人間とは何か


 人間は窮極的にはエゴイストだ―と私は言ったが、「そんなことはない」という人もあるかもしれない。そういう人は夏目漱石の『こころ』を読んでもらいたい。できれば『行人』も。

 誰でもあなたはエゴイストだ―などと言われていい気持のする人はいない。だがこれは真実なのである。真実というのを美しいものであるかのように誤解している人がいるが、そうではない。真実というのはおおむね恐ろしくいやなものだ。いやなものだから抹殺してしまいたいと思う。それで真実が見えなくなってしまう。だが真実は直視されなければならない。それを基礎としなくては何の発展もありえないのだから。

 私は「人間は窮極的にはエゴイストだ」と言ったが、人間の全部がエゴであると言ったわけではない。人間を人間たらしめているのは、いや生命を生命たらしめているのはエゴ以外の何者でもない。だがそれと同時に生物には種族保存本能がある。

 自分が幸福になりたいというのが自己保存本能の表れだとすれは人類すべてが幸福になって欲しいというのが種族保存本能の表れである。そしてこの両者が適当にバランスして人間は成りたっている。


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