コラム目次へ

少年サッカー指導コラム
昨年のさわやか杯東京都中央大会を振り返って その2

 さて、今回のコラムでは、昨年のさわやか杯でキーポイントとなった、読売日本F.C.との試合をメインに振り返り、いろいろ話して行きましょう。
 私は学生時代と違って、最近の永山の子供達とは試合の時にしか顔を会わせることがありません。ですから、日ごろの練習、そして遊びをかねた自主練習で、子供達がどのように頑張っているか、成長しているかなかなか把握できていませんでした。それは6年生に対しても同様で、さわやか杯の予選・準決勝の読売戦は、ある意味自分の中では、技術的なチーム同士のなかなか見応えのある試合にはなるものの、彼らに経験を積ませる試合だろうという勝手な判断を下していました。

 ただ、事前の話で、6年生の兄弟にあたる永山F.C.のOBが、6年生の自主練習でいい兄貴分として非常に緻密に指導をしているとの話を聞いており、「ひょっとして」というような思いもありました。
 ウォーミングアップの時点で、「何か違うな」という雰囲気があったのは確かです。それが、確信できたのは、試合前の指示のときでした。私は、とにかくきちっとボールの競り合いに負けないで、ドリブル・パスの組み合わせのいいサッカーを目指そうと話したことは覚えています。でも、みんなは、私の話はそれなりに聞いているものの、それさえも拒絶するくらいの雰囲気があり、気合いが乗っていたのです・・・。

 開始の頃にはOBも応援に駆けつけており、試合が始まってからも、私以上に大きな声で指示を出していました。子どもの気合い・雰囲気、父兄の声援、それら全てが、私と、読売の選手、果ては読売の監督・コーチさえも圧倒していた感がありました。
 試合は・・・圧倒的にボールを支配する読売に対して、早めのチェックと、ボールを奪ってからの速攻という、リアクション・サッカーで対抗し、得点のないまま緊迫した状態が続きました。前半が終るころには、私はむしろ子ども達に乗せられてしまっていたような気がします。それもあって、交代選手は全員出そうと言う思惑にも、大きな迷いが生じていました。結局、メンバー全員を試合には出せずに、延長戦、そしてPKにまでもつれ込みました。
 結果は・・・GKのファインセーブで永山の勝利でした。非常にうれしい反面、とても複雑な何だか寂しさの残る心境でした。なんだか、大切な友情をなくしたような、あるいは(子どもがいるわけではないですが)もしかしたら嫁を送り出す男親や子離れした親の気持ちのような、そんなことに似たような気持ちなのでは、と思ったような気がします。


 実はこの試合中に気になる出来事がありました。試合に出場できなかった交代メンバーが泣いてしまったこと、そして読売監督・コーチの試合での指示や試合後の協会や審判団への話、大きく分けてその二つがありました。

 一つ目の出来事は、私としても非常につらく、心が痛む采配となりました。ちょうど日本代表の加茂監督の選手交代の采配が、何かと話題だった時期でもあったことも大きく影響していたと思います。ただ、出場できなかった彼にも、ぜひ同じ雰囲気を共有してほしかったというのが、率直な気持ちでした。また、この悔しさをバネにして頑張ってほしいと思ったのでした。

 さて、もう一つの出来事は、ハーフタイムの事でした。私は、こういう緊迫した状況でなかなか技術的話もしづらく、かと言って気合いを入れるために叱咤ばかりしてもしかたがないと思い、気づいた点のみを簡単に話したつもりでした。そんな中で、ちらっと相手に目をやると指導陣があれこれ難しいことを話しているような雰囲気が感じられました。
 あくまでも結果論なので、「もし」とか「たら・れば」と言うのは変なのですが、あのハーフタイムで、読売の指導陣が気持ち優先に子どもたちに話しかけていたら、試合展開は変わっていたかも知れません。というのも、この敗戦後も読売の選手はミーティングに非常に時間をさいていました。しかしながら、結局は次の3位決定戦でも敗れる結果に終ったのです。恐らく、読売の子どもたちは、勝つことと、より高度な技術的課題を課せられて、精神的にオーバーフローになってしまっていたのではないでしょうか。
 そうした精神的オーバーフローを避けるためには、子どものために一言、安心させる言葉、自信をもたせる言葉をかけてあげれば良かったのではないかと思われました。

 試合後、読売の監督は審判団や協会の方と「勝つためのサッカーしかしていないようなチームが、中央大会に上がっていくのは残念なことだ」と言うような内容の話をしていた事を覚えています。確かに、読売の少年たちに比べれば技術的にも見劣りますし、スピード任せの部分もあるのかもしれません。また、あの試合に限って言えば、守備的な試合をしていたことも事実です。ただ、一つ言えるのは、この試合の勝利の要因は、私が叱咤して子どもたちを動かしたわけでもなく、意図的な作戦をしていたわけでもなく、子どもたちのモチベーション・やる気が8割、後の2割がOBの協力であったということなのです。逆に言えば、私は監督として何もしてあげられなかったということ になりますが、子どもたちの意思、やる気が反映される試合であれば、自然と内容も良くなりますし、見応えのある試合になるものです。そういう試合は、年に何回かあるものです。私はそういうときは、余計なフォローはしないようにしているつもりです。


 さて、この試合や、その後の東京都中央大会を振り返って思うのは、この勝利がきっかけとなって子どもたちが非常に自信をもってプレーするようになったということです。私は、コーチを始めてからここ2、3年、「勝利至上主義」に対しては否定的な見方をするとともに、むしろ最近はそれ以上に過敏になっているところがありました。だから、自然と、読売戦は結果を求めず、内容重視の指示をしようと思っていたのです。ただ、彼らは、今まで決して結果に恵まれているとは言えず、常に自信をもったプレーが出来ずにいました。いくらコーチがミスを恐れなくてもいいと言っても、萎縮する要因はチームの内外にいくらでもあるものです。そうした状況下では、結果を出すことそのものが、自信を付けさせることにつながることもありうるのだと言うことが実感できました。

 これら自信のあるプレーを引き出した大きな裏付けとしてもう一つ注目しなくてはならないのが、自主練習でのOBの役割です。彼はいい兄貴分として、また、今のジュニアのサッカーやチームの現状を踏まえ、子どもたちによく声をかけて面倒を見てくれたのです。コーチも子どもたちも意外と気づかなかった事、たとえば、個人技があるのに楽なところやフリーのドリブルでも意外と下を向いたプレーが多い事、インサイドキックのパスに力がなく、足先で蹴るために弱いパスになるか、またはインフロントに引っかかったボールになり、弾ませてしまう事、こうしたところに着目し、修正を行ってくれたのです。

 事実、彼らは中央大会にて非常に自信をもってプレーしていました。永山に比べても技術のある相手はけっこういましたが、見劣りのしない、いい内容の試合をしていたと思います。やや縦に早いサッカーではありましたが、ただ縦に蹴り出すだけでなく、試合中での1対1の個人技、ダイレクトのパスワーク、ディフェンスラインからのつなぎによるビルド・アップなど、要所要所で見応えのあるプレーをしていました。
 結果、地区の選抜やスポーツクラブの選抜、有名クラブチームのある中、多摩市の単独チームとして、東京都で4位という結果をおさめることが出来たと言うのは、内田監督にしても、私にしても、非常に満足できました。
 常に私たち指導者は、試合に「勝つ」事と、子どもたちをいいサッカー選手として「育てる」事とのジレンマに陥るものです。今回のさわやか杯の予選での読売戦、そして中央大会はそういう意味でいい勉強になり、かつ貴重な体験をすることが出来ました。


 終わりに、子どもたちに感動を与えてもらうとともに、OBによる技術的サポート、ご父兄の皆さんのご協力は非常に大きな力となりました。感謝してもしきれない部分が多いと私は思います。ここで改めてお礼をいたします。ありがとうございました。

 さて、次回のコラムは、卒業記念と言うことで、最後の6年生へのメッセージとしたいと思います。

コラム3月16日 「昨年のさわやか杯東京都中央大会を振り返って その2」

CopyRight M.Kobayashi 1998-2007