甲飛第十三期殉國之碑保存顕彰会
関西甲飛十三期会 公認ホームページ
会報「總員起こし」 第20号/平成 5年
久保 吉輝
奈良空−回天 (光)−轟隊(伊363)−回天多聞隊(伊363)
「奈良空寸描@」
奈良空随一のポロ兵舎
ご存知のように奈良空は、海の無い奈良盆地の中程にある丹波市町、現在は天理市の天理教本部の町中に田圃や
民家の間に点在する詰所(信者の宿泊所)を兵舎に転用している為、それぞれの建物は、広さも程度も種々雑多である。
第四兵舎は表側の十五分隊は少しましだが、十六〜十八分隊はお粗末そのもので、硝子障子はまだましな方で、
小生の十六分隊七班などは、トタン波板の屋根・紙障子に破れ雨戸、田舎の貧乏納屋そのものである。
畳二枚で三人位のスペース、歩く度にガタピシする。
その上、真下の部屋が八人の班長室。
烏の鳴かぬ日はあっても「静カニセイ!」と怒鳴り声が下から飛んでこん日は無い。
ご丁寧に道路一つ向いは、三重海軍航空隊奈良分遣隊司令部と一区本部のお宮の本殿のような立派な建物がドンと
立っているのだから、尚更見劣りがする。
操偵別の移動もなく十九年九月一日に呉へ転勤するまでお世話になった懐しいポロ兵舎だ。
香気紛紛
兎に角、年間数回本部参拝の信者の短期宿泊用の裸電燈以外はガスも水道もない木造二階か平家の建物に
元気な若者が収容量の倍以上も常住しているのだから色々不都合や問題が起る。
吾が七班の窓からは十米程先の隣の棟の烹炊所が見える。
三度のメニューは空き腹がよく知っている。
大釜で割り木で炊いた飯は美味しく、唯一の楽しみであった。
しかし喰う程に副産物の量も膨大で、課業の間に一時に殺到する練習生の需要を満す程トイレの数がない。
下痢でもしたら大変だ。肥壷はすぐに満杯になる。
そこでタオルで頬冠りりした百姓のオッサンが頻繁に出入する。
肥杓子でドンドン汲む度に、香気は隊内に満ち溢れる。
肥タンゴ(桶)を十数個積んだ荷車や牛車が番兵の敬礼に送られて隊門を往復する。
何とも、スマートな筈の海軍さんとは似ても似つかぬ光景が見られる。糞とは「喰う相応」とは良く云ったものだ。
朝顔の味
唯でさえ少ないトイレの一つを、「下士官用」として班長に独専されその上度々清掃を命ぜられる。
霜焼けの腫れた手で、朝顔型の便器を雑布で洗う。
冷たいので水を掛けて誤魔化して、「班長用厠ノ掃除終リマシタ」と報告。
室から出て来たのが酒クセの悪い巡洋艦青葉生き残り信号の先任下士だ。
ニヤッと笑って「奇麗に掃除したか」「ハイ」。
「本当にキレイにしたか」「ハイ」。
「そんなに奇麗にしたのなら、嘗めてみイ!」
しまった、然しここで躊躇したらビンタが飛んで来るのが必定。
儘よ命に別条ないわい 「ハイ、ナメマス」生れて始めて大ゲサに数回嘗める。
事の成り行きを見ていた他の練習生の目には、アワレとも気の毒に、とも映ったことだろう。
自身情ないと思うと涙がこぼれかけた。
「韓信の股くぐり」 とはこんなものかとも思った。
流石に少々悪いと思ったのか、先任は 「ウガイをせよ」と云って部屋に入った。
嗽をして 「久保練習生帰リマス」と扉に怒鳴る。
「チョット待て!」 先任はまた出て来た。
これ以上どんな難題かと、ガツカリしていると 「口を開け!」 の命令、大きくロをあけると、アメ玉を二ツ俺の口に放り込んで
「ゴクロー」 と部屋に入った、一件落着。
それ以来、朝顔を賞味した者の話は聞かなかった。
新年早々些か尾篭なお話を申し上げ恐縮しております。
次回はお口直しの話をさせて戴きます。
更新日:2007/10/13