防空駆逐艦
秋月
略歴
昭和16年 7月 2日 進水(舞鶴海軍工廠)、本籍を佐世保に指定
昭和17年 6月11日 竣工
昭和18年 1月19日 ショートランド付近にて米潜水艦の雷撃を受け損傷
昭和19年 月 日 マリアナ沖海戦
昭和19年10月25日 エンガノ岬沖海戦、敵艦載機の雷撃により沈没
捷一号作戦
秋月は比島沖海戦において小澤艦隊の一艦として参加、対空陣形の占位は空母瑞鳳の左前方1.5km
に位置し、瑞鳳の右2.5kmには空母瑞鶴が占位していた。第一次空襲が始まったまもなくの08:50頃、
秋月は被弾して航行不能に陥り、黒煙と火焔が立ち上った瞬間、秋月の船体は二つに折れて沈没した。
昭和19年10月25日 レイテ沖で沈没寸前の秋月(右)
秋月の沈没原因については諸説があり、米潜ハリバットから発射された魚雷から瑞鶴を護るため、自らを
犠牲にし雷撃進路に立ったとする説と、敵艦載機の攻撃に秋月に搭載した魚雷が誘爆したとする説とが
有力である。
佐世保海軍墓地
長崎県佐世保市
第六十一駆逐隊 駆逐艦秋月戦没者慰霊之碑
呉海軍墓地
広島県呉市
第六十一駆逐隊 秋月石標
橿原神宮
奈良県橿原市
軍艦瑞鶴之碑に並んで建つ鎮魂之碑
碑文
駆逐艦 若月、初月、秋月、第六〇一海軍航空隊
瑞鶴とゆかり深き諸霊 茲に鎮まる
靖國神社
東京都千代田区
駆逐艦秋月 奉納模型
熊本県人吉市
駆逐艦秋月戦没者慰霊祭記念 献木 秋月会 標柱 .
池上峰次氏が「関係者が居なくなる前に記録を残したい」との思いから奉納された駆逐艦秋月の絵
球磨郡内戦没者
多良木町 櫟本 秋 黒肥地村 池田光隆 岡原村 立本静男 一勝地村 中津沖波
更新日:2009/01/18