富士T−1

 戦後日本の航空産業が初めて開発した記念すべき純国産ジェット機なのです。

昔々のハセガワの箱絵

 

日本製ジェット練習機T1

昭和30年11月航空自衛隊はそれまでの中間練習機であるレシプロのT6テキサン

に換えて国産のジェット練習機を導入する決定をし、川崎、新明和、そして富士重工

の3社で競争試作が行われた。(といっても実機の制作ではなくプランだけのハズ)

その結果、富士重工の開発した後退翼を持つT1F1が栄冠を勝ち取ったのである。 

しかし、当初は肝心の国産ジェットエンジンが完成せず、ブリストルのオルフュース

Mk805とかいう英国製のエンジンを搭載し(この開発名はT1F2というそうだ)

昭和33年1月初飛行に成功し同年より航空自衛隊へ納入された。

そして昭和35年5月待望の国産ジェットエンジンJ3−IHI−3が石川島播磨重工で

完成!それを搭載した純国産のT1F1が初飛行したのである。

前者をT−1A、後者をT−1Bとし合計66機が航空自衛隊に配備されている。

*T−1Bは昭和40年からエンジンをJ3−IHI−7Bへ変更しパワーアップを計った

そうである。この機体はT−1B−10というそうだ。

T1は

第13飛行教育団(福岡県芦屋基地)

第5術科学校(愛知県小牧基地)

飛行開発実験団(岐阜県岐阜基地)

に配備されT1−Aの納入昭和33年(1958年)から数るとなんと43年もの長期間

に渡って多くの航空自衛隊パイロットを育てた功労機なんですね。

*第13飛行教育団はT−4へ機種変更しています。

 

ハセガワのT1(1/72)

世界中探してもT1のキットなんてたぶんハセガワのこれしか無いと思う。

(90年代始め頃にラクーンというメーカーから1/48のレジンキットが

出ていたようだが雑誌の広告で見ただけで実物は見た事ないです。ザンネン)

昔っから不人気キットで、子供の頃の記憶では長期に渡る在庫による日焼けと

僕たちが他のキットをイジルので箱絵が擦り切れた様な状態になっていたっけ

なにかの拍子に箱を開けたら中はキレイで妙に白色の機体が眩しかったのと

富士重工と富士山を懸けたような背景の箱絵が気に入って思わず購入したけど

作ってビックリ!まるでブタさんのお鼻のような機首と短い主翼がカッコ悪い

実はF86の練習機型と勝手に思い込んでいた僕だったのです。

 

 それから数年・・・馬鹿ガキはアンチャンになったけどプラモデルは大好き!

ある日ひょっこり入った模型屋さんで新しいT1のキットを発見してしまった。

ワクワクしながら箱を開ける。あの時と同じ白い機体だ!懐かしいやら嬉しいやら

で即購入したのが上の箱、T−33同様金型の改修がされて操縦桿はあったケド

やっぱりパイロットさんは居ませんでした。

 

それからまた数年が経ちアンチャンはオッサンになり、世紀も変わって久しいある日

オッサンは宝物庫(押入れとも呼称する)からハセガワのT1を発掘したのだった。

箱を開けるとやっぱりそこには真っ白い機体・・・あれから何年経ったのだろう?

箱いっぱいの大きさのデカールにはT−1を装備した全飛行隊のマークが・・・

デカールの隅には1991.11と記してある「そうか、もう10年経っちゃうんだな」

新しい金型でT−1出ないかな?出ないよなぁ〜きっと・・・・・だって不人気だもんな。

 


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