夜桜


アンデルセンの「絵のない絵本」に倣って作ってみました。


 もう、あれから三年になるけど、あの子はどうしているかしらん。

 とある幼稚園に、たくさんのつぼみを付けた大きな桜の木がありました。一斉に花を開いたらさぞかしきれいだろうと、それが楽しみで毎朝その桜を見ていました。

 待ちに待ったその日がやってきました。朝日に輝いた花びらが浮き立つようで、それはそれはきれいでした。花に見とれていると、子供たちがおそろいの制服を着て、ぞろぞろやってきました。門の所には、とてもきれいな女の先生が立っていて、マリア様のような笑顔を浮かべてあいさつします。

「おはようございます。」

 子供たちもかわいい声で返事をします。

「おはようございます。」

 そうしておじぎをしては、門の中へと消えてゆきます。ほほえましい朝の風景でした。

 ところが一人、門の向かいの塀のかげで、その光景を見ている男の子がいました。その子は制服も着ていなくて、よごれたズボンのポケットに手をつっこんでいました。次の日も次の日も男の子はやはりやってきました。陽が高くなる頃には、私は消えなくてはなりません。ですからその後、その子が何をしているのか、私にはわかりませんでした。

 桜の花も、もうすぐ終わるという頃、ふと夜桜もきれいだろうと思って、来てみました。すると幼稚園の庭に動くものがあります。よく見ると、それはあの子でした。誰もいない庭で月明かりの中を、一人でおゆうぎをしているのです。

 私は思わず声をかけてしまいました。

「ねえ、君。」

 すると男の子はびっくりして、あわてて逃げ出そうとしました。

「逃げなくてもいいんだよ。ほら、僕は君の上にいるお月さまさ。」

 というと、まだおどろいた顔をして、私を見つめています。

「どうしたの?」

 男の子は、はずかしそうに下を向いて、つっ立っています。

「おゆうぎしてたね。」

「うん。」

「君は幼稚園に入らなかったの?」

「うん。ぼくんち、お金ないんだ。」

 ぽつりとそう言いました。見ると、目には涙を浮かべています。

 私はどうなぐさめていいものか迷ってしまいましたが、考えもまとまらないうちにこう言っていました。

「いいんだよ。夜はこの庭は君のものさ。僕がいつも見ててあげるよ。さあ、いっしょにおゆうぎしよう。」

 少年はにっこり笑って私を見上げました。


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