特集F1の歴史「TechnologyとRegulationのいたちごっこ」

第2回 「ウィングカー」
「ロータス」と言えば「フェラーリ」と並び称されるほどの伝統のチームとして根強いオールド・ファンもいると思う。そのロータスが現在消滅してしまったのはとても残念でならない。
そのロータスを興した人物が天才エンジニア、コーリン・チャップマン。彼の斬新なアイデアは、F1マシン技術において、いくつかの革新的技術を生み出した。その中でも特にその後のマシン技術に大きな影響を与えたのが、ウィングカーである。これは1977年にロータス78に採用され登場した。
その当時のF1カーは既に「空力」を利用することが着目され、前後にウィングを装着してそれによって生み出されるダウンフォースによってマシンを路面に押さえつけ、より強力なタイヤのグリップを得ようと努力がなされていた。タイヤのグリップ力が増せばコーナーリングも安定し、強力なエンジンパワーを確実に路面に伝えることができる。これによって速いコーナーリングとその立ち上がりスピードを稼ぐことができる。ところが、ウィングでより強力なダウンフォースを得ようとすると今度はそれが空気抵抗となって直線スピードの伸びが押え込まれてしまうのである。
この相反する作用を両立することができないか。それを実現したのがウィングカーである。ウィングカーは、前後に装着したウィングにダウンフォースを頼るのではなく、元々あるマシン本体でダウンフォースが得られれば、空気抵抗となるウィングを小さく、もしくは無くしてしまうことができる。こんな発想から生まれた。
実際にロータス78をみてみると(その当時プラモデルを作った)、サイドポンツーンの断面が大きなウィングのような形状をしていてその中にラジエターが収まっている。このサイドポンツーン下面と路面の間が、後方へ行くにしたがって一旦絞り込まれ、そのあと徐々に広がっていく形状をしており、ここを流れる空気がベンチュリー効果を生んで、ダウンフォースを発生するのである。
このロータス78は1977年シーズン最初から登場。ウィング効果を狙ったボディ形状のため直線スピードの伸びはそれ程でもなかったが、その欠点を補って有り余るコーナーリング・スピードを得て、M.アンドレッティ、G.ニルソンのドライブにより、優勝4回(アンドレッティ3勝、ニルソン1勝)を記録。コンストラクタ・ランク2位を獲得して、その優位性を示した。
翌78年、各チームともこのアイデアを採用しはじめたが、元祖ロータスの優位は揺るがず、M.アンドレッティ6勝、R.ピーターソン2勝を挙げ、アンドレッティはチャンピオンに、ピーターソンもランキング2位、チームもコンストラクタ・タイトルを獲得したのだった(しかし、R.ピーターソンは、モンツァでのイタリアGPのスタート直後に発生した多重クラッシュで両足を複雑骨折、担ぎ込まれた病院の処置ミスにより他界してしまうという、悲しい出来事もおきている)。
79年になると、各チームともウィングカーが当たり前となり、その熟成が進んだため、ロータスは1勝も挙げることができず、フェラーリ、ウィリアムズ、リジェ等が台頭したのだった。
ウィングカー技術はその後も進歩を遂げ、強力なダウンフォースと、ターボエンジンによる大パワーが相まって、マシンのスピードは著しく速くなる。このことは一歩間違うと大事故につながる事となり、1982年には死亡事故や大クラッシュが頻発、また、よりベンチュリー効果を得るためガチガチに固められたサスペンションがドライバーの身体への負担を増長し、背骨に異常を訴えるドライバーも出てきてしまった。このため、FISAは1983年シーズンからフラットボトム規制を施行し、ウィングカーは禁止されてしまうのであった。
しかし、マシンがフラットボトム化されてもウィングカーの原理(ベンチュリー効果)の追求は留まらず、数年前にはマシンと路面の間隔を一定に保ち安定したベンチュリー効果を得るためのアクティブ・サスペンションも登場した。しかし、1994年にはアクティブ・サスペンションは禁止。更に1995年からはステップド・ボトムが義務付けされ、サイドポンツーン下底面が中央部底面より5センチ底上げして、ベンチュリー効果を抑えるレギュレーションが施行された。
しかしながら空力がマシンのポテンシャルを決める重要なファクターである事は変わらず、今後もより強力で効率的なダウンフォース獲得に向かって技術開発は留まる事を知らないだろう。結局半永久的にレギュレーションとのいたちごっこが続くのである。
80年代前半のウィングカー全盛期のマシンを見ると、ある種究極的な形をしており、今見てもカッコイイと思う。技術的にはあのままウィングカーを追求してもらった方が面白かっただろうけど、ターボもそのままならきっと人間が乗れないマシンになってしまったかもしれない。
ちなみにアメリカのインディーカーは現在でもウィングカーである。

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