殉難者顕彰

 

世紀の遺書

巣鴨遺書編纂会 昭和28年12月1日初版発行

戦後間も無い昭和27年8月、BC級殉難者を中心とする遺稿集の刊行を目的として

巣鴨拘置所内に結成された巣鴨遺書編纂会により刊行された。

都合四版を重ね絶版となったが、昭和59年には講談社から復刻版が出版された。

 

JR東京駅 丸の内口

東京都千代田区

    

アガペ(神の愛)の像

建立経緯

巣鴨遺書編纂会により、「世紀の遺書」の売上金で建立された。

 

護国寺

東京都文京区

  

身代地蔵尊

縁起

戦争犯罪人として死刑を宣告され、これに殉じた一千余名の人々の霊を慰め、再びこのようなことの起こらない

よう平和祈願のために、巣鴨プリズンの最後の教誨師であった故田嶋隆純大僧正の発願により、昭和28年3月

24日に建立された。

台石の下には、殉難者の氏名が刻まれた銅版と遺稿集「世紀の遺書」が、防蝕の処置を講じて埋められている。

「身代」とは、殉難者と遺家族の苦難を身代らん、との謂われとされている。

 

品川寺

東京都品川区

戦争裁判殉国者 仁慈(いつくし)の鐘     伝法 …法を伝える

 

  

鐘に刻まれた殉国七士の遺墨(処刑直前の揮毫)

 

福信院

三重県飯南郡飯南町

    

平和之礎

碑文

大東亜戦争は時代の情勢と国民の感情の総意により生ぜしものにして人為的にあらず 然し敗戦となり

時の責任者七士は極東軍事裁判により刑死になり近衛公は自決さる 之皆殉国の士であります 茲に

八士並びに戦没将兵の供養の為観音像を建て平和国家の弥栄と世界人類の幸福を祈願致す次第であ

ります

 

軍事裁判

更新日:2007/06/30