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プリースト読書ガイド
たこいきおし


 1983年に大学に入学した当時、入部した東北大学SF研究会というサークルは、丸ごと1冊イギリスSFを特集したファンジンを出したり、毎年夏の合宿で行なっていた海外作家の訳書読み尽くし読書会の題材に3年連続でクリストファー・プリースト、マイクル・コニイ(当時の表記)、ボブ・ショウといったイギリスのSF作家を取り上げる等、今にして思えば何故そこまで、と突っ込みを入れたくなるほどイギリスSFに触れる環境としては充実したところだった。加えて、その入学の年にプリーストの代表作として名高かった『逆転世界』が訳され、SF評論誌「SFの本」4号としてイギリスSF特集が出るなど、まさにこれでもか、という勢いで「イギリスSFは心の故郷」というインプリンティングが焼き付けられた。そんなロートルSFファンにとっては、プリースト、コーニイの訳書が続々と刊行される昨今の状況はうれしい悲鳴といったところ。
 今回の読書会を主催された翻訳ミステリー大賞のサイトにも、訳者の古沢氏ご本人による「初心者のためのクリストファー・プリースト入門(※1)」が上がっているので、多少蛇足気味かもしれないが、読書会に向けての自分の備忘録、頭の体操も兼ねて、過去に読んだプリースト作品について考えたことを、概ね自分が読んだ順に簡単にまとめてみた。

『逆転世界』安田均訳
 サンリオSF文庫/創元SF文庫

 街を丸ごとレールの上に載せて常に移動させなくてはならないという謎の世界。タイトルの示す、その理由を主人公が体験する瞬間の圧倒的視覚イメージが読みどころ。さらにその世界の真相が明かされる終盤の大どんでん返し。SF的感動を表現する言葉として「認識の変革」という言い方があるが、ある意味、それを究極的に体現したような作品。傑作。
 創元SF文庫で現在も入手可能。

『スペース・マシン』中村保男訳
 創元推理文庫

 H・G・ウェルズ作品のガジェットを投入して古典SFテイストと王道的ラブロマンスの風味をたっぷり盛り込んだ長編大作。東北大SF研で読書会をしたところ、「ウェルズとかと同じ時代の作家の作品と思って最後まで読んだ」という部員がいてその後の語り草になったという逸話があるんだけど、あとがきを読むと訳者もおおむね本作のその雰囲気を愛して訳したことが語られているので、ある意味いちばん正しい読み方かも?
 ともあれ、プリーストのSF愛と小説功者ぶりが堪能できる作品ではある。前述の通り「古典的SF小説」といった風情の作品であり、「語り/騙り」を楽しみたい向きには必ずしもオススメできないものの、現在の視点で振り返ってみれば、この「ちょっとレトロな雰囲気の中で繰り広げられるラブロマンス」という要素は、『魔法』『奇術師』あたりにも通じるところがあり、これもまた「語り/騙り」のテクニックと同様、プリースト作品のベースを構成する基本要素かと思う。
 考えようによっては、予備知識なしで読むと1976年に書かれた小説とは思えない、という点がこの長編最大の「騙り」だったりして(笑)?
 発売当初の装丁は、当時人気だった加藤直之の重厚なタッチの火星人メカイラストの佇まいがよかった。

『ドリーム・マシン』中村保男訳
 創元推理文庫/創元SF文庫

 機械の力で人々の無意識から作り上げた夢の世界を用いた実験を背景に、現実世界と夢の世界が徐々に入り乱れて行く展開から、その現実崩壊感を軸に論じられることが多い作品。とはいえ、当時ブームとなっていたディック作品と比べると現実崩壊のニュアンス、作品の味わいは大きく異なる。大学時代は本作を単体として普通に楽しみ、当時読んだ中では最も好きなプリースト作品ではあったが、現在の視点からみると、他のプリースト作品と共通する「現実」の捉え方があるとも考察できそうに思う。
 近い時期の短編作品「限りなき夏」「青ざめた逍遥」では「時間」で隔てられていた恋人たちだが、この作品の場合は隔てる障壁が夢と現実という「意識」に置き換えられている、と捉えれば初期のプリースト作品に共通の主題のストレートな発展系かと思われる。
 こちらは、旧創元推理文庫版の他、創元SF文庫でも復刊されたことがあるが、現在は在庫がない模様。プリースト人気がもっと盛り上がれば再復刊もあるか? 余談ながら、邦題を『ドリーム・マシン』にしたのは、『スペース・マシン』とのセットで、初期の認知度アップには貢献したと思われる。

『伝授者』鈴木博訳
 サンリオSF文庫

 正月に実家で蔵書チェックをした際に手にとったものの、そのまま本棚に戻してしまった。読書会に参加するのであれば、読み返してもよかったかもしれないが、正直、そこそこ面白かった、という程度の印象に留まるかなあ。むしろ印象に残っているのは微妙に訳文の「てにをは」がおかしかったことくらい。「サンリオSF文庫は訳が悪い」という俗説が体験できる一冊?
 本作はサンリオSF文庫で出版されたのみ。訳文の問題もあるので、最近散見される「サンリオSF文庫の内容そのままでの復刊」には向かないと思う。内容的にも、現在のプリースト読者をターゲットにするにはちょっと厳しいか?

『奇術師』古沢嘉通訳
 ハヤカワ文庫FT

 ともに瞬間移動を芸とするライバル奇術師の間のいさかいが徐々にエスカレートしてついには…。「信頼できない語り手」による「騙り」がプリースト作品にしては比較的シンプルな叙述トリックとして機能し、過去に起こった事件、現在起こっている事態の謎が徐々に明かされていくミステリとして成立しているとともに、物語の謎の核心には仰天のSFアイデアもあり、SFミステリのお手本のような作品になっている。もはや十八番のレトロ風味のラブロマンスに加え、奇術師たちをめぐるドラマも適度にケレン味があり、さらにはホラー要素まで盛り込まれるというサービス精神旺盛な作品。独特の「騙り」の魅力への入門書としても最適かも? 実は文庫になるまで『魔法』を読み逃していたので、個人的にはプリーストの「騙り」のテクニックを初めて体感した作品でもあった。
 映画版は2007年にヴェネツィアでの学会に参加する途上、機内で観ることができた。けっこう大胆に原作の筋書きを変えてあるものの、叙述トリック(「騙り」)がそのままでは使えない映画というメディアとしては、いい感じに原作の空気感を表現してあると思った。
 因みに、物語のキーとなるマッドサイエンティスト?として架空の人物を設定してもよさそうなところ、とある実在の人物をあててているのも、一部特定の層に対してはたまらない「くすぐり」(笑)。
 カバーは2種類あるが、初版の昔の創元推理文庫を思わせるシンプルな装丁と作中の一場面をイメージさせる現行版、どちらもよい。個人的には初版が好き。

『魔法』古沢嘉通訳
 早川書房 夢の文学館/ハヤカワ文庫FT

 夢の文学館出版時には未読で、『奇術師』効果で文庫になったのを機に読んでまさにひっくり返った、というか「ぎゃっ」と叫んだ(C古沢嘉通(※2))。
 まさに「信頼できない語り手」による「語り/騙り」の極北。記憶喪失の主人公が、与えられる情報から自分にとっての「現実」を再構築していく、という物語の基本構造は、小出しにされる情報による「現実」の上書きを可能にし、上書きされるたびに様相を変える「現実」と「現実」の間の不協和音が不思議な読後感を生む。その「現実」の再構築をジグゾーパズルに例えるならば、読者の手元には一見似た絵柄だけど何かが決定的に違うパズルが何枚も残され、どのパズルも未完成で欠けたピース、余ったピースがありながら、余ったピースはそれらのどこにもはまらない。希有な読書体験。

『限りなき夏』古沢嘉通訳
 国書刊行会 未来の文学

 初期の短編代表作、デビュー作から「夢幻諸島」ものの近作までバラエティ豊かに収録された日本版オリジナル短編集。
 「青ざめた逍遥」は時空間の歪みにより「川を渡る」ことで異なる時間に移動できる、という世界での「リプレイ」を描いた物語といえるが、このアイデアは「海」で隔てられた島々で、各々独自の時間が流れている、という「夢幻諸島」の基本設定に発展している、といえるだろう。
 「リアルタイム・ワールド」は人間の「認識」の相違により異なる「現実」が併存してしまう、という点で『逆転世界』の原型といえるが、情報を制限された人間が、入手できる情報から「現実」を紡ぎだす、という本作のアイデアは、読者に提示する情報をコントロールすることで作品中の「現実」の様相を操る「語り/騙り」の作風に形を変えて展開されているのかもしれない、と、ちょっと思った。
 収録作中のベストは「夢幻諸島」を舞台に「語り/騙り」のテクニックで読者を幻惑しつつ、世界の揺らぎによる現実崩壊感も堪能させてくれる「奇跡の石塚」にとどめをさしたい。


※1 「初心者のためのクリストファー・プリースト入門」

※2 KSFAのファンジンTHATTAを読んでいない人にはまったくわからないネタですみません(笑)。


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