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第50回 “ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド”
 掲載誌 糸納豆EXPRESS Vol.22. No.2.(通巻第38号)
 編集/発行 たこいきおし/蛸井潔
 発行日 2004/11/20


 唐突ではあるが、これを書いている今現在は2000年の12月13日。いよいよ今世紀も終わり……ということになるが、別段だからといってこの世の終わりとかそういうことではない(笑)。なにしろ、恐怖の大王が空振り(笑)に終わってから既に1年半近くが経過しているのである(笑)。

 とはいったものの、いつ決着がつくのか見当もつかない泥試合(笑)状態のアメリカ大統領選挙とか、史上空前の暴言失言大放言状態(笑)の日本の内閣とか見ていると、いっぺん終わってみた方がいいかもしんないな、この世界、とか、ふと頭の隅をかすめなくもない(笑)。あ、もしかして、あれは世界がもう終わってるということなのか(笑)? そうなのか(笑)?

 まあ、そんな意味もこめてかこめなくてか(笑)、記念すべき20世紀最後にして連載第50回(!)の記念すべきテーマは、「ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド」ということで……。

「ジミー。もう一度よくねむって、
 もうそんなこわいユメは忘れておしまい」

 台詞は清水玲子『月の子』のラストページより。

 まあ、チェルノブイリがメルトダウンした時点で世界は既に黙示録の世界に突入していたのだ、という説も一部にはあった。チェルノブイリ=ニガヨモギというネタに関しては、あの時期広瀬隆あたりが喜んで使っていたし、そのネタでギャグをかましていた人も14年前にはけっこういたと思う(笑)。しかし、そんな手垢のつきまくったネタをメインアイデアにして大長編マンガを描いてしまったなんてのは、世の中広しといえども清水玲子くらいのものであろう(笑)。


 まあ、連載終了から8年も経過していればいいかげん時効だろうということで、この先話を進めてしまうが、念のため、『月の子』というマンガを読んだことのない人……というよりはこの先読むつもりとか予定のある人は、一応このページは飛ばして読むように(笑)。なにしろ、ラストのオチだけが命みたいなマンガだからね、ありゃ(笑)。

 清水玲子の初の長編『竜の眠る星』はあまり評価していなかった。それまで書いてきた短編マンガと比べると、ストーリーが冗長で切れ味に欠ける印象があったからである。

 とはいえ、スマートな描線や短編としてのストーリーテリングなどは当時のLaLaのマンガ家の中ではそれなりに突出してはいたのだが。

 ということで、長編連載第2弾であった『月の子』も連載中は基本的にはあまり評価してはいなかった。やはり冗長に感じられたそのストーリーを簡単にまとめてみると、こういう話である。

 『人魚姫』の人魚というのは、実は星を渡る特殊な種族であり、数百年の寿命を持ち、産卵の時期には地球に戻ってくる。『人魚姫』の時代から数百年が経過した1980年代半ば、再び産卵の時期を迎えた人魚たちは散らばっていた宇宙のあちらこちらから、再び地球に戻ってきていた。

 人魚たちにとって、同族ではない人間との恋愛はタブーであり、それはよくないことを招き寄せる、といわれていた。にもかかわらず、ヒロインの人魚ジミーは、人間の男性に心惹かれてしまう。

「こわかったの。
 チェルノブイリが爆発してしまったあとの世界をみたの。戦争がおきて、人が沢山死んで−−−でも何も救う手だてがなくて、どんどん森が焼かれていってしまうの。
 すごく。すごくこわかったの。
 かわいそうだったの」

 で、まあ、そのよくないことというのが「チェルノブイリ」なわけなのであるが(笑)、そのことをほのめかしつつも、ストーリの上では、登場するキャラクターたちの遅々として進まない恋愛のあれこれとか、ジミーの三つ子の姉妹の間での確執とかが、えんえんと続くのである。

 終盤、チェルノブイリのカタストロフに向けてストーリーは動き始める。唯一の希望は「人間の王子が人魚姫を本当に愛することがあれば、奇跡が起こる」という伝承。『人魚姫』の時代には果たされることがなかったその希望は、この時代には果たされるのか?

 エピローグでは、チェルノブイリから6年後の世界で幸せに暮らすジミーたちの姿が淡々と描かれる。その世界ではメルトダウンは直前で回避され、放射能に変わるクリーンエネルギーが発見され、世界は幸福な未来に向けて静かに動き始めていた。そんなある日、ウクライナから遊びに来た友だちと会ったジミーは、その友だちが放射能障害で死んだ、カタストロフ後の世界の幻影を見る。

 おびえるジミーを慰める恋人アートが口にしたのが、1ページ目に引用した台詞である。この一言によって、作品世界の中で恐れられていた「破滅した世界」が、読者たる我々のいる、この世界そのものである、という叙述トリックが成立する。初めて読んだときはしばし呆然としてしまったことをここで告白しなくてはならない(笑)。

 『月の子』を構成する荒唐無稽な設定の数々は、全く、ひとかけらもSFではないと思うのだが(笑)、このラストページにおける強烈な異化作用はまぎれもなくSFの感覚である。いや、一本とられました(笑)。


 今回のキーワードは、「世界の終わり」ということで、セレクトする作品にはそれ以外の共有項は特にない(笑)。

 ということで、お次は久しぶりに東京都杉並区にお住まいの梶浦正規さんからリクエストのあった高橋しん『最終兵器彼女』でいってみよう。ゴー。ゴー。ゴー。アンド、ゴーズオン(笑)。

 ふたりで決めた。
 「恋人どうしだから」
 …だから、誰にも内緒でこの現実を…
 ふたりきりで生きていこう、そう決めた。

 現在ビッグコミックスピリッツにおいて連載が続いている『最終兵器彼女』は、要するに、不治の病にかかったヒロインをめぐる約束された悲劇の物語である。要所要所にインサートされる主人公のモノローグは、すべてが終わってしまった後に回想している、というスタイルで貫かれている。

 この手の「約束された悲劇」というのもまた、ある意味さんざん手垢がつきまくっている(笑)。このマンガは、同工異曲が無数に存在するそんな悲劇を、いかにして再生することができるか……という試みである、と、目下のところ理解している。

 物語は、札幌からちょっと離れた、海辺の静かな街で始まる。高校3年生のシュウジとちせはつきあい始めたばかりの恋人同士。……なのだが、お互い恋人を持つなんて初めての経験の二人は、どうしても自然に振舞うことができない。もともとぶっきらぼうなシュウジはドジの多いちせに優しい言葉のひとつもかけられないし(笑)、緊張しまくり状態のちせも普段以上のドジの連続で、シュウジに謝ってばかり(笑)。

 そんな日々にちょっと疲れたシュウジは、ある日別れ話を切り出す。その過程で、お互い出していなかった本音をぶちまけあった二人の絆は逆に深まり、少しだけ、本当の恋人らしくなる。

 そんな、少女マンガ的な味わいの第1話の後、物語は急転する。友人たちと札幌に遊びに来ていたシュウジは爆撃機の編隊による札幌空襲に遭遇する。そこに出現し、爆撃機を次々と撃破していく小型の戦闘機(?)。その正体は何とシュウジの彼女、ちせであった……。

 なぜ、一介の女子高生が「最終兵器」に改造されてしまったのか、その説明は一切ない。だが、人間に戻ることもできず、自己進化を続ける「最終兵器」という不治の病によって、幸せになれたかもしれなかったシュウジとちせの関係は少しずつ、少しずつ歪んでいく。そして、物語が進むにつれて、終わらない戦争状態という世界そのものを覆うもうひとつの悲劇が徐々に浮かび上がってくる。

 例えば、かつて『赤い疑惑』において山口百恵が白血病で死ぬということは、物語の初めから約束されていたのである。にもかかわらず、物語がクライマックスに近づくにつれて、TV局には助命祈願が殺到した。しかし、これは賭けてもいいが、制作スタッフがその助命祈願を呑んで山口百恵を死なせなかったりしたら、『赤い』シリーズはきっと評判を落としていたに違いない。そうなると、『赤い』シリーズはあんなに長くは続かず、我々は留置所の中で指を床に叩きつけてピアノの練習をする水谷豊も、柴田恭兵と能勢慶子のかけあい漫才も見ることができなかったかもしれないのである(笑)。あ、何の話だっけ(笑)?

 そう(笑)。だから、『最終兵器彼女』は、「ストーリー展開は最後まで決まっている」という第1巻の作者あとがきの通り。悲劇を成就することが約束されている。しばらくは、一読者としてその過程を見守ってみるのもいいのではなかろうか。


 1995年という年に、我々と同じ人間の演出する「世界の終わり」があった。いうまでもなく、地下鉄サリン事件である。

 静岡県に住んでいると、例えば坂本弁護士一家の捜索ビラはあちこちに貼られていたし、オウムの宣伝ビラが郵便受けに投げ込まれていたこともあった。しかしまさか、富士山の麓に本当に秘密基地を建築し、あんな荒唐無稽な光景を現実のものとするような集団が同じ日本人の中に存在していようとは、あの瞬間までほとんどの人は思っていなかったと思う。

 おそらくは、それに触発されて描かれた、「世界の終わり」についての物語を、最後にひとつだけ紹介してみたい。

「廣野くんはどう思う? ほんとに地球は滅びると思う?」
「ぼくは……人間はそこまで莫迦じゃないと思ってるから……きっと滅びる直前までいっても、最後は絶対切り抜けるんじゃないかな−−って」
「あたしは……。あたしも…廣野くんと同じ。
 滅びないと思うし……滅びてほしくない」

 台詞は、陽気婢が雑誌COMIC快楽天に連載していた短編シリーズ『えっちーず』の中の一編。「世界が終わるのを待てない」より。

 主人公の少年は、ある日の放課後、同級生の少女から「地球って本当に滅びると思う?」という質問を受ける。二人はそのまま一緒に下校して、少年の部屋で話を続ける。やがて、少女は意を決したように、最初の質問をもう一度繰り返す。少女は、ある事情で、明日からは学校に来られないというのだが……。

 4日後、TVは「世界の終わり」を狂信する新興宗教の一団が、信者から強引に集めた金で建築した地下シェルターに、選ばれたごく一部の信者だけを連れて立て篭る、という事件を報道していた。それを見て、少年は少女の行動にこめられた意味を初めて理解する。

 この作品は、ごく短いページ数だが、対となる二編の作品で構成されている。その後編といえる「世界が終わるのを待てない[Reprise]」においては、いまだ警戒厳しいそのシェルターを訪ねる少年の姿が描かれる。

 どうして世界はこんななんだろう…

 シェルターを訪ねたとはいっても、中に入れるわけでもなく、少年にはただフェンス越しにその入口を見ることしかできない。少女が、自分は「世界の終わり」なんて信じていないにも関わらず、両親とともにシェルターに入らざるを得なかったように……。

 と、まあ、なかなかに風刺の効いた、切ない短編だと思うのだが、なにぶん掲載誌があまり大きな声ではいえないジャンル(笑)の雑誌なので、広く万人にオススメするわけにはいかないかもしれない(笑)。もちろん、この作品でも、少年にひそかに想いを寄せていた少女が最後のチャンスに少年と結ばれる、というそっち系の描写もちょっとはあるのだが(笑)、いっちゃあなんだが、あまりに淡白すぎてこのジャンルの本来の目的(笑)はちっとも果たしてはいない(笑)。

 とはいったものの、この作品など、いわゆる少年マンガでも少女マンガでもないし(どちらかといえば少女マンガの方が近いかな)、一般の青年誌に載るにはセンシティブに過ぎる気がする。そういう意味では適材適所といえるのかも、なんてことを思いつつ、世紀は暮れていくのであった(笑)。


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