古野繁實

海軍少佐

 

略歴

大正 7年 5月10日  福岡県遠賀郡遠賀村出身

昭和14年 7月25日  海軍兵学校卒業(67期)

               「八雲」乗組

昭和15年 1月20日  「伊勢」乗組

昭和16年 1月  日  特殊潜航艇の投下訓練開始/倉橋島、三机湾

昭和16年 4月15日  特別攻撃隊発令

昭和16年11月18日  特別攻撃隊(伊18潜)として出撃/倉橋島

昭和16年12月 8日  発進、戦没(享年23歳)/ハワイ真珠湾

 

 

 

 

 

ご尊父に贈られた遺詠

君のため 何か惜しまん 若桜 散って甲斐ある 命なりせば .

いざ行かむ 網も機雷も 乗り越えて 撃ちて真珠の 弾と砕けむ

靖國で 会う嬉しさや 今朝の空              .

 

出発直前に戦友に託した遺文

諸官の尽力に感謝!! 誓って成功を期す

尽忠報國 七生報國 天皇陛下萬歳

 

ご令妹の手記

繁實兄を偲んで

(前略)

昭和十六年の初秋に、後で分かったことですが、最後の別れのために帰郷しました。氏神様や

お墓参りについていった私に、「俺がもしもの場合は・・・」等の話をしていたことや、四国に帰る

日、駅に見送る私に何度も振り返り、立ち止まって手を振る姿は、今も鮮やかに瞼に焼き付いて

いますし、その時の心境を思うと胸が痛みます。

昭和四十六年に、母の付き添いで古野少佐の思い出を語るテレビに出演した時、真珠湾で生き

残られた酒巻さんにお会いすることができ、立派な姿を見たとき、思わず兄と姿が重複し、懐か

しさがこみあげてきました。

平成の今、真珠湾の事や、軍神の事、又は兄の事などを知る人は殆どいなくなった時代ですが

息子や孫は良く理解してくれ、また誇りにしてくれていることをしみじみあり難く、嬉しく思っており

ます。

 

思い出は 手を振る別れ 十二月   この文章を書きながら  

秋静か 特殊潜の 前に立つ .   江田島を尋ねた時    

短日や 夕日に染まる 赤煉瓦   同              

秋深む 亡父の威厳 懐しかり   久方ぶりに父の墓参りをして

 

虫生津地区

福岡県遠賀郡遠賀町

故海軍少佐古野繁實墓

 

特殊潜航艇

更新日:2009/09/06