りんごの花
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津軽・下北半島



平成14年7月29日(月)−31日(水)

今年の夏休みは、「津軽・下北半島」に行って来ました。
今年は猛暑ですが、陸奥の国は5度Cほど低く、空気も乾燥しており, たいへん涼しかったです。

一泊目は浅虫温泉、二泊目は大鰐高原で宿泊。
連夜、本場での津軽三味線のライブ演奏を楽しみました。


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津軽半島

<龍 飛 崎>

ここからは、下北半島や日本海、北海道の山々を一望することができ、
春から秋にかけては、何百というイカ釣船の漁火が見事だそうです。
残念ながら、今回は視界も良くなく見ることができませんでしたが・・。

ここから見える北海道のことを「デッカイドウ」というそうですよ。(^・^)


風力発電所方面
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龍 飛 崎
(津軽半島の突端)
[津軽海峡冬景色]
石川さゆりの歌碑
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階段国道339号
(車が走れない国道)
階段国道339号
(海と島とあじさい)
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< 金 木 >

明治40年落成の、太宰治の生家です。
生家、津島家は地元の資産家で建坪約400坪の豪邸です。
久しぶりに、戦後文学の香りに浸りました。


斜 陽 館
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< 津軽三味線 >

浅虫温泉と大鰐高原でライブ演奏を楽しみました。
すごく良かった!


浅虫温泉
大鰐高原
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≪津軽じょんがら節≫Push1h.gif





下北半島

見事な"あじさい"がいっぱいの半島です。

< 恐 山 >

日本三大霊山(恐山、高野山、比叡山)の一つです。
立ち込める硫黄の臭いと荒涼とした風景はまさに異空間で、
地獄を垣間見たような気がします。

運良く、「イタコの口寄せ」(降霊)をやっている場を見ることができました。
また、「ボケ封じの念珠」が売られており、飛びついて買ってしまいました!

恐  山(山 門)
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恐山 (地獄めぐり)
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恐山 (宇曽利湖)
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< 大 間 崎 >

本州最北端の岬です。
前方には幅600Mのクキド瀬戸をはさんで弁天島が浮かび、
島の中央に美しいストライブ姿の大間崎灯台が立っています。
マグロの一本釣りで有名な漁港でもあります。

本州最北端の碑
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マグロ・モニュメント
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< 仏 ケ 浦 >

風雪厳しい津軽海峡の荒波が削り上げた2キロにも及ぶ奇岩の連なりは、
極楽浄土の様で、大自然の造形として、圧巻です。
トルコのカッパドキアが想い出されます。


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ねぶたの里

毎年のねぶた祭りの優秀作品が展示されています。
体験ショーもあります。今年も8月3日から始まります。
2年前の夏が懐かしいです。


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< 八甲田連峰 >

「私の名作映画特選50」にもリストアップしておりますが、
何と言っても、新田次郎の「八甲田山死の彷徨」が想いだされて、落涙します。
210人のうち199名が凍死し、生存者は11人という大惨事でした。
遭難現場は山の麓であり、「こんなところで?!」と信じられません。


雪中行軍遭難の碑
(後藤伍長の銅像)
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八甲田・大岳(1584M)
(地獄沼より)
八甲田連峰
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雪中行軍遭難の地 酸ケ湯温泉
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   ****・・・・弘前隊が全員生還したのに対して、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
青森隊はほぼ全滅という結果の鮮烈な対比。
****


ちょうど100年前の日露戦争の直前の明治35年(1902年)1月、
 弘前第8師団司令部は、厳寒冷地の研究と訓練のために、雪中行軍を行うことを決定。
 青森の歩兵第5連隊と弘前の歩兵第31連隊に対し、
 八甲田山の雪中行軍を指示。

 1月20日、福島大尉の指揮する、弘前第31連隊の1個小隊38名が出発。
 十和田湖を迂回して八甲田山に向かうという、10日間、240キロに及ぶ大行程。
 全員無事に全行程踏破に成功。

 一方、1月23日、神成大尉率いる青森第5連隊の1個中隊210名が出発。
 ちょうど、第31連隊の福島隊とは逆のコースで八甲田山踏破を試みる。
 3日間、50キロの行程(福島隊の数分の一の行程)。
    第1日目に早くも猛吹雪に阻まれ、方向を見失い、
    不運にも、史上稀に見る大寒波に遭遇し(*)、
 寒さと雪に苦しみながら、3日間、八甲田山中をさまよい続け、
    ついに指揮官神成大尉以下199名が凍死した。
 世界にも類を見ない山岳大遭難事件として、歴史に残る。

    (*)現在でも、日本の史上最低観測気温は、この時の明治35年1月25日(旭川)のマイナス41度Cです。


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ATOM.1.GIFBGM:津軽海峡冬景色(石川さゆり)