グレードアップの試み



就職してから自分で自由になる金ができると、ステレオ装置もグレードアップしてみようという気になった。幸い近くの某オーディオ店の店員さんと仲良くなり、いくつか試聴用のアンプを借りたりすることができたのは幸運だった。


スピーカー
●ロジャース PM-110
 これは実際に手に入れたものではないが、実に印象深いものなのでここに記しておこうと思う。偶然某デパートのオーディオコーナーにめっぽうマニアックな店員がいた。その人の薦めてくれたのがこのスピーカーだった。リンのプレーヤーにイスラエル製のアンプ、そしてロジャースのPM-110というのがその構成だった。

 イギリスBBC放送がモニタースピーカーとして採用していたのがPM-510というロジャースのスピーカーだ。ポリプロピレンのコーンを使っているものとしては草分け的な存在だと思う。このスピーカー(PM-110)はその技術を民生用に生かしたものだった。

 実に細身で小振りなのに豊かな低音を吐き出してくるのに驚いた。ピアノがまるでそこにあるかの如く響くのに感動してしまった。それはほんとにウソみたいだった。自分の耳をうたぐりたくなるような体験だった。

 しかし、その場所でいくらいい音を響かせていても、自宅に入れたときには必ずしも同じように鳴ってくれるとは限らないものだーということを経験的に知っていた私は、ついつい購入をためらってしまったのだった。これは今でも後悔している。自分の耳を信じて迷わずあの時買ってしまうべきだったのだ。その後、しばらくして買ってみようかという気になったときにはもう製造中止になってしまい、入手できなくなってしまったのである。


●ダイヤトーン 2S-305
 P-610Aの音に特に不満はなかったが、低音だけはもっと大きなスピーカーで出してやりたかった。今なら迷わずスーパーウーハーを加えただろう。だが当時、P-610Aがこれだけいい音を響かせてくれるのだから、NHKがモニタースピーカーに採用している同じダイヤトーンの2S-305ならさぞや素晴らしい音を聴かせてくれるに違いないという思い込みが私にはあった。それは憧れといっても良い。いつか手に入れてみたいという思いを断ち切ることができなかったのだ。そしてついに、この思いを実行に移すときがやってきた。就職して2年目の昭和57年5月、清水の舞台から飛び降りたつもりで1本35万円のスピーカーを手に入れたのである。1本1本手作りで、モニタースピーカーという性格上、きちんとした実測の周波数特性がついてくるのには感心したものだ。

 ところが、最初これを鳴らしたときは、崖から突き落とされたような気分になってしまった。ひどい音なのである。ボーカルは風邪をひいたような声だし、チェロもチェロらしく響いてくれない。実際、これには焦った。「こんな筈はない、35万円もするスピーカーなのに、あのダイヤトーンがこんな音の筈がない」と自分で自分に言い聞かせてみても、現実に聴こえる音は二度と聴きたいと思うような音ではなかった。しかし、しばらくしてその原因が判明した。床にじかに置いたのがいけなかったのである。でかいし、フロアー型のスピーカーだし、下の方もそのようなデザインになっているから床に置くのが当然と思っていたのが間違いだったのだ。そういえば放送局なんかの写真でもパイプ製の専用スタンドに載っているではないか。良く見れば取扱説明書にも設置条件として「音波が自由に通過できる構造の台脚や台車が必要です。」とはっきり書いてあった。さっそく台形のコンクリートブロックを8つ買ってきて、それをスピーカーの四隅に置き、自転車のチューブを切ってダンパーとし、2S-305を載せてみた。こうしてようやく2S-305は2S-305本来の力を発揮するようになったのである。ダイヤトーン独特の瑞々しい音が豊かな低音と共に鳴り響いてくれてホッと胸をなで下ろしたのであった。

 とくにフルニエの無伴奏チェロ組曲は素晴らしかった。スピーカーそのものが楽器なのではないかと思うくらい美しいチェロを聴かせてくれた。また音太鼓座の太鼓も腹にずしんと来る低音の魅力を堪能させてくれた。富田勲や喜太郎のシンセサイザーの曲も低音がしっかり出て初めてその良さが実感できると思う。現在のようにCDが普及して手軽に良い音が聴けるようになった時代でも、本当のよい音(低音がしっかり出るステレオ)を知っている人は少ないのではないだろうか? 単にボンボン響く音が低音だと思っている人が多いと思う。でもそれは本当の歪みのない低音ではないのだ。歪みのない低音は透明で、からだ全体を揺さぶるような、風のような雰囲気を伝えてくれるものなのである。これは確かに見過ごされている幸福の一つだと思う。

 それでも、忌憚のない意見を言わせてもらえば、高音域はやはりP-610Aのほうが美しい音を響かせてくれると思う。2S-305のトゥイーターはちょっと硬すぎてかすれたような音を出すきらいがある。瑞々しい音という点ではやはりP-610Aのほうに軍配が上がると思う。


ヘッドホン
●パイオニア Master-1G
 昭和56年4月に購入。これは今でも最高のヘッドホンだと思っている。もう10年以上前のことになるが、試聴して、これだっ!と思ったのがMaster-1Gだった。当時、定価で2万円位だったと思う。もうボロボロになってしまって捨ててしまったが、実にクリアーでつやのある音と豊かな低音を聴かせてくれた。今でも作っていれば10万円出しても買うだろう。


アナログレコードのカートリッジ
●デンオン DL-103 & 昇圧トランス AU-320
 これも放送局などで使われている定評のあるカートリッジだ。カートリッジをDL-103にしたのは昭和56年4月のことだったが、そのときの感動は忘れられない。それまで気になっていたパチパチというスクラッチノイズがうそのように消えてしまったのだ。「FM放送などでレコードをかけてもスクラッチノイズなどまったく聞こえてこないのに、なぜうちのプレーヤーでは聞こえるのだろう?」とそれまでは疑問に思っていたが、これはカートリッジの所為だったのである。音は完璧だ。低音の充実感もなかなかのものだ。今でもアナログプレーヤーを使うとしたら、迷わずこれを使うだろう。


●オルトフォン SPU-GTE
 昭和57年7月に45,800円で購入した。私が知っている限りでは、これがやはり最高ではないかと思う。
 原点が既に頂点を究めているという例はたくさんあるが、これもその一つだろう。完璧だ。しっかりした音を出してくれる。特にフルニエの無伴奏チェロ組曲ではまさにそこにフルニエがいて、松ヤニが飛び散っているような臨場感を体験させてくれた。
 ただ値段が値段なのと、針圧が3〜3.5g必要なのでレコードがすり減るのではないかという心配があって、ここぞというときしか使わなかった。


●サテン M-21
 昭和58年1月に33,500円で購入。非常にすっきりした透明感のある音を聴かせてくれる。ただ線が細いというか、パワフルな曲には合わない感じだ。チェンバロなんかを聴くにはぴったりのカートリッジだ。


アナログレコードプレーヤー
●パイオニア PL-70L
 カタログのS/N比が一番よいものを選んで買ったのがこのプレーヤーだったが、これは失敗だった。確か17万円もしたのに・・・。スピンドルに欠陥があるのではないだろうか。しばらく使っているうちにすごいゴロが出るようになってしまった。特に起動時にひどかった。しばらくすると、モーターのトルクも買ったときに比べて極端に小さくなってしまった。コンデンサがパンクしたらしい。修理に出したが、どうもあまりすっきりしなかった。やはりデンオンのモーターとSMEのアームにすべきだったと後悔した。

プリアンプ
●ヤマハ C-2a
 これは借りて試聴させてもらったアンプだが、方形波のオシロスコープ写真がカタログに載っているだけあってヤマハの自信作なのだろう。実にクリアな、正確な音を聴かせてくれた。S/N比が素晴らしく良かったことが印象に残っている。ただ、トーンコントロールの変化の幅があまりなくて、買うのをためらってしまったが、今なら買っても良いと思っている。


●QUAD 44
 これも借りて試聴させてもらったアンプだが、音の質という点ではPZ-12Bに非常に近い感じがした。だが、それだけで、たいして変わりばえしないものに何十万円も出す気にはなれなかった。ただ、デザインはなかなか魅力的だったが・・・


●ラックスキットの管球式プリアンプ
 機種名を忘れてしまったが、ラックスキットというブランドで久々に管球式プリアンプのキットが出たので早速買って作ってみたものの、満足いく音ではなかったので、すぐに売ってしまった。


●ラックスキットのトランジスタ式プリアンプ
 機種名を忘れてしまったが、ラックスキットから出されたトランジスタ式プリアンプのキット。やはり作ってはみたものの、満足いく音ではなかったので、すぐに売ってしまった。


プリメインアンプ
●ラックス L550X
 ラックスならきっと期待に応えてくれると思って225,000円も出して買ってみたものの、どうにも満足できなくて結局すぐ売ってしまった。


CDプレーヤー
●NEC CD-803
 CDが世に出て最初に発売されたCDプレーヤーのうち、もっとも評価の高かったのがこれである。昭和58年当時、21万5千円もしたのに注文が殺到して、予約してもなかなか手に入らなかった。しかし、たしかに音は良かった。すばらしくつやのある完璧な音を出してくれた。ただ、レーザーを出す発光ダイオードの寿命が短く、数年で使えなくなってしまったのではないかしらん。もう15年以上経つけど、今でも修理に出せば直してくれるのかしら? 直るものならもう一度聴いてみたい気もする。


●ソニー CDP-222ES
 これは安いだけあって音もイマイチだった。それだけ。


FMチューナー
●トリオ KT-8100
 とりあえず合格点をあげられるチューナーだった。特に不満はなかったが、あまりFMを聴くことはなかったので、それほど思い入れがあるわけではない。


オープンリールデッキ
●アイワ GX-4440D
 オープンリールの扱いにくさからか、これもそれほど使わなかった。レバーを回すとガチャッという機械音がする無骨な機械であった。


カセットデッキ
●ティアック f-500MK
 ロジックコントロールの軽快な操作感は気に入っていたが、音はイマイチだった。やはり、テープはセンダストヘッドでないとダメだね。


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