お楽しみはこれからだッ!!
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第60回 “橋本みつるのことその他のこと”
 掲載誌 糸納豆EXPRESS Vol.29. No.1.(通巻第44号)
 編集/発行 たこいきおし/蛸井潔
 発行日 2011/09/03


 唐突ではあるが、手書き時代から細々と続いてきたこの「お楽しみはこれからだッ!!」も今回でなんと連載60回となった。まあ、59回を書いたのが2006年でブランクが5年もあったり、連載50回台は1ページの回が激しく多かったり、しかも取り上げているのが一部特殊マンガ家の橋本みつるばっかりだったり、あまりほめられた連載状況ではなかった気はするが、節目は節目ということでいろいろと感慨深い。

 そんな訳で、記念すべき連載60回のテーマをいろいろと考えてはみたのだが、実はこのブランクの5年間、一部特殊マンガ家の橋本みつるをめぐる状況にもさまざまな変化があった。リアルタイムで紹介しきれなかったことには内心忸怩たる想いもあったので、この機会にまとめてレビュウしてみることとしたい。題して「橋本みつるのことその他のこと」ということで……。

「あれは
世の中全部に見えるものと
ひきかえのものだったと思う」

 こちらは、新書館ウィングスにおける橋本みつるのマンガ家キャリア上で2回目の連載作品『美しいこと』より(初連載は今は亡きソニーマガジンズきみとぼく誌上での『パーフェクトストレンジャー』)。本作は59回で紹介した短編「苺の夢」の発表後、2007年に4回にわたりウィングスに連載され、後日談にあたる短編「美しいこと〜みなこ猫拾い事件〜」と合わせてコミックスにまとめられた。これと、新書館でのデビュー短編集『青いドライブ』は(書店店頭で見かけることは少ないものの)現在でも入手可能である。


 『美しいこと』のヒロイン義家みなこは周囲の友人との微妙なズレを感じながらも、そのことを表に出さないようにして一見穏便な高校生活を送っている。自分の感じたことを感じたままに口にしても誰にもわかってもらえない〜それどころか周囲から浮いてしまう〜のではないか、という不安、その一方で、周囲の友人の何気ない上っ面だけの〜本心からのものではない〜会話には、偽善を感じて同調できないこともあり、次第に息が詰まっていくような焦燥感を抱きつつあった。

偽善な感じや安易さとか全然感じない
それぞれの好みとかも越えた感じの
ひと目見て分かる美しいものがあったら
どんなにほっとするだろう
そしたらそればっかり見て
それを信じて暮らすのに

 そんなみなこのクラスに「元超能力少年」の夜居泰久が転校してくる。そのうさんくさい経歴からトラブルの多い学校生活を送ってきたらしい夜居だが、あるきっかけで、みなこは夜居が自分が切望している「綺麗なもの」を知っているらしい、と知る。夜居の超能力は「本物」であり、普通の人間が感じることのない領域を知覚することができるらしい……

 ううむ。まあ、いつもながら自分なりの言葉であらすじにしてみても作品の本質がちっとも伝わる気がしないが、このヒロインの二重生活的な日常の息苦しさは、自分が本当に好きなものを誰にでも周知するにはためらいがあって、表向きは周囲に合わせて無趣味っぽくふるまったりしたことのあるオタクとかSFファンの心理とはちょっとアナロジーはあるように思ってしまったりもする。まあ、そこまでうがたなくとも、KYなどという妙な造語に代表されるように「周囲の空気を読んでそれを乱さないことをよしとする」ような現代の風潮に対する橋本みつるなりの疑義の表明とも感じられる設定ではある。

 あらすじに戻ると、夜居の知る「綺麗なもの」とは、「生まれた時から目の見えない人間の心の視野にだけ映る光景」だという。それを見るためにはその条件に該当する盲者の心の中を夜居の接触テレパス能力で覗き込まなくてはならないという。それを実現するために夜居が選択した方法とは、盲学校の女生徒高橋百々を拉致するという強引なもので……

 かつての橋本みつるの作風にはドロップアウト上等、アウトロー上等、とでも表現すべき独特のヒリヒリ感があった。その作品世界ではヒロインたちは時に一般社会の通念から逸脱し、そのままドロップアウトしていく、そのぎりぎりのシチュエーションが作品の最大の魅力ともなっていた。

 この『美しいこと』においても、ここまで紹介した通り、そのまま進めば夜居もみなこも社会タブーを破りドロップアウトしていってもおかしくないシチュエーションが序盤から用意されていた。しかし、本作においては、「綺麗なもの」を実際に目にしたみなこがそれに耽溺してドロップアウトしていくような方向には物語は進まず、逆に、自分の中にもある偽善やもやもやした感情と対峙して、友人たちや百々との関係を再構築していく、友人や家族を含む社会の中に居場所をみつけていく、というハートウォーミングな物語に収束していくのが、永年の読者の視点からは意外であった。これは橋本みつるの新境地といってよいと思う。


 ということで、新境地を開いて一部特定のファンを喜ばせた『美しいこと』のコミックスの発売は2008年のことであった。その後、ウィングスへの作品掲載はまたぱたりと途絶え、ううむ、やはりウィングスの本来読者の嗜好とは作風が違いすぎたか、と、またしてもファンはやきもきすることとなったのだが、2年の沈黙の後、またしても意外な展開があり、一部特定の橋本みつるファンは歓喜に震えることとなった。(とはいえ、もはや永年の一部特定のファンの人たちは、2年程度の沈黙は誤差の範囲内という境地に達しているような気もしないでもないが)

 意外ッ(笑)!! それは、百合ッ(笑)!!

 2010年5月、BLでは人後に落ちることのない新書館からピュア百合アンソロジー「ひらり、」という大判(A5)コミックス形式の雑誌がひっそりと創刊された。たこいは「その世界」にはうといのでよくわからないが、ラインナップされているマンガ家は「その世界」ではそれなりの立ち位置をもった方々であるらしい。その創刊号ラインナップの中に、橋本みつるの名前がひっそりと並んでいるのを見つけた時は流石にちょっとひっくりかえった(笑)。

 そんなこんなで、橋本みつるだけを目当てに買ったピュア百合アンソロジー「ひらり、」創刊号であるが、ぱらぱらめくっていたらなんだかしっくりくるというか、馴染んでしまった。実はその少し前に、流石に読み切れなくなって、大学時代から購読していたLa Laを買うのをとうとうやめてしまい、もう現代の少女マンガは体質に合わないのか、と、思いかけていたところだっただけに、意外なところに安住の地をみつけた心持ちである。

 まあ、考えてみると、女の子同士の友情に材をとった少女マンガには多かれ少なかれ百合要素は昔からあった訳で、古くは『アルトの声の少女』あたりもソフト百合マンガといえなくもない。ここでもうひとつポイントとなるのは「ピュア百合」と銘打ったこの雑誌のコンセプトで、ナマナマしい描写などはほとんどない掲載作品群は、普通に学園日常少女マンガといって通用するような作品が中心であって、それは、自分のような男性の少女マンガ読者が少女マンガに求めている要素をうまく満たしているようなのであった。

星ちゃんの勇気は
かわいく危なっかしい
ずっと
壊れなければいいと思う

 橋本みつるの「ひらり、」掲載作である「星ちゃん」は、近作には珍しく不思議系の要素のない、全寮制女子校の中等部の寮を舞台にした小品で、内容の詳細は割愛するが、一読して、うん、こうしてみると不安定な描線に独特の色っぽさのある橋本みつるの作風はなかなか百合にもハマっているなあ、ということが実感された。

 2010年はこの「ひらり、」を皮切りに、その後秋には、これまた意外なエンターブレインのフェローズに短編「叫びとささやき」が、ほぼ同時期に久しぶりのウィングス本誌には「ミラーマンの明日」が、さらに、年末ぎりぎりのタイミングで「ひらり、」の第3号に「星ちゃん」とおなじ女子校の高等部の寮を舞台にした「さらば友よ」が掲載され、久しぶりに橋本みつるの新作が4編読めるうれしい年となった。

 新書館とエンターブレインの心ある編集者の方々にはこの場を借りて感謝申し上げたい。


 そんな訳で橋本みつるをきっかけに購読を始めてしまったピュア百合アンソロジー「ひらり、」なのであるが、第2号のラインナップを目にした時はさらにひっくりかえった(笑)。第2号にはお目当ての橋本みつるの名前はなかったのであるが、その代わりというかなんというか、「桑田乃梨子」「ささだあすか」という、たこいにとっては妙に見慣れた名前ががが……。

 桑田乃梨子については、白泉社を離れた後もあちこちでコンスタントに活躍しており、中には百合の気のあるキャラクターが出てきたりしたこともあったので、「ひらり、」の目次中でもさほどの違和感はないかもしれないが、ささだあすかについては2006年に La La DX連載の『三日月パン』が完結して以降はあまり目立った活躍はなく、意外なところでは2009年に唯川恵原作の携帯コミック(!)をコミックス化した『永遠の途中』が出たくらいで、実は地味に活動の見えないマンガ家になりつつあった、かもしれない(もともとの活動も地味だったが)。

「二人のひみつにしておきたかったの」

 引用はその「ひらり、」第2号掲載のささだあすか「ほんのともだち」より(語感が某SFセミナーの名物企画っぽいのはご愛嬌(笑))。主人公の北沢幸知は夏休みに普段接点のなかったクラスメートの西森さんと図書館で仲良くなったんだけど、新学期になって、二人が仲良くなったことを周囲の友人に説明しにくくて……。

 学校で突然仲良くしていれば当然理由は訊かれるだろう、ちゃんと説明しないと学校でふつうに仲良くできない、でも二人が仲良くなったいきさつはあまりおおっぴらにしたくない、そんな微妙な心理をほのぼのと描く作風は、いかにもささだあすからしい。2010年、まったく思いもかけなかった形でのささだあすかとの「再会」であった。

 そして2010年年末に刊行された「ひらり、」第3号では橋本みつる、桑田乃梨子、ささだあすかがそろい踏み。その後、2011年に入ってからも第4号、第5号ともこの3人の作品は毎号掲載されている。思わず「誰得?」とつぶやいてしまう状況だったりするが、少なくとも、ここに一人(笑)は得をしている人間がいるのは間違いない(笑)。

 ここまでのところ、橋本みつるは女子高の寮で同室の女の子同士の友情以上恋愛未満の微妙な関係を視点を入れ替えて描いた連作「さらば友よ」「シスター・ストロベリー」が掲載されているが、持ち味の「女の子の艶っぽさ」が全開で百合に馴染みまくっている(笑)。一方ささだあすかも、毎日一緒に電車通学する性格正反対の女の子二人のいちゃいちゃぶりが楽しい「まいにちのともだち」、女子寮のドジっ娘先輩の困り顔に萌えてしまうクール系新入生の戸惑いを描く「おとなりのせんぱい」など、ほんわか&ちょっととぼけた作風はそのままに、いい感じで百合に馴染んでいる。で、桑田乃梨子はというと、女子校を舞台にちょっと性格に問題のある主人公(笑)が、全校生徒に大人気の双子姉妹などの周囲のキャラクターを自分のペースで冷たくあしらう様子が楽しい「箱庭コスモス」を連載しているが、実はこの3人の作品の中ではこれが最も百合からは遠いかもしれない(笑)。

 ともあれ、4月、8月、12月と、年に3回、橋本みつるとささだあすかと桑田乃梨子の作品が必ず読める「ひらり、」、一部の心当たりのある方々に強くオススメしておきたい。


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