眠りの精

作  遠賀香月(おんがかつき)


 陽が傾くと、山の谷間は、日のくれるのが早く、次第々々と、暗くなっていきます。やがて空には、無数の星が輝き始める頃、そろそろ『眠りの精』が、暗い森の中から、目を覚まし、起き始めてくるのです。
『眠りの精』は、脚が杉の木のように、真っ直ぐに長くて、体は丸く頭も丸く、丁度雪ダルマに、杉の脚をつけたよう様で、背は高くて真っ黒です。長い脚で歩くと、とっても速く歩けるのです。それに人の心の中を見ることが出来るなど、魔法の力を持っているのです。そして世の中の子供達を、正しく良く守って居るのでした。
 谷間から降りてきて、最初にふもとの家を、窓からのぞくと、まだ寝る時間が早くて、子供たちは家族と一緒に、テレビを一生懸命みています。
『眠りの精』は。
「ここは、まだ起きているな、寝る時刻も早いし、まあ、いいだろう」
「さあ、次の家に行こうか」と、いって。
 谷川をどんどん下って、次の家の子供部屋の、窓の中をのぞくと、宿題であろうか、鉛筆を持って、なにやら、勉強をしています。
『眠りの精』は。
「感心な奴だ、頑張れよ」と、立ち去っていきました。
 夜は、だんだんと更けていき、もう町まできました。当たりの家の窓の明りも、一つづつ、消えていっている。
『眠りの精』は。
「ここは、明りがついているが、子供はどうかなあ?」
 窓からそっと、のぞいてみると。
「女の子のおうちだなあ、ピアノの練習をしている様だが、曲の最後の方になると、間違って、なんべんもやり直している」よく頑張っているが、そろそろ寝る時間だ、また明日に、練習をさせるようにしようと、『眠りの精』は、女の子の頭を、ぼんやりさせました。 女の子はがくふが、見えなくなって、眠くなりベットに、横になったと思ったら、寝てしまった。
 町もすっかり暗くなった、段々時が過ぎた。もう、明りのついている家は、数えるほどになってきました。
『眠りの精』は、ここも、子供がいるはずだ。明りのついた、子供の部屋の窓を、のぞいてみると、男の子がファミコンに、夢中になって、まだ起きている。
「これはいけない、何時までやるつもりだろう、よし、画面をばらばらにしてやろう」
 画面が何がなんだか、判らなくなった。男の子は、くやしくなって、とうとうあきらめてしまいました。
「これでよし、眠るであろう」といって、
『眠りの精』は、次の明りのついた家に行くと、昼間遊び過ぎたのであろう、おかあさんに叱られながら、勉強している。子供も反省しているようなので、『眠りの精』は、可愛そうになって。
「問題を簡単にしてやろう」と、いって。全部出来るようにしてやりました。
『眠りの精』も、優しいところがありました。しばらく行くと、子供部屋だけ明りが見え。また、そっと中を見ると、よほど面白いのか、布団の中に入っているが、一生懸命マンガの本を読んでいる、明日は朝寝坊して、学校に遅れるに違いないと思って。
『眠りの精』は。
「どうにかして、寝かさなければならない」 いい方法はないかと考えた。
「そうだ、マンガを面白く無いようにすればよい」簡単なことだ。ページをむちゃくちゃにしてやった。
 マンガが好き少年は、頭がこんらがって、ちっとも面白くなくなって、寝てしまった。『眠りの精』は、これでよいのだと、安心して、次の明りを、目当てに歩いて行った。
 町は人通りも無く、窓の明りもほんの、数えるくらいであった。
 その中に、明りがついて、もう時刻が遅いのに、何もしないでじっと、考えている男の子がいた。
 いかにも、悲しそうであるが、けんとうもつかない、家族は皆寝ているのに、いったいどうしたのだろう?
『眠りの精』は、その理由が判らなかった。そこで、『眠りの精』は、男の子の頭の中を、みることにした。
「あぁ、そうか、可愛がっていた、犬が死んで悲しさの余り、眠れずにいたのだった」
『眠りの精』も、可愛そうにと。
「犬が天国に行って、楽しく遊んでいる、姿を頭の中に、みせてやろう」とみせた。子供は、さっきより、ようやく安心したのか、顔にほほえみを浮かべて、すう、すうと、安らかに、眠っていった。
 もう、ほとんどの家は、眠ったのに、ただひとつ、電灯の明りが、ついている家がありました。
『眠りの精』は、どうしたことかと、そっと、窓から中を、のぞき込むと、幼い子供が、風邪をひいたのか、頭がいたいと、悲しく泣いていた。側につきそって、母親が氷で頭を冷やしている。
『眠りの精』は。
「何とか元気に、させてやらなければ」と、頭の中に入って、熱の元を断ち切った。
 見る見る内に、顔が笑顔に変わっていった。母親は安心して、にっこり笑った。子供は、それから、すやすやと、安らかな顔をして、眠っていきました。
 『眠りの精』は。
「さあ、これでこの町も、楽しい朝を迎えるだろう」といって。
 今夜の仕事は終わり、元の山の森に、かえって行きました。


作者紹介。 この物語の著作権は遠賀香月が所有します。
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