千五百番歌合 目録・定家番抜書
藤原定家『拾遺愚草』全注釈 付録

『千五百番歌合』より、目録と、定家の出詠している番のみを抜き出した。テキストは続々群書類従(底本は流布本)によったが、新編国歌大観(底本は高松宮蔵の南北朝期写本)・古典文庫(底本は宮内庁書陵部蔵御所本)を参照し、明らかに誤りと見なされる箇所は改めた。用字などは原則的に続々群書類従のテキストに従ったが、他本により改めた場合もある。また句読点・濁点を付し、仮名遣は歴史的仮名遣に統一し、送り仮名は一部私意により改めた。引用句は鉤括弧でくくった。各歌の頭に新編国歌大観番号を付した。
因みに定家の成績は35勝26分29敗である(無判10)。歌の注釈はこちら

百首謌合 建仁元年 土御門院御宇


 二十首    十五首    二十首    十五首
 五首     十五首    十首

  作者
左方
 女房 後鳥羽院
 左大臣正二位藤原朝臣 後京極摂政
 前権僧正慈円
 従二位行権中納言臣藤原朝臣公継 徳大寺野宮左大臣
 参議正三位行左近衛権中将兼越前権守藤原朝臣公経
 正三位行皇太后宮大夫臣藤原朝臣季能
 宮内卿 後鳥羽院女房
 讃岐 二条院女房頼政女
 小侍従 待宵
 散位正四位下藤原朝臣隆信
 散位正四位下藤原朝臣有家
 散位従四位上藤原朝臣保季
 正五位下行左近衛権少将臣藤原朝臣良平 醍醐入道前太政大臣
 従五位下行左兵衛佐臣源朝臣具親
 僧顕昭
右方
 三宮
 内大臣正二位兼行右近衛大将皇太弟傅源朝臣
 正二位行権大納言臣藤原朝臣忠良
 従二位行権中納言臣藤原朝臣兼宗
 従三位行右近衛権中将源朝臣通光
 沙弥釈阿
 俊成卿女
 丹後
 越前
 正四位下行左近衛権少将兼安藝権介臣藤原朝臣定家
 正四位下行左近衛権中将源朝臣通具
 従四位下行上総介臣藤原朝臣家隆
 従五位上守左近衛権少将藤原朝臣雅経
 沙弥寂蓮
 従五位下行右馬助源朝臣家長

判者
 権大納言忠良 春一同二     釈阿   春三同四
 内大臣    夏一同二     左大臣  夏三秋一
 女房     秋二同三     定家朝臣 秋四冬一
 季経入道   冬二同三     師光入道 祝恋一
 顕昭     恋二同三     前権僧正 雑一同二

春一 判者忠良

十番
      左 持   散位藤原朝臣隆信

0019 あふさかや関の清水の音羽山音にもしるし春のけしきは

      右     左近権少将藤原朝臣定家

0020 春がすみ昨日を去年のしるしとや軒ばの山も遠ざかるらん

左歌、させる難なく侍るにや。右歌、「軒ばの山も遠ざかるらん」といへる、余情過ぎたるにや。すがたは宜しく侍り。可為持歟。

廿四番
      左     小侍従

0047 ただかすむ空とやけさを思はまし谷の鶯音せざりせば

      右 勝   定家朝臣

0048 春といへば花やはおそきよしの山きえあへぬ雪のかすむ曙

左、初の五字ききよくも侍らぬにや。右、宜しく見え侍り。

三十八番
      左 勝   讃岐

0075 春の雪は猶ふか草に晴れやらで道ふみ分けぬ竹の下折れ

      右     定家朝臣

0076 山のはに霞ばかりはいそげ共春にはなれぬ空の色かな

左の深草の雪、をかしく思ひやられ侍り。右、「いそげ共」といへる、優にも聞えざるにや。左まさり侍らん。

五十二番
      左     宮内卿

0103 霞しく河ぞひ柳浪かけてねにあらはるる春のうぐひす

      右 勝   定家朝臣

0104 山里は谷の鶯打ちはぶき雪よりいづる去年のふる声

両首の鶯、「ねにあらはるる春の鶯」といひ、「雪より出づる去年のふるごゑ」といへる、ともに優に侍るを、左、「霞しく」とおけるや、「河ぞひ柳」にいとつづきても聞えず侍らん。右勝つべくや。

六十六番
      左 持   季能卿

0131 玉ばはきこれも千年のためしとて初ねの松に引きそふる哉

      右     定家朝臣

0132 消えなくに又やみやこをうづむらんわかなつむのにあは雪ぞふる

左、ことなる事なきか。右、姿よろしきを、「又や都をうづむらんわかなつむ野もあは雪ぞふる」などいへる、野辺よりも都には雪のふかかるべき様に聞ゆるにや。持に侍るべし。

春二 判者権大納言忠良

八十番
      左     公経卿

0159 軒ちかき梅の匂ひをかたしきて袖にぞふかき色はみえける

      右 勝   定家朝臣

0160 谷風の吹きあげにさける梅の花あまつ空なる雲や匂はん

左、いとも心えず侍り。右、「天つ空なる雲や匂はん」と侍る、ことに宜しく侍るにや。

九十四番
      左     公継卿

0187 都にて心やはるる雪のうちに冬ごもりせし谷の鶯

      右 勝   定家朝臣

0188 里わかぬ月をば色にまがへつつよものあらしに匂ふ梅がえ

右歌よろしく侍り。尤可為勝。

百八番
      左     前権僧正

0215 春ごとにかざして年ぞつもりぬるわが老かくせ梅の花がさ

      右 勝   定家朝臣

0216 春やあらぬ宿をかごとに立ち出づれどいづくも同じかすむ夜の月

左もをかしき様には聞え侍れど、右、心姿優に侍り。勝とすべし。

百廿二番
      左 勝   左大臣

0243 津の国の難波の春の朝ぼらけ霞も浪もはてをしらばや

      右     定家朝臣

0244 あづまやのこやのかりねのかやむしろしくしくほさぬ春雨ぞふる

左、「なにはの春の朝ぼらけ」、ことに宜しく見え侍り。右、「しくしくほさぬ」負け侍るべし。

百三十六番
      左     女房

0271 月よよし夜よしと誰に告げやらん花あたらしき春の古郷

      右 勝   定家朝臣

0272 待ちわびぬ心づくしの春霞花のいさよふ山のはのそら

左、「花あたらしき春の古郷」をかしくこそ侍れ。右、心こもりて愚意難及侍れど、すがたよろしければ、勝とも申し侍らん。

春三 判者釈阿

百六十五番
      左     顕昭

0329 さきぬとて尋ねてみれば白雲のまがふも花のなさけならずや

      右 勝   定家朝臣

0330 桜花さきぬやいまだ白雲のはるかにかをる小泊瀬のやま

両方の「白雲」、左は上句の詞あまりにたしかに聞え侍るうへに、なさけの詞もよせなくては、殊にこひねがふべからずや。右は、「はるかにかをるをはつせの山」、宜しくや侍らん。勝とすべし。

百七十九番
      左 持   具親

0357 芳の山はなの盛りに成りにけり故郷にほふ春のあけぼの

      右     定家朝臣

0358 雲のなみ霞の浪にまがへつつ芳野の花のおくをみぬかな

左、「古郷にほふ春の曙」、彼の「よし野の山の近ければ」といへる雪の歌の心、花もさぞにほふらんと、優に侍るべし。右、「芳野の花の奥をみぬ哉」といへる、ふかくいれる様にはみえ侍るを、「雲の浪霞の波」といへる、殊に浪のよせなくや侍らん。仍りてふかさもまさるには難及や侍らんとて、持にてや侍るべからん。

百九十三番
      左 持   良平

0385 芳野山分けきてのちにながむれば霞をこむる花の白雲

      右     定家朝臣

0386 しるしらぬわかぬ霞の絶え間よりあるじあらはにかをる花哉

左歌、下句はよろしく侍るを、「分けきて後にながむれば」や、すこし慥かに聞え侍らん。右歌、「しるしらぬ霞の」などいへるは優に侍るを、「あるじあらはに」といへる、しひてよろしくもみえ侍らず。仍勝劣不分明に侍るにや。持などにや侍るべからん。

二百七番
      左     保季朝臣

0413 音をのみ哀れと聞きし松風に花の香うつす春の山里

      右 勝   定家朝臣

0414 あかざりし霞の衣たちこめて袖のなかなる花のおもかげ

すべて歌の初の五字はよく思ふべき物にこそ侍るめれ。左、「音をのみ」とおける、をかしと聞きなさむ事かたくや侍らむ。右、「あかざりし霞の衣」、「袖のなかなる花のおもかげ」などいへる、えんならざるにあらずや侍らん。まさるにこそ侍るめれ。

二百廿一番
      左 持   有家朝臣

0441 朝日影にほへる山の桜花つれなく消えぬ雪かとぞみる

      右     定家朝臣

0442 桜花うつろふ春をあまたへて身さへふりぬる浅茅生の宿

左、「朝日影」とおき、「つれなく消えぬ」とみゆらん風情、いとをかしく侍るべし。右、「うつろふ春をあまたへて」といひ、「身さへふりぬるあさぢふ」、心のやみのくらすにや侍らん、哀れもかくべくと覚え侍れど、猶左の「朝日影」も、昔の夜鶴の侍らましかばと、心をかへて覚え侍れば、勝負既にまどひて同じなどや申すべく侍らん。

春四 判者釈阿

二百三十五番
      左 持   隆信朝臣

0469 風かをる花のしづくに袖ぬれて空なつかしき春雨の雲

      右     定家朝臣

0470 桜色の庭の春風跡もなしとはばぞ人の雪とだにみん

左歌、「空なつかしき春雨の雲」といへる末の句は姿よろしくこそ侍るめれ。右歌は、「あすは雪とぞ降りなまし」といへる歌の心をとかくいひなして侍る詞づかひをかしく侍るにや。老の心のまどひあやしく侍れば、勝劣申しがたくや侍らん。

二百四十九番
      左 持   小侍従

0496 おもへ共声はたてじと忍ぶるにうらやましくも喚子鳥哉

      右     定家朝臣

0497 花の香も風こそよもにさそふらめ心もしらぬ古郷の春

左歌、「よぶこ鳥」の心「おもへ共」といへるより、いみじくおもひしられ侍れば、左右なくまさると申したく侍るを、右歌又、「心もしらぬ古郷の春」といへるも、身にとりては捨てがたく聞きなし侍るにや。勝劣申しがたく侍るべし。

二百六十三番
      左 勝   讃岐

0524 こぬ人をうらみやすらん喚子鳥しほたれ山の夕暮の声

      右     定家朝臣

0525 とまらぬは桜ばかりを色に出でてちりのまがひにくるる春哉

左、しほたれ山のよぶこ鳥、誠にうらみやすらんと聞え侍るを、右、「桜ばかりを色に出でて」といへる心いと心えわかず侍れば、以左まさると申すべくや。

二百七十七番
      左 勝   宮内卿

0552 庭の面はのらと成りぬる古郷のまやのあまりに雲雀おつ也

      右     定家朝臣

0553 吉野川たぎつ岩浪せきもあへず早く過ぎ行く花のころ哉

左歌、かの「庭も籬も秋の野らなる」といへる遍昭が母の家の心を、「まやのあまりにひばりおつ」らんすがた、本歌よりもつきづきしく聞え侍るにや。右、吉野河によせて「はやく過ぎ行く花の比哉」といへる、か様の心、さきにも見え侍りつるにや。左「雲雀おつ」などをかしく侍り。左まさりて侍りなんかし。

二百九十一番
      左     季能卿

0580 四方の山けふをかぎりとかすませておぼつかなみの春の行くへや

      右 勝   定家朝臣

0581 けふのみとしひてもをらじ藤の花さきかかる夏の色ならぬかは

左、上句はよろしきやうに侍るを、「おぼつかなみ」の詞こそこひねがふべき事にも侍らずや。伊勢物語の異説の本にぞ、「けふの詠めや」といへるやうに覚え侍れど、さらではふるくも用ゐたるやうにもおぼえ侍らず。万葉集・伊勢物語もよき詞を取るべきにや侍らん。右、「しひてもをらじ藤の花」といへる、「春はいくかも」といへる業平朝臣の歌の心宜しくや侍らん。

夏一 判者内大臣土御門内大臣雖可勅定薨去畢(注)

注:以下、判者源通親死去により勝負判なし。

三百五番
      左     公経卿

0608 おもはずよ蝉のは衣たちかへて一夜に春をわするべしとは

      右     定家朝臣

0609 郭公まつに心のうつるより袖にとまらぬ春の色かな

三百十九番
      左     公継卿

0636 夏きぬとかふる衣はきなれにし春のかたみをたつにぞ有りける

      右     定家朝臣

0637 待つとせし人のためにはながめねどしげる夏草道もなきまで

三百卅三番
      左     前権僧正

0664 夜半にきて山郭公なのるなり旅の宿かせ橘のはな

      右     定家朝臣

0665 時しらぬ里は玉川いつとてか夏のかきねをうづむ白雪

三百四十七番
      左     左大臣

0692 須まのうらの浪にをりはへふる雨にしほたれ衣いかにほさまし

      右     定家朝臣

0693 あふひ草かりねの野べに郭公あかつきかけてたれを問ふらん

三百六十一番
      左     女房

0720 夕づく夜しばしやどれる山の井のあかぬ光ぞ水に涼しき

      右     定家朝臣

0721 なほざりに山ほととぎす鳴き捨ててわれしもとまる森の下かげ

夏二 土御門内大臣雖可勅定薨去畢

三百九十番
      左     顕昭

0778 音なしの山ほととぎすいつよりかここになくとは人にしられし

      右     定家朝臣

0779 夕暮はなくね空なる郭公こころのかよふやどやしるらん

四百四番
      左     具親

0806 一こゑのあかぬなごりはほととぎす恨みてあかすしののめの月

      右     定家朝臣

0807 またれつつ年にまれなる郭公さ月計のこゑなをしみそ

四百十八番
      左     良平

0834 むば玉の夜わたる月はもりもこずまやのあまりの五月雨の比

      右     定家朝臣

0835 けふいとどおなじみどりにうづもれて草の庵もあやめふく也

四百卅二番
      左     保季朝臣

0862 めにみえぬ匂ひに袖をぬらす哉露やはかよふ軒のたちばな

      右     定家朝臣

0863 天の川やそせもしらぬ五月雨に思ふもふかき雲のみをかな

四百四十六番
      左     有家朝臣

0890 よそにみておもはざりつる村雲も此の里までの夕だちの空

      右     定家朝臣

0891 袖の香を花橘におどろけば空にあり明の月ぞ残れる

夏三 判者左大臣後京極摂政良経

四百六十番
      左     隆信朝臣

0918 旅人の友よびかはす声す也夏野の草に道まどふらし

      右 勝   定家朝臣

0919 久さかたの中なる河のうかひ舟いかに契りてやみをまつらん

任他草野行人路 只翫桂河漁客船

四百七十四番
      左     小侍従

0946 真葛はふ夏野のくさのしげくのみたれをうらみて露こぼるらん

      右 勝   定家朝臣

0947 夏衣たつた河原をきてみればしのにおりはへ浪ぞほしける

縦教葛葉成其恨 河水曝衣叶夏心

四百八十八番
      左 勝   讃岐

0974 夏のよの月のかつらの下もみぢかつがつ秋のひかりなりけり

      右     定家朝臣

0975 夏のよはまだよひのまとながめつつぬるや川べのしののめの空

只翫桂華秋色深 夏宵不憶一夢成

五百二番
      左 勝   宮内卿

1002 かたえさすおふのうらなし初秋になりもならずも風ぞ身にしむ

      右     定家朝臣

1003 山のかげおぼめくさとにひぐらしの声たのまるる夕がほの花

山陰花色雖難弃 猶勝秋風浦樹枝

五百十六番
      左     季能卿

1030 みな月のなごしの森の夕すずみみそぎもまたぬ秋の下かぜ

      右 勝   定家朝臣

1031 たがみそぎおなじあさぢのゆふかけてまづ打ち靡くかもの河かぜ

強求杜号其何益 未敢見聞秋下風

秋一 判者同前

五百卅番
      左 持   公経卿

1058 けふよりや秋は立田の山のはに入日さびしくかはる空かな

      右     定家朝臣

1059 けさよりは風をたよりのしるべして跡なき浪も秋や立つらん

心憐嶺日凄々影 思動海風嫋々声

五百四十四番
      左     公継卿

1086 ふけにけり今や秋たつ思ひねの夢路をこめて風ぞ涼しき

      右 勝   定家朝臣

1087 水茎の岡のくずはら吹き返し衣手うすき秋のはつかぜ

風吹秋草衣裳薄 暁夢難思孤枕前

五百五十八番
      左 勝   前権僧正

1114 おもふべし我が身ひとつの秋ぞかしたれかかくしも月をながめん

      右     定家朝臣

1115 夕暮はをののしのはらしのばれぬ秋きにけりとうづら鳴くなり

天無雲霧傍無友 月下幽情又比誰

五百七十二番
      左     左大臣

1142 旅人のいるののをばな手枕にむすびかはせるをみなへしかな

      右 勝   定家朝臣

1143 松の葉のいつともわかぬ陰にしもいかなる色とかはる秋風

女郎花苓落無艶 君子松高風有情

五百八十六番
      左 勝   女房

1170 日影さす岡べの松の秋風に夕暮かけて鹿ぞ鳴くなる

      右     定家朝臣

1171 露をおもみ人は待ちえぬ庭の面に風こそはらへもとあらの萩

若比西施顔色美 君詞妖艶尚無窮

秋二 御判

六百十五番
      左     顕昭

1228 ぬししらぬ若むらさきの蘭たがゆかりとて風のたつらん

      右 勝   定家朝臣

1229 荻はらやうゑてくやしき秋風はふくをすさみにたれかあかさん

おきまよふ木ごとの露を山風のかつふくからにちる木の葉哉

六百廿九番
      左     具親

1256 いとひえて雲なき空となるままにいや遠ざかる山のはの月

      右 勝   定家朝臣

1257 棹鹿のなくねの限りつくしてもいかがこころに秋の夕ぐれ

石まゆく山下水のうす氷げにはこほらですめる月影

六百四十三番
      左 持   良平

1284 しのすすき上葉の露に宿かりて風にみだるる秋のよの月

      右     定家朝臣

1285 秋きぬと袖にしらるる夕露にやがて木の間の月ぞやどれる

みる袖のなみだ事とひやどる月さびしくもあるか柴あめる垣

六百五十七番
      左 持   保季朝臣

1312 浦風にしほぢのすゑも霧はれて月に成り行くしだの浮島

      右     定家朝臣

1313 松虫の声をとひ行く秋の野に露尋ねける月のかげかな

みつ塩になみ立ちくらし夜もすがら岸の松がえ風さわぐ也

六百七十一番
      左 持   有家朝臣

1340 すまの浦にわぶとこたへし跡もなしよなよな月の影はとへども

      右     定家朝臣

1341 おもひいれぬ人の過ぎ行く野山にも秋は秋なる月やすむらん

水無瀬川ながむる空のよはの月清き早瀬にかげやどしけり

秋三 御判折句歌

六百八十五番
      左     隆信朝臣

1368 きてみればさびしかるべき家ゐかは月も住みけり秋の山里

      右 勝   定家朝臣

1369 高砂の尾上の鹿の声たてし風よりかはる月の影哉

岡のべや軒もる月のへだて哉よわたる雲に時雨すぎつつ

六百九十九番
      左     小侍従

1396 つねよりも月に心のすむ夜哉かくてや人の雲にいりけん

      右 勝   定家朝臣

1387 心のみもろこしまでもうかれつつ夢ぢに遠き月の比かな

草枕もりくる月にうらむなりけさたつ山のすゑの白雲

七百十三番
      左     讃岐

1424 あはれなる山田の庵のね覚め哉いなばの風に初かりの声

      右 勝   定家朝臣

1425 もみぢする月の桂にさそはれてしたのなげきも色ぞうつろふ

物思へばみだれて露ぞちりまがふ夜はにね覚めをしかの声より

七百廿七番
      左 持   宮内卿

1452 衣手は秋の山田のそほつとも月さゆる夜のつゆは払はじ

      右     定家朝臣

1453 いく秋を千々にくだけて過ぎぬらん我が身ひとつを月にうれへて

おける露もとあらのこ萩隙をなみ枝もとををにすめる月哉

七百四十一番
      左     季能卿

1480 月みればやがて袂のぬるるかな心の玉や水をとるらむ

      右 勝   定家朝臣

1481 秋とだに忘れんと思ふ月かげをさもあやにくにうつ衣哉

山路よりさすか月影柴の門みるもさびしき霧のまがきに

秋四 判者定家朝臣

七百五十五番
      左 勝   公経卿

1508 紅の色にぞ浪もたつた川もみぢのふちをせきかけしより

      右     定家朝臣

1509 ひとりぬる山鳥の尾のしだりをに霜おきまよふ床の月かげ

「山鳥の垂り尾」「床の月影」など、霜夜の長き思ひ、詞たらぬ所多く、心もわかれがたく侍るめり。「紅の浪」「紅葉の淵」は誠に深く思ひ入れて、心の色も染めましてこそ侍らめ。

七百六十九番
      左 勝   公継卿

1536 ね覚めする九月の夜の床むみ今朝ふく風に霜やおくらん

      右     定家朝臣

1537 いかにせんきほふ木の葉の木枯にたえず物おもふ九月の空

左、「涼夜之方永、耿介而不寐」の心、むかしの花省の秋思ひやられて、いとをかしくこそ侍るめれ。右、「いかにせん」とおけるより風情つきにけるにやと聞え侍れば、尤以左可為勝。

七百八十三番
      左 勝   前権僧正

1564 紅葉々をよるのにしきになす物はまだみぬ山の嵐成りけり

      右     定家朝臣

1565 さをしかのふすや草むらうら枯れて下もあらはに秋風ぞふく

「したもあらはに」うらがれん「草村」、歌のすがた・詞も、「まだみぬ山」の紅葉の錦におよびがたくこそ侍らめ。

七百九十七番
      左 勝   左大臣

1592 苔のうへに嵐ふきしくから錦たたまくをしき森のかげ哉

      右     定家朝臣

1593 岩代の野中さえ行く松風にむすびそへつる秋のはつ霜

左歌、上句は「不堪紅葉青苔地」といへる文集の詩をおもひ、下句、「まとゐせるよは」といへる古今の歌によせて、「もりのかげかな」と侍る末の句まで、心たくみにおもかげをかしく覚えてをかしくこそみえ侍れ。「嵐吹きしく錦」にて、紅葉を詞にあらはされぬも業平朝臣の「からくれなゐに水くくるとは」といへる歌思ひ出でられて、心もふかく侍るべし。右歌、「初霜むすぶ」といはんばかりに、心とけぬ「岩代の松」まではるかに思ひよりけん。誠々に見所なくや侍らん。

八百十一番
      左 勝   女房

1620 けふこそは秋の日数もくれはとりあやなし名のみ長月の空

      右     定家朝臣

1621 冬はただあすかの里の旅枕おきてやいなん秋のしら露

左、はじめをはりかなひて、心たくみにすがたをかしく侍るべし。仍為勝。

冬一 判者定家朝臣

八百四十番
      左 持   顕昭

1678 朝風にはだへもさむし衣手のもりにや冬はたちはじむらん

      右     定家朝臣

1679 秋くれしもみぢの色をかさねても衣かへうきけふの袖かな

「はだへもさむし」などいふ事こそ、ちかき歌にききならひ侍らね。詞はふるき歌にならひ、心は我が心より思ひよれるや、歌の本意には侍らん。ただし、紅葉の袖の色よわくみえ侍るにや。女房の歌などならばゆるさるるかたも侍りなん。

八百五十四番
      左 勝   具親

1706 はれくもる影をみやこにさきだててしぐるとつぐる山のはの月

      右     定家朝臣

1707 冬来ぬと時雨の音におどろけばめにもさやかにはるる木のもと

「影を都に」と侍るは、よその時雨にや。心あるさまに侍るべし。

八百六十八番
      左 持   良平

1734 あしぶきのやどもあらはにかれはてて霜にさえたる夜はのさ莚

      右     定家朝臣

1735 のこる色もあらしの山の神な月ゐせきの浪におろすくれなゐ

「あしぶきのやど」、殊にめづらしき所は侍らねど、優なるさまには侍るにや。

八百八十二番
      左 持   保季朝臣

1762 露ふれし葉末は霜に成りにけり秋より冬のをののしの原

      右     定家朝臣

1763 かれはつる草のまがきはあらはれて岩もる水をうづむ紅葉々

左の初の五字、いかにおき、いかにきゆる露を「ふるる」とは申すべきにか、いまだえ思ひ侍らねば、わきまへ申しがたくや。

八百九十六番
      左 勝   有家朝臣

1790 霜おかぬ人めも今はかれはてて松にとひくる風ぞかはらぬ

      右     定家朝臣

1791 しをれ葉や露のかたみにおく霜も猶嵐ふく庭のよもぎふ

霜おく草を詞にあらはさずして、風吹く松の音にとはれたる心、おなじ人めかるるも、かくてこそいと宜しく聞え侍れ。

冬二 判者蓮経 季経入道

九百十番
      左 持   隆信朝臣

1818 何ゆゑのうらみをすまの友千鳥浪にしをるるあかつきのこゑ

      右     定家朝臣

1819 花すすき草の袂もくちはてぬなれて別れし秋をこふとて

左歌、「何ゆゑのうらみをすまの友千鳥浪にしをるる暁」などいへる、よろしくこそ侍れ。右歌、「草の袂もくちはてぬなれてわかれし秋をこふとて」といへる、又やさしく侍れば、いづれと思ひかね侍りぬ。

九百廿四番
      左     小侍従

1846 谷ふかみ住む人いかにせよとてかこほりをむすぶ山川の水

      右 勝   定家朝臣

1847 時雨こし岸の松かげつれもなくすむにほ鳥の池の通ひ路

左歌、めづらしき事なきうへに、「すむ人いかにせよとてか」といへる、無下になに心もなくや。右歌、こころ侍ればまさるべし。

九百卅八番
      左 持   讃岐

1874 露は霜水は氷にとぢられて宿かりわぶる冬のよの月

      右     定家朝臣

1875 まきのやに時雨あられは夜がれせでこほるかけひの音信ぞなき

左右ともに心をかしく侍れば、勝劣難決。

九百五十二番
      左     宮内卿

1902 花にとひし跡をたづねて待つ人もこずゑの雪にあらし吹くなり

      右 勝   定家朝臣

1903 これやさは秋のかたみの浦ならんかはらぬ色を奥の月かげ

左歌、花のをりはとひし人もいまはこずとよめるにや、心きこえ侍れども、右歌、「是やさは秋のかたみの浦ならん」などいへる、よろしく侍り。「おきの月かげ」ぞ、いかに侍れども、勝と申すべし。

九百六十六番
      左 持   季能卿

1930 かたしきの袖こそぬるれ嶺わけに時雨落ちくるまつかぜのおと

      右     定家朝臣

1931 浦かぜにやく塩けぶり吹きまよひたな引く山の冬ぞさびしき

左歌「時雨おちくる」、右「塩けぶり」、同じ程にや侍らん。

冬三 判者同前

九百八十番
      左     公経卿

1958 さびしさをいかにとはまし夕づく日さすや岡べの松の雪折れ

      右 勝   定家朝臣

1959 なく千鳥袖のみなとをとひこかしもろこし舟のよるのね覚めに

左歌、「さすやをかべの松の雪をれ」などいへる、「夕月夜さすやをかべの松のはの」といふ歌を思ひてよめるにや。その歌をおもひてよまば、「夕づくよ」とや侍るべからん。万葉集には、「夕づく日さすや」と侍り。古今の歌を思ひて松をよまば、「夕づく夜」とぞ侍るべき。大略同様なれども、右歌本歌伊勢物語に、「おもほえず袖にみなとのさわぐらしもろこし舟もよりしばかりに」といふ歌をとりなせる、ゆゑなきにあらねば、以右為勝。

九百九十四番
      左 勝   公継卿

1986 そのかみやあまの岩戸のあけしよも思ひしらるるあかほしの声

      右     定家朝臣

1987 ことぞともなくてことしも杉の戸のあけておどろく初雪の空

左歌、神楽のおこりに今夜の星を思ひあはせられたる、ゆゑなきにあらず。右歌、「ことしもすぎのと」といへる、已に歳暮の心か。「はつ雪」に「おどろく」といへる、初雪及歳暮降、ことのほかの遅々歟。仍以左為勝。

千八番
      左 持   前権僧正

2014 色かへぬ冬のみどりをみよとてやつひにもみぢぬ松の白雪

      右     定家朝臣

2015 かたしきの床のさむしろこほるよにふりやしく覧みねの白雪

左歌、「十八公栄霜後露、一千年色雪中深」といふ詩の心にや。腰の五字ぞいかにぞ侍れど、さまでのとがならずや。「色かへぬ」と「もみぢせぬ」とは同心にや。随ひて不審也。右歌、これもよろしく承れば、猶又持と申すべし。「片敷」と「ふりやしくらん」とは病にや。仍為持。

千廿二番
      左 勝   左大臣

2042 杣くだすにふの川かみあとたえぬみぎはの氷みねのしら雪

      右     定家朝臣

2043 冬ふかきまののかやはら跡たえてまだこととほし春のおもかげ

左右歌、共に「跡たえ」ぬるよし侍るにとりて、右は、「まだこととほし春の面影」と侍る、夏秋などいはんさまに侍り。左勝侍る也。

千卅六番
      左 勝   女房

2070 冬くれて今年もけふにつくばねのこのめもかねて春めきにけり

      右     定家朝臣

2071 宿ごとに春の霞を待つとてやとしをこめてはいそぎたつらん

左歌、「冬くれてことしも今日につくばねの」と侍る、能くつづきてこそ。「このめもかねてはるめきにけり」と侍る、誠に春ちかづきぬれば、なにとなく梢すすけわたりてみえ侍り。おもかげはこれにこそ侍るめれ。右歌、年をこめんこと、霞便侍れど、このめの春めくには、立ちならびがたくやとぞ承る。仍以左為勝。

祝 判者生蓮師光入道

千六十五番
      左 持   顕昭

2128 我が君に千代もやちよもゆづるはの常盤のかげは猶つきもせじ

      右     定家朝臣

2129 あめつちとかぎりなけれとちかひおきし神のみことぞ我が君の為

左歌、「千世もやちよもゆづる葉の」などおきて、存万葉古風、なびやかに侍り。右は心めづらしく侍れば、なずらへて持などにや侍らん。

千七十九番
      左     具親

2156 いく千世も君がためしやこれならんいつぬき川の鶴の毛衣

      右 勝   定家朝臣

2157 さねこじのさか木にかけし鏡にぞ君がときはの影はみえけん

右歌、詞ぞすこしとどこほりて聞え侍れども、昔、天照大神、天の岩戸をとぢさせ給へりし時、世の中とこやみとなりて侍りしに、神たち香久山のさか木ねこじて、しらにきて、あをにきて、鏡などかけて、神楽をし給ひける事を、今祝に引きよせてをかしくよまれて侍る哉。左、つねの風情なり、左右なき右の勝にこそ侍るめれ。

千九十三番
      左     良平

2184 千はやぶる賀茂の社のゆふだすき千年を君にかけよとぞ思ふ

      右 勝   定家朝臣

2185 我が道をまもらば君をまもるらんよはひをゆづれ住よしの松

左歌もあしくも見え侍らねども、右歌尤興ありておぼえ侍り。仍為勝。

千百七番
      左     保季朝臣

2212 此の世には昔もきかず今もあらじ君がよはひにまさるためしは

      右 勝   定家朝臣

2213 万代の春秋きみになづさはん花と月とのすゑぞ久しき

左は祝の心は深く侍り。右は心めづらしく、いますこし見所あり。勝ち侍るべきにや。

千百廿一番
      左 持   有家朝臣

2240 玉椿八千世の後も我が君のときはかきはの色はかはらじ

      右     定家朝臣

2241 四方の海もけぶりにきはふ浜びさし久しき千世に君ぞさかへん

彼此難思分侍り。可為持也。

恋一 判者生蓮

千百卅五番
      左     隆信朝臣

2268 袖の色は若紫にあらなくに心をそむるしのぶもぢずり

      右 勝   定家朝臣

2269 あふ事のまれなる色やあらはれんもりいでてそむる袖の涙に

左、「わかむらさき」に「しのぶもぢずり」をひきよせられたるは、たよりありて聞え侍るに、心やめづらしからず侍らん。右は心をかしくこそ侍れ。為勝。

千百四十九番
      左 持   小侍従

2296 よしさらば恋ひしぬべしといひながらいけるは人を頼まざりしに

      右     定家朝臣

2297 かた糸のあふとはなしに玉のをもたえぬ計ぞみだれはてぬる

左歌、風情めづらしく見所ありて侍り。右歌は常の事を面白くつづけられて、たやすからぬ所侍るかとよ。これも持などにや。

千百六十三番
      左     讃岐

2324 蛙なく神なび河にさく花のいはぬ色をも人のとへかし

      右 勝   定家朝臣

2325 たれか又物おもふ事ををしへおきし枕ひとつをしる人にして

左の、「神なび河にさく花のいはぬ色」などは、ふるまはれて侍り。右の「枕をしる人にして」「物思ふ事を誰かをしへし」などうたがはれたるこそ、風情めづらしく見所侍れ。勝にや侍らん。

千百七十七番
      左     宮内卿

2352 思ふ事えぞしのばれぬ袖のうへに秋ならばこそ露とかこため

      右 勝   定家朝臣

2353 恋しさのわびていざなふよひよひに行きてはきぬる道のささ原

左歌、させるとがも侍らぬに、右歌、心詞相叶ふ、事の外に宜しくこそ見え侍れ。仍為勝。

千百九十一番
      左     季能卿

2380 面影に行くへをとへばあぢきなくしらぬ涙のこたへがほなる

      右 勝   定家朝臣

2381 きえわびぬうつろふ人の秋の色に身をこがらしの杜の下露

左は心をかしく、右は心詞いひくだされてことによろしくこそ聞え侍れ。仍可為勝にや。

恋二 判者顕昭法師

千二百五番
      左 勝   公経卿

2408 かくしつつうき身消えなばありし世の夢をはかなみ哀れとをみよ

      右     定家朝臣

2409 夢なれやをののすがはらかりそめに露わけし袖は今もしをれて

左歌は伊勢物語の「ねぬる夜の夢をはかなみまどろめば」と侍る歌の詞を思はれたるにや、哀れに聞え侍り。右歌は、思はれたるすぢ侍るにこそ、おぼつかなく侍れ。但し、もし源氏物語に、北山の旅ねに紫上のうばの尼にあひて、「はつ草のわか葉のうへを見つるより旅ねの袖ぞ露もかわかぬ」と侍る歌、やがて詞も侍り、その事のありやうなどを思はれたるにや。「をののすがはら」なども北山の旅ねのたよりありてや。此の事雲をばかりの事に侍る。歌合のうた、たしかなるべければ、その事と承らん程、左かつべき歟。

千二百十九番
      左 勝   公継卿

2436 ふぢばかま夢路はさこそ通ひけれあふとみる夜のうつりがも哉

      右     定家朝臣

2437 尋ねみるつらき心のおくの海よしほひのかたのいふかひもなし

左歌は、鄭文公が家にいやしき妾あり、その名を燕姫といふ。夢に天使来て蘭をあたへていはく、「これをなんぢが子とせよ」といへり。夢覚めて後にうめる子を蘭となづくといへり。此の事をよまれたるなるべし。右歌は、伊勢よりみやす所の源氏のもとへたてまつる歌に云はく、「いせしまや塩干の潟にあさりてもいふかひなきはうき世也けり」、此の歌の「いせしま」をかへて「つらき心のおくの海」となされ、「しほひのかたにあさりてもいふかひなきは浮世」とあるを「しほひのかたのいふかひもなし」とかへられたり。うき世の詞をすてて恋の歌につくられたる成るべし。左の燕姫が蘭の夢は今すこし歌めきて、にほひふかく侍れば、まさると申すべし。

千二百卅三番
      左 勝    前権僧正

2464 なぐさむる時こそなけれ月やあらぬ秋やむかしの荻のうは風

      右      定家朝臣

2465 人心かよふただぢのたえしよりうらみぞわたる夢のうきはし

左歌は伊せ物語に「月やあらぬ春や昔の春ならぬ我が身ひとつはもとの身にして」と侍る歌の心おしはかりて、秋の心に引きかへて「なぐさむる時こそなけれ」とよみおかれて、「秋やむかしの荻のうは風」と侍る、まことにたくみに侍り、心もおよばぬ風情に侍りぬべし。大かたは詩にも歌にも時にしたがひてそのすがたかはる事にこそ侍るめれ。詩は斉公文伝序云、漢より魏にいたるまで四百余年、詞人才子文体三たび変はると侍るめり。されば杜伯山が事、時務にかなはずとて、つねのやうをかふる事も侍り。やまと歌もかくのごとし。和歌は古今序云、「昔平城天子、詔侍臣、令撰万葉集。自爾以来、時歴十代、数過百年。其後和歌棄不被採。雖風流如野宰相、軽情如在納言、而皆以他才聞、不以斯道顕」云々。又云、「時変澆漓、人貴奢滛、浮詞雲興、艶流泉涌、其実皆落、其花孤栄。至有好色之家、以此為花鳥之使、乞食之客、以此為活計之謀。故半為婦人之右、難進大夫之前」云々。今案、平城御代万葉之風体、延喜御撰古今歌撰、其姿不同、其詞相違。詩者四百年文体三変、歌者百余年風流亦変者歟。古今序には「今の世の中色につき人の心花になりにけるより、あだなる歌、はなかきことのみおほく」とかけり。又「そのみ皆おちてその花ひとさかりさかゆ」共いへり。これはならのみかどの万葉より後、延喜御代、古今の歌などはかはりて侍るにや。いはんや其の後、今の世になりては、ともかうもかはり侍らん事、ただ人の心にまかせ侍るべし。古き歌をのみほめ、今をそしるべからず。左の歌の心たかさも、右うたのよのつねめきてけぢかく侍るも、いづれに心えべし共思ひえ侍らず。歌合に持のつかひ侍る事なれば、さやうにてこそ侍るべけれど、猶うるはしきに付けて、左勝か。

千二百四十七番
      左 勝    左大臣

2492 繰り返したのめてもなほあふことのかたいとをやは玉のをにせん

      右      定家朝臣

2493 面かげはなれしながらの身にそひてあらぬ心のたれちぎるらん

左歌は「かた糸をこなたかなたによりかけてあはずはなにを玉の緒にせん」と侍る歌にて、一ふしをかしくむすびなされ侍る。右歌は、ふかき心はしり侍らねど、ひとへにあらましごとにてくさりやられて、誠すくなきにや。ふるき歌読みの中にも、贈答の歌、屏風しやうじの、歌合の歌にはみなさまかはりて、おなじ歌よみなれど、えぬかたえたるかたなど一すぢならずと申しつたへ侍りと申す事も侍る歟。左はたしかにはみえ侍れば、つよしと可申歟。

千二百六十一番
      左 勝    女房

2520 うつつこそぬるよひよひもかたからめそをだにゆるせ夢の関守

      右      定家朝臣

2521 おもひ出でよたがきぬぎぬの暁もわがまた忍ぶ月ぞみゆらん

左歌は「人しれぬ吾が通ひ路のせきもりはよひよひごとにうちもねななむ」と侍る歌と、「あかでこそ思はん中は別れなめそをだにのちの忘れがたみに」と侍る歌と、ふたつをとりあはせられて、めでたくこそ侍れ。まことに庸才はげむとも及ぶべからず、俗骨くだく共かなふべからずこそみえ侍れ。右歌は「しののめのほがらほがらと明け行けば己がきぬぎぬきるぞ悲しき」と申す歌に、「わがまたしのぶ月ぞみゆらん」とはよみそへられて侍れど、秀逸にはみえ侍らぬうへに、月の字かさなりて侍り。あかつきとよみならはしたれば、聞きよからずや。仍以左為勝。

恋三 判者同前

千二百九十番
      左     顕昭

2578 なほざりのことのはをだにみましやはうきを恨みぬ心ならずは

      右 勝   定家朝臣

2579 わすれねよこれは限りのとばかりの人づてならぬ思ひ出もうし

左歌、させるをかしきふしも聞え侍らず、すぐれてめづらしき心も見えずや。右歌、道雅卿、しのびて物申しける人にえあはざりければ、「今は唯おもひたえなんとばかりを人づてならでいふよしもがな」と恨みけん袖のなみだを、我が身にかけてつくされんことのは、なにかは事もおろかに侍るべき。ただ口にまかすばかりにては、心にしみ身にとまる程のなさけはよにありがたくや。左歌はいとあさし。右勝つと可申。

千三百四番
      左 持   具親

2606 いとはるる身にそへとしも思はじを心ならぬやきみがおもかげ

      右     定家朝臣

2607 はてはただあまのかるもを宿りにて枕さだむるよひよひぞなき

左歌、よろしくよまれて侍るめり。右歌、さしていづれの歌の心とは思ひより侍らねど、大かたのやさしきさまの歌共こそおもひあはせられ侍れ。「幾世しもあらじ我が身をなぞもかくあまのかるもに思ひ乱るる」「恋ひわびぬ蜑のかるもにやどるてふわれから身をもくだきつる哉」「白浪のよするなぎさに世をすぐす蜑の子なれば宿も定めず」など侍る歌どもにあくがるる心を、あまのすまひになしかへされて侍るにこそ。左、義まことにととのほり、右は艶をこのめり。花実をたくらぶるに、やまとうたは尤花を先とすべきにこそ。右、捨てがたかるべし。准へて同じとすべし。

千三百十八番
      左     良平

2634 恨みこし涙ばかりを袖にかけいく夜かこひをすまの関守

      右 勝   定家朝臣

2635 かれぬるはさぞなためしとながめてもなぐさまなくに霜の下草

左歌、上下の詞あしくも侍らねど、恋をすまの関守によせてぞ、うらみの涙を袖にかくなどは、聞きなれてや侍らん。右歌は、もし源氏物語に「ほのめかす風につけても下荻のなかばは霜に結ぼほれ鳧」など侍る歌の心にや。かやうに申すべきにて侍らねど、歌のよしあしも聞え侍らねば、おどろかし申すにつけて、歌のほどはみゆる事にて侍れば、心にくくもなり侍る也。まさり侍るべし。

千三百卅二番
      左 勝   保季朝臣

2662 おもひおきていづる涙の行すゑは袖よりやがて道芝のつゆ

      右     定家朝臣

2663 ときつ風ふけひの浦にあがひてもたが為にかは身をもをしみし

左歌はをかしき風情をよくこそよみくだされて侍るめれ。右歌は万葉に「ときつ風ふけひの浦にいでゐつつあかふ命は妹がためこそ」と侍る歌をおもはれたりければ、俗流をはなれてみゆるは理りなりけれ共、しわざと取られて侍らばいかがせん。「万葉の歌とるは、故実ある事なり。ちかき世には顕季卿こそ其の様を心得てみゆれ」と、崇徳院の仰せたびたび承りきと、顕輔卿申され侍りしを承り伝へ侍り。いかさまにも此の歌は、「時つかぜ吹飯のうら」よりはじめて「あかふ命はいもがため」と侍るまで、心も詞もみなよみのせられて、わたくしのしわざぞすくなくや侍らん。しかれば、あたらしきにつきて、左歌可勝也。

千三百四十六番
      左 勝   有家朝臣

2690 忘れじといひしばかりの名残とてその夜の月はめぐりきにけり

      右     定家朝臣

2691 久かたの月ぞかはらでまたれける人にはいひし山のはのそら

左歌、よろしくきこえ侍り。末の句ききなれて侍らん。されど、たしかにはおぼえ侍らず。右歌もあしくも侍らぬに、末の「人にはいひし山のはの空」と侍る、すこしおろかなるこころゆかずや。左まさると可申。

雑一 判者前権僧正

千三百六十番
      左 勝   隆信朝臣

2719 明けぬとや釣する舟も出でぬらん月に棹さすしほがまのうら

      右     定家朝臣

2720 大かたの月もつれなき鐘の音に猶うらめしき有明のそら

なに事とわかぬ有明の空よりも月に棹こそさしまさるらめ 然れば、左勝也。

千三百七十四番
      左 勝   小侍従

2748 塩みてばかくるる磯のそなれ松これもみる日ぞすくなかりける

      右     定家朝臣

2749 たつけぶり野山のすゑのさびしさは秋ともわかず夕ぐれの空

中々にかくるる松はさもとみえて野山の末はめにぞたたれぬ 左勝歟。

千三百八十八番
      左     讃岐

2776 心あらば行きてみるべき身なれ共音にこそきけ松がうら島

      右 勝   定家朝臣

2777 いく世へぬかざしをりけんいにしへに三輪のひばらの苔の通ひ路

すむあまの心あるべき松が浦もみわのひばらに及ぶべきかは 以右為勝。

千四百二番
      左 持   宮内卿

2804 中々にながめにぬれぬしづがきるたみのの島の雨のゆふぐれ

      右     定家朝臣

2805 駒とめしひのくま川の水清み夜わたる月のかげのみぞみる

ふけにける雨と月とに分きかねぬ田蓑のしまもひのくま川も 為持也。

千四百十六番
      左     季能卿

2832 ながめけんくものふるまひ空晴れて月かげしろきたまつ島姫

      右 勝   定家朝臣

2833 空に吹くおなじ風こそ声たつれ嶺の松がえあら磯のなみ

雲か蜘蛛かあら磯に吹く松風のおびたたしきも猶めにぞたつ 右可勝也。

雑二 判者前権僧正

千四百卅番
      左 勝   公経卿

2860 冬の色をけしきの杜に顕はしてうづもれはつる雪の下草

      右     定家朝臣

2861 朝夕はたのむとなしに大空のむなしき雲を打ちながめつつ

色みゆるけしきの森の気色哉むなしき雲は心くもりて 左可勝か。

千四百四十四番
      左 持   公継卿

2888 ますらをはいなばかき分け家ゐしていく秋風を身にしめつらん

      右     定家朝臣

2889 そなれ松しづえやためしおのれのみかはらぬ色に浪のこゆらん

そなれ松かはらぬ色の色もいさ身にしむ風もしまずやあるらん 仍為持。

千四百五十八番
      左     前権僧正

2916 たれか聞く難波のしほのみつなへにたみのの島の鶴のもろ声

      右 勝   定家朝臣

2917 年ふれば霜夜のやみになく鶴をいつまで袖のよそに聞きけん

行末をたのむ霜よの鶴の声やたみのの島に鳴きまさるらん 以右為勝。

千四百七十二番
      左 持   左大臣

2944 うきしづみこん世はさてもいかにぞと心に問ひてこたへかねぬる

      右     定家朝臣

2945 いたづらにあたら命をせめぎけん長らへてこそけふにあひぬれ

けふにあひて過ぎこしかたのくやしきも心にとふもくるしかるらん 仍持歟。

千四百八十六番
      左 勝   女房

2972 朝夕にあふぐ心を猶てらせ浪もしづかに宮川の月

      右     定家朝臣

2973 わかの浦にかひなき藻屑かきつめて身さへくちぬと思ひける哉

とにかくに心詞も及ばれずいともかしこき宮川の月 無左右右負也。


公開日:平成23年06月09日
最終更新日:平成23年06月09日