賀茂女王 かものおおきみ 生没年未詳

長屋王の息女。母は阿倍朝臣。神亀五年(728)頃、大伴三依に歌を贈っている。万葉集に三首。

賀茂女王の大伴宿禰三依に贈る歌一首

筑紫船(つくしぶね)いまだも来ねばあらかじめ荒ぶる君を見るが悲しさ(万4-556)

【通釈】筑紫への船がまだやって来てもいないのに、その前から、疎遠になるあなたを見ることが悲しい。

【補記】巻四相聞。大伴旅人が大宰帥であった頃、筑紫に赴任する大伴三依に贈った歌。「荒ぶる」は「心が荒れる」意でなく、「疎遠になる、疎々しくなる」意。旅立つ恋人の態度が冷たくて悲しいと言っているのではなく、永い別離を思い、その間の辛さを予見してしまう己の心が悲しいのである。

賀茂女王の歌一首

大伴の見つとは言はじ茜さし照れる月夜(つくよ)(ただ)に逢へりとも(万4-565)

【通釈】あなたをはっきり見たとは言いますまい。明るく照り渡る月夜に、じかに逢ったのですけれども。

【語釈】巻四相聞。「大伴の」はもともと地名の「御津(みつ)」にかかる枕詞であるのを、「見つ」の枕詞に転用した。短い逢瀬に満足しなかったので「見つとは言はじ」と言っているのだろう。これも三依に贈った歌か。

【他出】綺語抄、和歌童蒙抄、五代集歌枕、色葉和難集、歌枕名寄、夫木和歌抄、井蛙抄

【主な派生歌】
夢にても見つとはいはじ朝な朝なわが俤にはづる身なれば(*伊勢[伊勢集])

賀茂女王の歌一首

秋の野を朝ゆく鹿の跡もなく思ひし君に逢へる今宵か(万8-1613)

右の歌は、或いは云はく椋橋部女王の作と。或いは云はく笠縫女王の作と。

【通釈】秋の野を朝行く鹿のように、どこへ行ったか見当のつかなかったあなたに、お逢いできた今宵ですよ。

【補記】秋相聞。上二句は「跡もなく」を導く序詞。秋は鹿の恋の季節で、「朝ゆく」とは、野に臥せっていた鹿が、朝になり山へ帰ってゆくことを言う。すなわち掲出歌は、後朝の別れのあと、しばらく消息の途絶えていた男に再び逢えた喜びを詠んでいるのである。


更新日:平成15年11月20日
最終更新日:平成21年02月05日