ。

入退院センターで受付を済ませ病棟のある8階にいく。 ナースセンターで名前を告げると看護婦さんが病室まで連れていってくれた。

わたしの病室は812号室。6人部屋。ベッドは一番廊下側。
病室は窓が大きく北向きの部屋とは思えないほど明るく、広さもゆったりとしている。
窓からは品川や大崎の高層ビルや東京タワーまで見渡せる。
(確かに入院病棟も古い建物ではあったが外来診察室で受けた嫌な印象を払拭する位きれいで明るかった。)

入院初日の生活

  • 麻酔医がきてわたしのからだの状況を聞き(身長、体重から差し歯のことまで)手術当日にどのようなことをするかを説明。 (手術時は全身麻酔を受ける)

  • 手術室の看護婦さんが来て手術室の様子を説明。 そして患者にリラックスしてもらうために好きな音楽をリクエストしてもらいそれを手術室で聴いてもらうようにし ているということだったので“Enya”をリクエストする。

  • Mo先生が来てくれる。担当医が来てくれることは患者にとって何より心強い。
    「また生理が大変だったようですね。手術をすれば生理の痛みはなくなるはずですから。 手術当日まで風邪などひかないように気をつけてください。」
    もちろんです!万全の体調で手術に望みますよ!待ちにまった手術なんですから!と、心の中でつぶやき大きくうなずく。

  • 病室の看護婦さんにシャワールームやデイルーム等を案内してもらいその後ナースセンターでいろいろ質問される。
    家族のこと。家族の既往症。自分の既往症とその時にかかった病院名と場所。食べ物の好き嫌い。心配事。お見舞いに来てくれそうな人(こんな事まで聞くんだ!)。等々
    手術当日までなにをするか、手術当日と手術後はどうなるかの説明を受ける。

  • シャワーを浴びる。

  • 6時夕食。健康体なのでデイルームへ。
    周りは出産を済ませた人ばかりで病棟が明るくていい。食事はさすが病院食というかんじですごく薄味。 けどそれも慣れれば まずくはない。ごはんはどんぶりメシ(米飯200g)…量が多いが体力つけなきゃ!と残さず食べる。

  • 夫と実家の両親に手術の時間を伝えるため電話をする。(手術は午後1時からの予定)

  • 9時消灯。テレビで「誰でもピカソ」を見てから寝るがなかなか寝付けない。
    いびきをかいて周りの人に迷惑かけないといいけど…。


平成11年3月27日(入院2日目)

朝6時になるとヴィヴァルディーの“四季”が病院内に流れる。
(これから先、四季を聞く度に病院を思い出すんだろうな〜。)
どこでも眠れるのが自慢だったわたし。けれどさすがに昨日はちょくちょく目を覚ましていた。

  • 7時過ぎ看護婦さんの巡回。
    「おはようございます。昨日は眠れましたか」毎朝声をかけてもらえるのはウレシイ。
    前日の排尿・排便の回数を聞かれる。

  • 8時デイルームで朝食。

  • 本を読む。土曜日なので病院も静かな感じだ。

  • 12時デイルームで昼食。

  • 本を読む。今日は1時から面会時間なのでお見舞いの人が来る。
    カーテン1枚の仕切りなのでどうしても会話が聞こえてしまう。
    聞こえるとこちらも聞いてしまう。同室のWさんもどうやら出産ではなく手術で入院しているようだ。

  • 2時看護婦さんが来て検温。37度近くある。興奮気味なのか?

  • 義姉が甥を連れてお見舞いに来てくれた。雨で肌寒い中、本当にありがたい。 けれどわたしは健康体。お見舞いって感じでなくて拍子抜けしたことだろう。

  • 夫に明日来る時にバスタオルとドライヤーを持ってきてくれるように電話をする。

  • 6時デイルームで夕食。 Wさんも夕食からデイルームで食べることになった。
    年齢も近いようだったので思い切って声をかけ一緒に行く。
    彼女は子宮外妊娠で外来診察を受けに来てその日に入院、翌日腹腔鏡下手術を受けたそうだ。 わたしが5ヶ月まってやっと手術を受けることを話すと驚いていた。

    「手術後の痛みは大変?」と聞くと「少しは痛いけど以前受けた開腹手術に比べたらぜんぜん平気。」とのこと。 少しほっとする。
    それにしても手術後2日目でこんなに回復できるなんて…おそるべし腹腔鏡下手術!

  • シャワーを浴びる。

  • 本を読む。

  • 11時頃までテレビを見て寝る。


平成11年3月28日(入院3日目)

  • 6時起床。

  • 7時看護婦さんの巡回。
    「何もすることが無いから退屈でしょう?」
    「手持ちぶさたですねー」
    「今日は剃毛と浣腸のイベントがありますからね」
    ここの看護婦さんはみんな明るくて元気でいい!
    こちらの気持ちも元気になってくる。

  • 8時デイルームで朝食。

  • 9時、手術後に点滴する抗生剤のための検査で回診の医師に注射を打たれる。

  • テレビと読書。

  • 12時デイルームで昼食。デイルームの窓からの眺めもいい。
    街が一望できる。

  • 夫の友人夫妻がお見舞いに来てくれる。元気なわたしの姿を見て驚いた様子。
    その直後に来た夫と4人でしばらくデイルームでおしゃべり。

    夫は車にはな(柴犬)を乗せてきていたので駐車場まで行ってはなに久しぶりに会う。

  • 2時看護婦さんが来て検温。夕方剃毛、よる8時頃浣腸の予定とのこと。

  • ひたすら読書。

  • 夕方看護婦さんが来る。
    「今処置室が空いてるので剃毛しようと思いますけどいいですか」
    処置室に入ると隣の処置室から「痛い!痛たたた…!」と声が聞こえてビビる。 (いったい何をしていたのか。剃毛ではないだろうけど。)

    おへその周りからオシモまで剃刀で剃ってもらう。 看護婦さんってホント大変な職業。恐縮して処置室を出る。

  • シャワーを浴びてさっぱりする。

  • 6時デイルームで夕食。
    「最後の食事だね」とWさんに言われる。今日の夜中の12時から絶飲絶食になる。
    浣腸の恐怖も教えてもらう。

  • 8時過ぎ看護婦さんが来て処置室へ行く。
    浣腸。処置室で横になっているとWさんの言った通り点滴の容器(しかも大きい)のようなものを抱えた看護婦さんが入ってきた。

    「このぬるま湯をこれから腸に入れますね。排便したくなってもなるべく我慢してください。 我慢したほうが効果が出ますから。目安として便器に座って100数えてから排便してください。でたらどのくらいの量か報告してください」

    いったいそんな量のお湯が全部無事に入るんだろうか?それに今日はどういうわけかすでに4回も排便してるのだ。浣腸の効果が出難い体になってしまっているのだ!
    こんな事を考えているとお腹のほうに冷たいものが入ってくる感触がしてきた。

    すべてのお湯を無事入れてもらいトイレに駆け込む。いわれた通り我慢して排便。
    お情け程度に出る。やっぱり4回も排便していれば出るものなんてそう無いよね。
    少し残念。

  • 「からくりテレビ」を見るが笑い声を我慢するのが苦しかった。

  • 看護婦さんが持ってきてくれた精神安定効果のある薬を飲んでいつもより早めに寝る。


A手術!

平成11年3月29日(入院4日目、手術当日)

  • 6時起床。

  • 7時看護婦さんの巡回。
    「今日はいよいよ手術ですね」と声をかけられる。

  • 8時朝食のにおいが漂うなか読書。

  • 浣腸。前夜よりは出た感じ。

  • 回診の医師が来て点滴の針を入れる。
    左腕に入れようとするが腕が冷たくなっていて血管が縮みなかなか入らない。
    マッサージして暖めてくれるが効果なし。仕方なく右腕になる。

  • 12時、夫が来てくれる。浣腸と剃毛の話をする。わたしよりも夫のほうが緊張しているようだ。持ってきてくれた新聞を読む。

  • Mo先生が様子を見に来る。手術は1時半からとのこと。
    「よろしくおねがいします!」思わず力が入る。

  • 1時、丈の長いパジャマを後ろ前に着て、車椅子に乗りいよいよ手術室に出発。
    Wさんが「がんばって」と声をかけてくれる。

  • エレベーターで手術室のある3階へ。手術室の前で夫にめがねを渡し、しばしの別れ。めがねは周囲観察のためはずしたくなかったけど仕方が無い。

  • 手術室のエントランスに入ると病棟とは全く違う雰囲気に少したじろぐ。

  • 手術室の看護婦さんと麻酔医が来る。しつこいくらい名前を聞かれ安心する。

  • 車椅子からストレッチャーに移り、布をかけられパジャマを脱がされる。
    わたしの手術室は13号室。手術室がたくさんあるのに驚いた。

  • 病棟の看護婦さんに見送られストレッチャーに乗せられたまま手術室へ。
    天井全部が蛍光灯で埋まっている。

  • ストレッチャーから手術台へ移されるやいなや瞼が落ちてきた。
    「え〜うそ!なんで?もう麻酔が効いてるの?」
    「hanaさーん、大丈夫ですかー」看護婦さんの声がして必死に瞼を開けようとするが無駄な抵抗。 「胸に心電図の機械つけますねー」の看護婦さんの声を最後に深い眠りに落ちていった…。

    みんなこんなにあっさり麻酔が効いてしまうの?いや違うはず。 そうだったら音楽なんてリクエストする必要無いもの。 当然音楽も聴かず、周りの観察などできるはずもなく…せめてMo先生の顔を見てから手術に望みたかったデス。

    (後日、ビール好きのわたしに麻酔が効かなかったらどうしようかと母が心配していた事が判明。心配御無用でしたよ。トホホ…。)

  • 瞼が落ちてから10〜15分後(と、わたしは感じたがホントは2時間後)ぐらいに「hanaさーん」という 看護婦さんの声で目が覚める。 宇多田ヒカルの音楽と医師達の会話が聞こえた。

    と同時にすごい痛みをお腹に感じ、さらに体に寒気を感じたので「いたーい!さむーい!」と暴れだす。 すぐに座薬が入れられた。

    目が覚めたといってもまだまだ麻酔は効いていたようで記憶が途切れ途切れになっている。いつのまにかベッドの上に移され、エレベーターに乗り(ここでも「痛い、寒 い」と暴れ看護婦さんをてこずらせる。)いつのまにか病棟の病室に戻っていた。

    病室でも「痛い、寒い」は続き看護婦さんを困らせた。
    「hanaさーん、いまMo先生に聞いて痛み止めの注射を打ってもらいますからねー。電気毛布も掛けますからねー」
    「Mo先生どこ?ご主人に手術の説明してるの?」などと看護婦さんの会話が聞こえた後、看護婦さんが一生懸命わたしが痛がっていることをMo先生に伝えてくれている様子がわかった。すぐに痛み止めの注射がされ痛みは徐々になくなっていった。

    看護婦のKさん、ありがとうございました。

  • 痛みが無くなるとまたしばらくウトウト。
    気がつくとベッドの脇に心配そうに母が座っていた。兄夫妻も来てくれている。
    「大丈夫?」の声にうなずく。
    「おしっこと点滴の色が同じ」と母が変な所に感心している。(さすが私の母だ)
    また瞼が落ちてきた。

  • しばらくして気がつくと夫がベッドの脇に座っていた。母と兄夫妻は帰ったようだ。
    「じゃあ、そろそろ会社に行く。」
    1年で一番仕事が忙しい時期とわたしの手術が重なってしまい夫には苦労を掛けてしまった。 遠いから病院に来なくていいよと言ったが結局何度も来てくれた。

  • しばらく眠った後、吐き気がしてきた。
    血圧を測りに来た看護婦さんにそう伝えるとビニール袋をかぶせたトレーを持ってきてくれた。
    吐くと少し楽になった。看護婦さんは氷水と冷たいお絞りを持ってきてくれてうがいをさせてくれた。 トレーは汚物を処理し新しいビニール袋をかぶせてくれた。
    吐いた時に出血があったようなのでナプキンを替えてもらう。
    涙が出るほどありがたい。

  • 合併症を防ぐため寝返りを積極的にするように言われ試してみるが体中が硬くなっているようで痛くてなかなかできない。
    上半身の痛みは手術時の気腹(お腹にガスを入れる)のためらしい。

  • 消灯後も何度も吐き気に襲われ結局朝まで6回ぐらい吐いていた。
    吐くといっても胃の中に吐くものが無いから余計苦しい。
    同室の人はさぞ迷惑だっただろう。
    吐きながら「やっぱり手術を受けることは大変なことなんだ(大変さを感じる所が他の人と違う気もするけど)」と思っていた。


B手術後の入院生活

平成11年3月30日(入院5日目、手術後1日目)

  • 6時起床。体がだるい感じでまたそのまま寝る。

  • 7時、看護婦さんの巡回。血圧、体温を測る。微熱あり。痛みはない。

  • その後すぐ排尿チューブを抜いてもらいパンツをはかせてもらう。積極的に体を動かすように言われる。ベッドを立ててもらう。

  • お見舞いにもらった花を見て気持ちが和む。改めてお見舞いのありがたみを感じる。

  • 8時、1日ぶりの朝食。味噌スープとジュース2本。牛乳1本。
    点滴を入れているせいか思ったほど喉の渇きはない。食欲もいまいち。
    無理をして味噌スープを飲む。

  • 隣のベッドのHさんがわたしのためにカーテンを開けてくれた。窓からの景色が見える。
    「昨日はうるさくてごめんなさい」と謝る。

  • Wさんがとってもしんどそうだったと心配してくれる。他の人も心配そうに私を見ている。
    やはりかなり暴れたんだろうなと実感する。

  • 今日はWさんが退院する。「また外来診察で会えるといいね」と言ってくれる。
    (その後Wさんには会えませんでした。もしこのページを見ていたらメールください。)

  • お手洗いに行くためベッドから起き上がる。
    少しおなかに力が入らないといった感じだが他は大丈夫。微熱のため少しだるい。

  • 11時、無事ガスが出る。腸が動くと痛みを感じる。

  • 12時、昼食。重湯とおかず。少し食欲が出てきたので重湯は残さず食べる。
    食べていると夫が顔を出した。「元気そうだから行く」とすぐ帰る。

  • 1時、昨日用事があって来られなかった父が母と来た。
    デイルームで少し話すがやはり体がだるい。

  • 本を読んだり、寝たりして午後は過す。やっと病人らしくなったか。

  • 看護婦さんが来て点滴をはずす。

  • 今日からシャワーもOKだがまだそんな元気はない。

  • 6時夕食。どんぶりいっぱいのおかゆにうんざりして食欲減退。

  • 微熱があるので氷枕を看護婦さんに持ってきてもらう。

  • 9時消灯。おとなしく寝る。


平成11年3月31日(入院6日目、手術後2日目)

  • 6時起床。

  • 7時、看護婦さん巡回。検温。微熱あり。痛みはない。

  • 回診の医師に傷の消毒をしてもらう。
    バンソウコウをはがす。こわごわのぞいて見るが傷はとても小さくてびっくり!
    おへその下縁と両下腹部の3ヶ所。おへその下縁などは言われなければ気がつかないほどうまく切ってある。 (退院後、傷を定規で測るとぴったり5mm。熟練職人の技を見る思い。変な所に感心するわたし)
    クリップのような物で止めてあるかと思ったらそんなものもない。
    ただバンソウコウを貼ってあるだけ。

  • 8時朝食。今日から普通食。しかし米飯200gは食べきれず残す。

  • 9時、回診の医師に点滴の針を入れてもらい抗生剤の点滴。30分ほどで終了。

  • 読書をする元気も出てきた。

  • 12時昼食。

  • 午後は病院の中を少し歩く。 天気もいいし気温も高いので屋上に出たいと思ったが出られず、仕方なく地下の売店まで階段を降りて行く。 結構しんどい。
    そのあと外来病棟のほうをふらふらと歩く。

  • 看護婦さん巡回。検温。微熱あり。

  • 病室に戻りベッドの上に座りぼーっと窓の外を眺める。

  • 4時過ぎ、Mo先生が来る。
    「どうですか?」
    「腸が動く時に痛みを感じますが他は平気です」
    「腸と子宮の癒着がひどくて剥がすのが大変でした。 そのための痛みでしょう。癒着の度合いを見るとかなり前から生理痛を我慢してたんじゃないですか? けれどもう悪い部分は全部とりましたから。明日写真を見ながら詳しく説明しますね。」
    「はい。ありがとうございました!」
    担当医が来てくれるとそれだけで安心する。

  • シャワーを浴びる。2日ぶりなので気持ちがいい。

  • 6時、夕食。やはりご飯は残す。

  • 病室の窓から夜景が見える。きれい。しばらく見とれる。

  • 本を読む。

  • テレビを見て寝る。


平成11年4月1日(入院7日目、手術後3日目)

  • 6時起床。

  • 7時、看護婦さん巡回。検温。微熱あり。

  • 8時、朝食。パンだったので残さず食べる。

  • 回診の医師に点滴の針を入れてもらい抗生剤の点滴。 点滴はこれが最後で明日からは薬を飲むことになる。

  • 読書。

  • 12時昼食。

  • 読書。

  • 2時過ぎ、看護婦さんの巡回。検温。微熱あり。
    「いよいよ明日は退院ですね。Mo先生から説明を受ける時に退院後の入浴のことも聞いておいてください。」と言われる。
    そうか明日で退院か。けど、微熱もあるし退院していいんだろうか?少し不安。

  • 4時過ぎ、Mo先生が来る。別室で手術の説明を受ける。 写真と図で説明してくれる。 チョコレート嚢腫を取ったことや子宮と腸の癒着が強固で剥離に苦労したことを話してくださる。

    自分の子宮と卵巣の写真を見る。治療後の子宮と卵巣はとてもきれい。 なんだか愛着が湧いてきた。生理痛がひどい時は「こんなものいらない!」と何度も思っていたのに。

    「チョコレート嚢腫は取りました。癒着を剥がして子宮の後屈も治りました。 卵管もきれいに通っていました。だから妊娠も可能なはずです。腺筋症の症状も見た感じではないですね。」
    こんな風に先生が時間を作ってくれた時にもっといろいろ話を聞けば良かったと後になって思った。 けれどこの時は説明を聞くだけで精一杯。

    明日、予定通り退院してもいいと言われる。

  • 夫が来る。明日の予定が知りたいのに電話もかけてこないから来たとのこと。
    先生の話を聞いてから今日の夜にでも電話するつもりだったのに…。

  • シャワーを浴びる。今日は暑いくらいだったのでさっぱりする。

  • 6時、夕食。ご飯は残す。

  • 看護婦さんにまた「明日退院ですね」と言われる。
    居心地がいいのでもっと居たいと思う。少し寂しい。(わたしって変?)

  • 読書。

  • テレビを見て寝る。


平成11年4月2日(入院8日目、手術後4日目)

  • 6時起床。少し熱っぽい感じがする。
    退院したくないよ〜とわがままな気持ちになる。

  • 7時看護婦さん巡回。検温。 「今日退院ですね。昨日もまだ微熱があったようですが調子はどうですか?」
    「少し熱っぽい感じがするんですけど」
    検温の結果、熱は下がっていた。(退院拒否症?)

  • 朝食前にMo先生が来て傷の具合を見てくれる。
    医師ってこんな朝早くから仕事してるんだとまた変な所に感心。
    「思っていたより傷が小さいです。」とわたしが言うと
    「説明した通りですよ。家に帰ったら測ってみてください。」と言われる。
    傷は問題なくもうバンソウコウをとっても平気なくらいだといわれる。
    お世話になったお礼を言う。

  • 8時朝食。やはり米飯200gは食べきれない。

  • 看護婦さんから退院しても余り無理をしないようにと言われる。

  • 顔を洗って退院の準備。

  • 看護婦さんにお世話になったお礼を言い、精算を済ませ、久しぶりに外の空気を吸う。久しぶりの開放感を味わう!

  • お昼に飲んだビールは最高の味。1週間禁酒生活だったためかさすがにすぐに酔いが回る。


C退院後の生活

平成11年4月2日

  • 退院した日、両親、兄、義姉に電話を入れ無事退院したことを報告。
    お腹は腸が動く時と咳をする時にひびいて傷が痛むぐらい。
    しかし、ずっと起きているとさすがに体がだるいので昼寝をする。

  • 主婦業は休めないので、夕方食事の支度をする。

  • 夜、シャワーを浴びて傷の消毒。病院でみた時よりもやけに傷が大きく見えてしまい、貧血を起こす。くらっ……。
    わたしの場合、お腹の中がかなりの火傷状態(癒着剥離のため)なので湯船に浸かるのは4〜5日後とMo先生から言われている。


平成11年4月3日

  • 退院2日目、仕事を手伝っているAさんに退院の報告。
    早速仕事を言い付けられる。(オニ〜!)

  • 今回の入院体験とその時に感じたことを忘れないように記録しようとパソコンの前に座る。

  • 夜、シャワーを浴びて傷の消毒。もうバンソウコウも要らないくらいだが用心のため貼る。


平成11年4月5日

  • 退院4日目、仕事で外出。 まだお腹に力が入らない感じ。外を歩いていると少し不安だがそれ以外は問題ない。

  • 夜、シャワーを浴びて傷の消毒。バンソウコウの部分がかゆくなってきたので貼るのをやめる。


平成11年4月14日

  • 退院後のMo先生の診察。
    「どうですか?」
    腸が動く時にお腹が少し痛むぐらいであとはもう普通の生活をしている事を伝える。
    その痛みはしばらくは続くが問題ないとのこと。
    また切除した病巣は検査の結果はやはり子宮内膜の組織であったとのこと。
    Mo先生を紹介してくれたMu先生への報告書を書いてくれる。

    「再発は免れられないんでしょうか?」
    「それはなんともいえません。けれど手術をうけた人で再発した人は5%ぐらいです。」
    「そんなものなんですか!」うれしかった。

    最後に「生理痛がすぐによくなる人もいますが2回目、3回目でよくなる人もいますから」といわれ、思わず「え!それって今までと同じような痛みになるかもしれないって事ですか」と聞き返してしまう。

    素人には理解できない。だってお腹の中はきれいになったんだよ。それでも生理痛になるの?気持ちのどこかで先生のことばを信じていなかった。信じたくなかった。

    「こちらでの治療は今日で一応終わりです。」とMo先生に言われ少し心細い。
    「ありがとうございました」とお礼を言い診察室を出る。


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