海軍大尉 小灘利春
追想「橋口 寛大尉 自決す 」付記
平成11年11月
光基地を大津島から訪れたとき、橋口中尉(当時) に、私(小灘)が知っている何人かの搭乗員の状況を聞こうと思い
「どんな具合か」と、先ず或る一人について尋ねたとき、彼はその人物の優れた点、問題がある点について
極めて詳細に「立て板に水を流すような」との形容どおり、一気に述べて呉れた。
その貝体的な内容は大体のことしか覚えていないが、そのなかで今も鮮やかな印象が残る言糞は、
「その搭乗員の人間性については申し分がないが、遺憾ながら決断が遅い。
自分の《事》を決定する場合に考えるべき要素が幾つかある。
しかし決断に不可欠な要素となると、そんなに多くはない。
回天を操縦する際、特に敵艦めがけ突入する最後の浮上観測では、一瞬の躊躇も許されない。
しかるに彼は無視してよい事柄まで、あれこれと考えるので迷いを生ずる。
その結果、最善のチャンスを失うことが、性格的にある様に思う。
従って、回天搭乗員の適性としての評価は、此の点だけをもって、かなり下げざるを得ない。
彼の適性は(Bの上)と俺は判定する」
光基地の特に人数の多い搭乗員の一人に過ぎない温厚なその人物は、まだ搭乗訓練には入っていない時期であった
と思われるのに、橋口はその能力、性格を的確に見通していた。
私は橋口の言葉に衝撃を受けた。
私たち搭乗員はそれぞれが自分の技術を磨きたい一心ばかりで、毎日の研究会はあったが
周囲の技術向上を指導するための、お互いの接触、観察は二の次であった。
「俺が、俺が」といった心理状態であったことは否めない。
しかるに彼は、自分自身の腕を上げるばかりでなく、先頭に立って回天隊全般の戦力向上のために心血をそそいでいた。
その有様を、彼の詳細な評言から十分に察知することが出来た。
ただただ任倒される思いであった。あとの人間については尋ねる気が失せて、会話を打ち切ってしまった。
更新日:2007/09/30