お楽しみはこれからだッ!!
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第19回 “もっぺんだけ岩泉舞”
 掲載誌 TORANU TあNUKI 138〜140号
 (通巻第47号)
 編集/発行 渡辺英樹・渡辺睦夫/アンビヴァレンス
 発行日 1992/4/1


 “お楽しみはこれからだッ!!”連載第19回。今回は前回の(TTの)続きです。テーマはそのものズバリ“もっぺんだけ岩泉舞”(笑)。しかし流石にこれだけじゃあんまりなので、絵の方は新作の連作「COM COP」(週刊少年ジャンプ91年第39号掲載)「COM COP2」(同92年第10号掲載)から持ってきました。できたら前号(連載第16回)を読み返してから読んでね。

「行っちゃだめだじいちゃん!! 家でボケてるじーちゃんはどうすんだよ!?」
「お前がここにいると言ってくれたから……、おれは安心して行けるんだよ」
「“使者”…、じいちゃんを連れて行かないで…」
「ユージ君…。おじいさんはもう充分に生きたから、だから行っていいのよ。
 ユージ君、あなたは、
 素敵な大人になってね…」

 前にとりあげた岩泉舞「七つの海」の台詞の後に続くシークエンスである。祖父の肉体から抜け出してきた少年の姿の“童心”と遊ぶユージの前にあらわれた、ファミコンゲーム「七つの海」の冒頭(オープニング)シーンそのままの帆船と“使者”。大人への一歩を踏みだすことを決意したユージは祖父の“童心”との共有幻想から決別する。と、いうのが前回の話。

 これから大人にならなくてはいけないユージにとってこの船は“乗ってはいけない船”であった。しかし大人としての人生をまっとうした祖父の“童心”は船に乗り「七つの海」の冒険へと旅立っていった。祖父の「抜殻」を家に残したまま。祖父にとってはこの“使者”の船は文字通りの“迎えの船”だったのである。


 大人になりたくなかったユージはゲームの中の“使者”に似ている保健の先生が大好きだった。「“使者”に似ている先生」ではなくて、「現実の先生」が好きなんだ、ということに気づいたときが、ユージの大人への第一歩だった。

「ユージ君。素敵な大人になってね」

というのは、自分が結婚して学校を辞めることをユージに告げたときのその先生の台詞である。この台詞を介して、祖父との共有幻想と現実とがオーバーラップする。岩泉舞というマンガ家の構成力はなかなかのものじゃないかと思う。短編マンガのお手本のような作品である。

 また、老人のボケという、老人のいる家庭ならどこででも起こり得る過酷な現実を、このような形でオブラートに包み、一人の少年の通過儀礼の一部として描いてしまうあたり、何ともいえない優しさが感じられて、僕は好きだな(笑)。

「人の目をおそれながら…、正体を隠して生きていくのは楽じゃねえぞ。
 …たとえ火の中から逃れられたとしても…、修羅にいることには…変わりねぇ…。
 お前は…極楽へ行きたかったか…?」
「行くのは…、今でなくてもいい…! 極楽へはきっと…、いつでも行けるよね…?」
「ああ。お前はいいやつだから…」

 やはり前回とりあげた「たとえ火の中…」より。滅ぼされた御家人三浦一族の姫であるというだけの理由で命をねらわれる少女命蓮、と、“鬼”の少年放助。とりあえずは幕府の追っ手から逃れたとはいえ、その未来に明るい材料は何一つない。

 このマンガも、いわゆる少年ジャンプ的な“友情”“努力”“勝利”とは程遠い作品であろう。命蓮の心を勝ち取ったことが放助にとっての“勝利”であるとみてもかまわないが、この現実を前にしては、これを“勝利”と呼ぶことはちょっとはばかられると思う。

 ただ、彼らが一人ではない、ということはこのマンガのラストに救いを与えている。またこの二人の性格のかわいらしさも、過酷な現実を忘れさせる一つの要因となっている。この台詞なんかもその現われだろう。やっぱり岩泉舞という人は優しいんだと思う。

 前回この作品について、高橋留美子のエピゴーネンではあるが、本家(笑)の高橋留美子より根っこにあるものが重いと書いた。岩泉舞の作品はリアルな世界を正攻法で正面から描こうとしている印象がある。高橋留美子はといえば、どんな作品を描いても、作者の視線がどこかで現実から遊離しているような印象がある。少なくとも僕は、高橋留美子のオカルトシリアスものは、何かそぐわないというか違和感が感じられて、あまり高くは評価していない。“人間の業”らしきものを描いても、それが今ひとつリアルな実感として感じられない。高橋留美子にはテンポのよいライト・コメディの方が似合っていると思う。

 毎週月曜日の朝キオスクでジャンプを買って、そのまま網棚に読み捨てる。そういうジャンプ600万部の大部分の読者にとっては、岩泉舞のような、“友情”も“努力”も“勝利”もない、地味でリアルで優しいマンガ(しかも単発の短編)は目にも止まらないかもしれない。まあ、それはそれでかまわないんだけどね(笑)。


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