受賞のことば         

 

受賞に際しまして、ひとこと御礼申し上げます。このたびは、栄えある第二回全国大学国語国文学会賞を賜りました。中西進会長、選考委員会・宮崎荘平委員長ならびに永井和子先生をはじめとする選考委員会の諸先生方、学会賞制定に尽力された長谷川政春先生、本会事務局和洋女子大学、会場校・二松学舎大学の関係各位に厚く御礼申し上げます。

受賞となった著作は、わたくしにとりまして二冊目の論文集に当たり、三十代の源氏研究の軌跡をおよそ四部構成としたものであり、本年二月、名古屋大学から博士号を受領致しました。第一部は、山田孝雄博士の古典的名著『源氏物語の音楽』において、ほぼ定説化されて来た、わが国、琴楽史における『源氏物語』の琴楽描写に関して、山田説を批判的に継承、発展させつつ、日本琴学史という近接学際領域の成果を援用し、その位相を明らかにしたものであります。第二部は、現在、戦国時代とも言える『源氏物語』の諸本研究に関して、藤原定家の証本・青表紙本のその原本に、父藤原俊成所持本の流れを汲む伝阿仏尼等筆本本文を想定し、わたくしに言う〈文献史学〉構築の一階梯を模索した書誌的論考を編んだものであります。これに、書肆の求めに応じて書き綴ってひとつの系をなした光源氏論を第三部、さらに第四部におきましては、日本史最大の謎とされていた紫式部の本名につきまして、角田文衛博士が提唱された藤原香子説を、恩師・萩谷朴学説における補強を援用しつつ、さらに紀貫之の嫡男・時文と藤原香子婚姻の史実の発見とその検証によって、紫式部の本名・藤原香子説を再評価する試論を添えてございます。かくして、本書の書名『光源氏物語 學藝史 右書左琴の思想』の全貌がお分かりいただけようかと思うわけでございます。ここで、本書刊行に尽力賜った翰林書房の今井御夫妻にも厚く御礼申し上げます。

 

また本賞受賞の地が、二松学舎大学であることも、わたくしには個人的な感慨ひとしおであり、このことにつきまして一言触れさせていただきます。と申しますのも、この二松学舎大学は、恩師・萩谷朴が、東京帝国大学大学院修了後、昭和十七年から三度の応召をはさんで、昭和四十三年まで二十有余年在職した、わたくしにとっての文学の聖地であるからに他なりません。それゆえ、わたくしの学生時代、萩谷門下、もしくは二松学舎ゆかりの先生方の講莚に連なること十指に余り、その學恩は計り知れないわけでございます。そればかりか、平成三年五月二十六日には、わたくしにとりまして初の学会発表もこの二松学舎でしたし、この日、萩谷朴は、当時の雨海博洋学長、塚原鉄雄大学院教授のご高配によりまして、『紫式部日記』に関するトリの発表を務め、この日を限りとして学会活動からの引退を表明したわけでございました。いささか饒舌すぎた恩師の報告を懐かしく思い起こすと共に、偉大なる學統の蛇尾に連なることを体感した往事の感慨を思うとき、わたくしの胸に去来するのは、この全国大学国語国文学会賞の栄誉に恥じぬ研究成果を残さなければならないという責任感でございます。

 奇しくも、本会創設時に会務に尽力された、東京学芸大学名誉教授・橋本芳一郎先生蔵の「文学・語学」百三十冊がご遺族のご厚意に寄りましてわたくしの架蔵となった機縁をご報告申し上げると共に、いささか時間の猶予を頂戴しつつ、この数年全力を傾注いたしました『人物で読む源氏物語』において着手した、『源氏物語』の註釈作業を、抄出ではなく、これを全巻に渉って施すことをここにお誓い申し上げ、学会のさらなる発展にいささかなりとも寄与したいと考えております。

 かくして、わたくしに中古文学研究の方法論を伝授し、学問的情熱を灯し続ける原点であるところの恩師・萩谷朴と、わたくしの両親とに、昨年の創設四十周年記念中古文学会賞についで、二度目の受賞の報告が出来ることを、人生最上の慶びとして、今日の日を胸に刻みつつ、また明日からの精進を誓うものでございます。本日はほんとうにありがとうございました。

 2007年06月03日                                               上原 作和