お楽しみはこれからだッ!!
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第40回 “制服の君が好きだよ”
 掲載誌 TORANU TあNUKI 190〜199号
 (通巻第61号)
 編集/発行 渡辺英樹/アンビヴァレンス
 発行日 1997/3/31


 英樹さん、この度はご結婚誠におめでとうございます。しかしその情報を初めて知ったのがインターネット上のことで、しかも結婚ファンジンならぬ結婚記念ホームページなんてものが企画されてしまうあたり、実に隔世の感があるなあ(笑)。

 で、この「お楽しみはこれからだッ!!」も第40回の大台に乗ったということで、編集の許可はもらってないけど、今回は英樹さん結婚記念&第40回記念特別増ページでお送りさせてもらう、ということに(笑)。テーマは英樹さんの職業に合わせて、という訳ではないけど、「制服の君が好きだよ」(笑)。

「…だって、まだ16年しか生きてねーのに、
 そのうちの13年間、しかもけっこう気に入ってたのに、それ、まるっきり否定したらさあ、
 かわいそうじゃん? 中二までのオレ。
 だから、
 たとえたった一人でも、だれかに、オレはいなくなってないってこと知っててほしかったんだ」
「…………うん。
 おまえは薮坂秀だっておれが知ってるよ」

 台詞はLaLaDX96年5月10日号掲載の桑田乃梨子『ほとんど以上絶対未満』第1作より。これは桑田乃梨子久々の快作シリーズで、8月現在第3作まで発表されている。

 高校2年の主人公瑠璃門(るりかど)晧市のクラスに、ある日一人の美少女が転校してくる。瑠璃門に対して妙に積極的に接近してくるその少女、薮坂くまは、実は中学2年の時に姿を消した瑠璃門の親友、薮坂秀の変わり果てた姿だというのだが……。


 桑田乃梨子については去年一度TT誌上でとりあげたことがあったけど(TT57号・連載第34回)、そこでとりあげた最大の成功作のオカルト・コメディ『おそろしくて言えない』についての分析は、桑田乃梨子の一面を紹介したに過ぎないので、今回はページ数にも余裕がある(笑)ことを幸いと、僕が桑田乃梨子を大好きな理由について、もう少し突っ込んでみたいと思う。

「……そうよね。
 あんたなんかもともとあたしの体だけが目的なんだもんね。
 でももうあたしにさわらないで!!」
「おまえだってきもちいいんだからギブアンドテイクってもんだろ。
 いきなり何怒ってんだよ!!」
「…あいつらの言ってるのって、マッサージのことだよな」
「なんかことばだけ聞いてると痴話ゲンカみたい」

 会話は短編「ほぐれゆく私」(『卓球戦隊ぴんぽん5』2巻に収録)より。この短編はまだ高校生なのに重度のこり症に悩む少女、片野智佳と家業を継ぐためにマッサージの修業中の少年、杉山匠のア・ガール・ミーツ・ア・ボーイ・ストーリー(?)。ひょんなことから知り合った二人は、マッサージの練習台〜こりがほぐれてきもちいい(笑)…という利害関係で結びつくが、その関係を続けるうちに智佳の方にはパターン通り(笑)淡い恋心が芽生えてしまう。そんなある日、智佳は美人の上級生と匠の意味深なやりとりを目撃してしまい……(以下、この会話に到る(笑))。

 この作品などは、非常にばかばかしいワン・アイデア・コメディとでもいうべきものであるが、独特のとぼけた味わいがあって、非常に捨てがたい(笑)。実は桑田乃梨子の作品のかなりの部分をこの手の単発のとぼけたコメディが占めている。

 こういう、絵は見た目にはあまり上手くなくて(笑)、ちょっととぼけた味わいのコメディをなりわいとするマンガ家、LaLaではこの桑田乃梨子、花とゆめでは川原泉、遠藤淑子などを称して「ジャンル白泉社」(白泉社系以外の少女マンガ家ではあまり類例がない、「この手」のマンガ家)と呼んだ人がいたが、いわれてみるとなんとなく納得できるものはある。実際、シチュエーションはものすごくばかばかしいにもかかわらず、それでも物語の軸は常に女の子と男の子のロマンスにある、というあたりは川原泉の「食欲魔人シリーズ」などに通じるところがあると思う。

 桑田乃梨子の場合、その「とぼけたコメディ」を構成する要素は……

1 何かしら非日常的な設定
2 アクの強いキャラクター

……ということになる。これはたとえば前にとりあげた『ひみつの犬神くん』『おそろしくて言えない』の例でいえば主人公が狼男とか霊感体質であり(1)、その設定の下、加害者メンタリティの性格の悪いバイキャラクター(2)が被害者メンタリティの主人公をあの手この手でいじめまくる、というスタイルとなっていた訳で、それはこの「ほぐれゆく私」においても重度こり症のヒロイン(笑)とマッサージおたく少年(笑)という設定&キャラクターにそれなりにあてはまっている。

 要するに、このような要素は桑田乃梨子の作品の一般的な特徴であり、その特徴がもっとも極端かつ効果的な形で作品となったのが『おそろしくて言えない』である、といえるかと思う。


 桑田乃梨子の出世作といえるのは、1988年にLaLaDX及びLaLa本誌に相次いで発表された二つの短編「ひみつの犬神くん」「青春は薔薇色だ」(それぞれ、同タイトルのコミックスに収録)である。これらは、それぞれ気弱で優柔不断な狼少年(笑)、制服ウォッチングが趣味の女教師(笑)の日常を描いたコメディだが、桑田乃梨子を構成する要素のすべては実はこの2作から読み取ることができる。そのうち、先にあげたのと同じくらい重要であると思うのは、次にあげる二つの要素である。

3 学園・制服へのこだわり
4 意外にピュアな登場人物の心情

 3に関していえば、桑田乃梨子のマンガはごく一部の例外を除いてはその舞台が学校であり、また、ほとんどの場合その学校の制服は男子〜詰め襟、女子〜セーラー服である、という事実を指摘することができる(笑)。

 そして4であるが、これはたとえば、「ひみつの犬神くん」でいえば主人公の犬神鷹介が同級生のヒロインに寄せる淡い想いであり、「青春は薔薇色だ」でいえば、普段は傍若無人な女教師、森島恵子が高校時代の告白もできなかった片想いを回想したり、玉砕覚悟で教え子の少年に告白したときに見せた意外な純情であったりする。

 それは、その他の要素から醸し出される作品全体の雰囲気とはミスマッチにピュアな感情なのであるが、この4つの要素が混沌としたところに桑田乃梨子独特の味があったのであり、前述の二短編での桑田乃梨子のブレイクもそれ故のこと、といっていいと思う。

 とはいえ、桑田乃梨子の作品がシリーズ化される場合(『おそろしくて言えない』などはその典型といえるが)、全体としては要素1、2の特徴が強調されたものになってしまう傾向がある。前述の出世作は二つともシリーズ化されているのだが、シリーズ後半に行くほどキャラクターのアク(2)が強まり、その他の要素による長所が今一つ生きてこない作品となってしまい、いささか物足りなさを覚えたものである。

「…でも似合うね先生、学生服」
「そう?
 今さら着れてもしょうがないんだけど、一度だけこの格好でおまえと並んでみたかったんだ」

 このやりとりは前述の「ほぐれゆく私」と同じコミックスに収録のタイトルもそのものズバリ「制服の君が好きだよ」より。これなどは1、2の要素がほとんどなく、むしろ3、4の要素の特徴が強く出た作品といえる。

 主人公は童顔で体格も小柄なため生徒から同級生扱いされている高校教師、神谷勉。彼は自分が学生時代に着ることができなかった詰め襟の制服にいささか執着を持っているのだが、ある日、学生服姿の教え子の写真を拾って思わずときめいてしまい(笑)、自分にはホモの気があったのかと真剣に悩む(笑)。ややこしいことに写真の教え子には見た目には区別のつかない双子の姉がいたり、その姉の方が実は自分に想いを寄せてくれていたことがわかったりして、彼の心は激しく葛藤する(笑)。まあ、ラストでは件の写真が実は姉の方が男装した写真(笑)だったということがわかり、葛藤の原因が解決されて無事ハッピー・エンド(笑)、となるのであるが、この作品、制服好きの高校教師と教え子とのロマンス、という点では出世作の「青春は薔薇色だ」の男女逆転ヴァージョンといえなくもない。もっとも、登場人物のアクが弱い分かなり毛色の違う作品に仕上がっているので、読み比べてみるのも一興かと思う(笑)。


 1、2の要素がほとんどなく、3、4の要素の特徴が強く出た作品としては、1993年にLaLa本誌に1年弱にわたって連載された『月刊1年2組』がその筆頭といえる。これは、中学時代からのケンカ友だちの女の子と男の子がさまざまな紆余曲折を経てどうにかこうにかカップルとしてでき上がるまでの過程を、桑田乃梨子らしいコメディの中でじっくりと描き込んだオムニバス形式の長編で、個人的には非常に気に入っている。

 これなどは、桑田乃梨子の作品の中でもほとんど要素4のみが強調された珍しい作品であるが、その心理描写がごく自然でリアルなもの、等身大の中学・高校生の感情の揺れ動きを感じさせるものであることを改めて確認することができる。

 とはいえ、いずれかの要素が突出するのではなしに、すべての要素がバランスした作品にこそ桑田乃梨子の真骨頂があるのは間違いない。ということで、話を冒頭の『ほとんど以上絶対未満』に戻そう。

「瑠璃門とくまちゃんてすごく似合ってる。
 でもね。
 あたし、こんなこと言えた立場じゃないんだけど、正直言うと心のどこかで、いつか瑠璃門が好きだって言ってくれんじゃないかって思ってたの。
 バカみたいだよね。自分なんにもしないで」

 薮坂秀はある日理科室の掃除中にふざけて複数の薬品を頭からかぶってしまい、どういう原理かはわからないが(笑)性転換してしまった(この理科室で薬品を…といういかにも王道な設定がいいよなあ(笑))。事情が事情だけに人目に触れないように転校して、戸籍をごまかし名前も「くま」と変えて女として暮らしていた薮坂は、かつての親友、瑠璃門に会いたい一念で素性を隠して舞い戻ってきた。ということで、このシリーズは身体は美少女、心は男という薮坂くまの設定から派生するシチュエーション・コメディとして進行する。

 メインのキャラクターは平凡でもの静かな主人公の瑠璃門、明るくてお調子者の薮坂、二人の中学からの同級生で男だった頃の薮坂に告白したことのある少女、麻野宵子の3人。他、サブとして、女としての薮坂に猛烈なアタックをかける熊飼など。この中では熊飼が要素2に典型的なアクの強いタイプであるが、メインの3人は常識的なレベルで、作品全体の印象は桑田乃梨子にしてはおとなし目といえる。

 今までのところ、シリーズ第1作では女として戻ってきたかつての親友を前にしての瑠璃門の困惑と友情の復活を、第2作は本人たちは親友のつもりなのに、一方が女であるために社会的にはカップルとして認識されてしまうことによるドタバタを、第3作ではくまの存在によって瑠璃門への想いに気づいた宵子の瑠璃門への告白(引用の台詞)と宵子を受け入れながらくまにも友情以外の何かを感じてしまう瑠璃門の心の動揺を、それぞれ描いている。

 瑠璃門はもともと中学時代から宵子が好きだったのだが、この3人の三角関係が薮坂の性転換によって全く新しい形に再構成される、という点がポイントである。このシリーズの場合、メインとなるアイデア〜性転換(要素1)が、単なるコメディの素材にとどまらず、メインキャラ3人の友情と恋愛(要素4)に直接影響を及ぼす形になっているため、4つの要素が今までの作品にないほどよいバランスで釣り合っている(と思う)。

 シリーズとしてはまだ完結していないが、これはもう、文句なし桑田乃梨子のベストとみなしてもいいのではないかと考えている。


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