02.11.24(Sun)

●の、のどが・・・
風邪をひいて約10日。
僕にしては珍しくのどにきた。いや、きっかけはいつも扁桃腺がはれることなんだがそこから発熱/悪寒のいつものコースじゃなくて(こんな症状が出るのはインフルエンザなんだけど)のどががらがらになって声が非常に出しにくくなった。それから鼻水もとまらない。咳もとまらない。
おかげでここ2週間の土日は完全休養。餌を買い出しに行くのがせいぜい。

それにしても「今年の風邪はしつこい」ということはあっても「今年の風邪はあっさりしてる」なんていわないけど、なんでかな。

●ポール・リカール
本日の某国営放送の特集番組。トヨタのF1参戦1年目について。
いろいろとモザイクがかかっているところもあったがよくもあそこまで撮影を許したと思う。たとえ放送がシーズン終了後だったとしても。
まあ1年目にしてはあんな成績だと思うんだが、トヨタ本社の首脳陣やTMGの日本人エンジニアは満足していない様子。

そりゃあんた達F1を甘く見過ぎてるわ。

参戦して1年目でFerrariレベルとは言わないまでも、中堅レベルにいけるなんて思ってたのか?何よりもF1は階級社会なんだから、日本関係のチームがいきなり上位に行くなんて難しいと思うけどなあ。

そんなことよりも、久々に観たポールリカールサーキット。今はトヨタのテストコース専門になってしまったけど、F1とかWGPとか開催できるようになってほしいなあ。とくにミッキーマウスサーキットだらけのF1にはぜひとも入れたい。南欧の陽光きらめく中、陽炎が立つミストラルストレートを駆け抜けるF1マシンは絶対絵になると思うし、ドライバーや観客にも絶対好評だと思うけどなあ。

02.11.15(Fri)

●やっぱりジョニーは熱い
「ジョニー」っていうと僕の中で第一に浮かんでくるのはもとF1ドライバーのジョニー=ハーバートだが、今日はもう少し一般的な「ジョニー」について。
某国営放送の番組で千葉ロッテマリーンズの黒木知宏投手のリハビリの取り組みを放送していた。
黒木投手は肩(というか肩甲骨と腕の間の腱)を痛めてから1年3ヶ月実戦から遠ざかっている。今年の最終戦に間に合わせるべくリハビリを続けていたが別の原因による肩の痛みが発症し結局今年も実戦には出ず。来年がいよいよ勝負の年になるだろう。
そういう決していい状況ではない時のインタビューだったが話し口調は全然変わらず、そして何より「心の熱さ」も変わっていないようだった。やはり黒木投手には「熱さ」が似合うし、この「熱さ」がなくなれば引退の時だと僕は思っている。徒然の別のところでも書いたが、たとえチームが優勝が絶望的な状態になっても「俺はあきらめない。ファンの方が応援してくれているから」といって涙を流すくらい熱い黒木知宏投手=ジョニーが好きだ。
球団ではもちろんタイガースファンなんだけど。

02.11.11(Mon)

●眠れることがうれしい
先の土曜日。久々の14時間睡眠コース。
先頃疲れ切っているのにうとうととしかできない状態を経験した僕にとっては、ぐっすりと14時間も眠れるくらいに体調が回復したことがうれしい。ふとんに横になるとすっと眠りに落ちていくことがとてもうれしい。
やっぱり人間眠らないとだめですね。

02.11.4(Mon)

●それで貧乏?ふざけるな!
とんねるずの石橋が同年代の様々な人とトークしている番組をみていて。
誰とだったか忘れたが、食についての話題。そのゲストと石橋が言うに、家が貧乏だったからおいしいものを求めるとのこと。まあそういうこともあるかもしれないなあと思って見ているとゲストだったか石橋だったか「親が自衛官と教師で共働きで・・・」とのたまった。
ちょっと待て。共働きの理由として確かに生活が苦しいからというのがある。僕の年代や僕より少し上の石橋の年代だったら母親は家にいることが当たり前ということが今よりもっと顕著だったと思う。しかし「自衛官と教師の共働き」で貧乏?なんやそれ?おまえらどういう基準でものいうとんじゃい!!なめとんか!「カチン!!」ときた。
団地サイズの4畳半と6畳二間に申し訳程度のキッチン付きの市営住宅。親と「レストラン」と名のつくところ(ファミレス含む)に食事に行ったのは大学生になってから。高校受験の私学の条件は奨学金がもらえること=高い授業料払わずに済むこと。大学受験の時は私学受験なんて論外。それが僕の家の生活の一端。確かに母親はほとんど働いていなかったが母親は体が丈夫な方ではないので仕方ない。でも生活保護を受けていなかったので最下層の生活レベルではなかったと思う。最下層級ではあったと思うが。
僕のまわりを思い出すと、いわゆる「母子家庭」や父親が飲んだくれで働かなくて母親が働いている家庭が多くあった。小中学生の時、日直か何かで月謝袋を回収したり配ったりした時に僕の金額より安い額がかいてある人が数人ほどいたように思うが、思えばその子たちの家が生活保護を受けていたのだろう。そういう家庭と同じ市営住宅に僕の家族は住んでいた。
ホームレスでもないし、大学も出させてもらったし、母親は家にいたし、僕の家は裕福ではなかったが貧乏と断言できる所得レベルではなかったと思う。しかし「自衛官と教師の共働き」の家庭出身の奴に貧乏といわれたくない。ますます反感を持った。
反感ついでで「おいしいもの云々」に関していうと、それなりのものしか食わしてもらってなかったので食に関してそんなにこだわりがなくなった、そうとも言えるのではないか、僕に関してはそう思う。まずくなけりゃええねん。

月の最初にこんな話題させんな、ったく。



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