故勝山 淳海軍少佐 航海日記

発掘:平成15年 2月  日/勝山 忠男様(故人ご令弟)、小野 正実様(故人甥)

採稿:平成15年 3月 1日/峯  一央

校正:平成15年 3月 3日/峯 眞佐雄 (兵73、回天隊にて故人と同期・同僚)

校正:平成15年 3月15日/勝山 忠男様、小灘 利春様(兵72、全国回天会々長)

校正:平成15年 5月 3日/勝山 忠男様

 

七月二十日

愈 哨戒厳重なるものの如し

未だ見参の機を得ず無念 やる方なし かかる時にも戦局は一歩一歩進展し居るを思へば

如何なる呑気者と云へど 慌てざるを得ず

突如「教練回天戦用意」かかる 大いに張り切りピンピン 回天に搭乗せるも残念なる哉 教練なり

今日で三、四日 外気に接せず 午前午後もうっかりすれば忘れ勝なり 暮すは唯電灯の下なり

斯く人間も 決行の日延々すれば 多々思ひ出す大津島の生活

あの徳山湾を形づくる一離れ小島 大津島 その昔、罪人の遠島として有名なりしさうな

人口粗にして何処となく淋しみのある島なり

生等 其処に浮世の事知らずして唯轟沈を目指して 一途に訓練精進せしなり

忘れもせぬ十一月二十三日 最初の同乗訓練時 発射予定時刻1630の処 整備遅れ

一時間一寸遅れて発射 丁度日没頃 しかも空は今にも降りそうな気配

そのため徳山湾内薄く夕靄に包まる 何となく変な予感 同乗せざるが良さそうな

やがて発進 訓練は樺島 蛙島 廻りの狭水道通過法

 

黒髪島、樺島間の狭水道

 

往きは順調

併し此の頃から浮上中 筒を叩く雨の音耳に入る 観測の可否を問へば自信たっぷり

安心して帰投コースに就かんとする時 黒髪 蛙島観測出来ずと云ふ

搭乗者斯く言ふも こちらは始めての同搭 唯操縦者の決心に任す

同乗指導官ならば 此処を先途とモリモリ締め上げるのだが 悲しき哉と云ふ所

やがて彼 追躡艇に随行すると云ふを以って そのまま放任せる所 縦舵機の針路60度

これにて二十分間位航走 不審を感じて追躡艇の所在を確認せし所 漁船を誤認せりと云ふ

思はず開いた口が塞がらぬ 色々やった者がかういう状態なり

彼如何とする処置なく 停止を決意せり

かくて遂に眞夜中に至るも発見せられず 遂に越夜を余儀なくす

思へば 夕飯を口にせず空腹ますます応ふ 時に十一月の末つ方 筒内の温度刻々降下

空腹と寒気のため貧乏震幾度 今や正に悲惨極まる有様なり

かかる操縦者の技量未熟と不注意とに依り 何も知らぬ同乗者共々 空腹と寒気のために命を致して

回天隊の恥辱なるは言ふに及ばず 君に対して大の不忠者なり

今は寒さをこらへん為 中にて手に力を入れて猛烈な運動を行ふも思ふに任せず

スモール 五六度

翌朝に及ぶも未だ発見せられず 此の曇 肌を刺す北風吹き 海上波あり

見れば陸岸近し 意を決して搭乗者を連絡に出し

余ハッチを出入して 飛行機に対して信号せるも 事ならず 残念やる方なし

正午に至るも返報なし 愈意を決して 1300を期して連絡に行かんとし

筒内にて思案顔にして居ると 突如「ハッチ」を叩く音

素早と思ひ「ハッチ」を明けんとせば海水一時に入り来る 急いで閉む

とかくする中に止まりハッチ開く

命に依り救助艇に移る その時 身は褌に至るまで濡れネズミ

今迄のはり切りても安心と 一日に亘る空腹 寒気 精神的疲労のためぐったりと

思へば奇しき回天搭乗初めなり

 

航海日記      3      

 

勝山  淳

更新日:2010/08/01