正徹 しょうてつ 永徳元〜長禄三(1381-1459) 庵号:松月庵 道号:清巌(せいがん)

※「工事中でも良いから見せてほしい」とのご要望がありましたので、暫定的に公開しているものです。未推敲のノートに過ぎませんので、引用などはなるべくお控え下さい。後日一旦削除し、完成後、再アップするつもりです(2011.9.1)。

末尾に出典名を記していない歌は、すべて『草根集』から採ったものである。「丹鶴」とあるのは丹鶴叢書版『草根集』。それ以外は、ノートルダム清心女子大学古典叢書『草根集』(一)〜(四)に拠るが、他書を参考として改変した場合もある。
参考文献および注釈の付いていないテキストはこちら

  17首  13首  20首  17首  17首  16首 計100首

立春

おしなべて霞みにけりな海山もみなわが国と春やたつらん(丹鶴4-441)

【通釈】すっかり霞んでしまったものだ。海も山も、皆我が領土であると、春がはっきり姿を現わしたのだろうか。

【補記】「みなわが国と」、春が海も山もおしなべて領した、という程の意。「みなわが時と」とする本もあるが、歌柄が小さくなる。発想は下記基家詠の剽窃に近いが、「霞みにけりな」と二句切れにして見違える作となった。

【参考歌】俊恵「新古今集」
春といへばかすみにけりなきのふまで浪まに見えし淡路島山
  藤原基家「夫木和歌抄」
おしなべてかすみかかれる海山をみなわが国と春は来にけり

六日京へいづとて

春来てはまづ咲く花の都ぞと思ひなしにも空ぞのどけき(丹鶴2-492)

【通釈】春が来れば真っ先に咲く花の都なのだ――そう思うゆえに、気のせいなのだろうか、空がのどかに感じられるよ。

【語釈】◇まづ咲く花の都 この「花」は下記憶良の本歌からしても梅の花と見るべきだろう。「まづ咲く花の」「花の都」と掛けていることは言うまでもない。

【補記】永享四年(1432)正月六日、草庵を結んでいた京郊外の今熊野(京都市東山区)より洛中へ出掛ける時の詠。

【本歌】山上憶良「万葉集」
春さればまづ咲く宿の梅の花ひとり見つつや春日暮らさむ
【参考歌】伏見院「玉葉集」
春きぬと思ひなしぬる朝けより空も霞の色になりゆく

夜梅

風や知るいづくにさける梅ならんただ香ばかりの春の夜の闇(650)

【通釈】風は知っているか、どこに咲いている梅なのか。ただ香ばかりが漂う、春の夜の闇よ。

【補記】「ただ香ばかりの」には「たったこれだけの」の意が掛かる。初句切れ「風や知る」のあざとさ、使い古された趣向。美女の死化粧の妖艷。

【本歌】凡河内躬恒「古今集」
春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やはかくるる

春月 (二首)

天の原春のみどりの色にすむ月の光はかすむともなし(810)

【通釈】夜空は萌え出る緑を予感させるかのように青々と澄んでいる――澄み切った月の光は霞むこともない。

【補記】春の月と言えば朧月という常識を覆し、萌え出る緑の色のように澄んでいるとした。

【主な派生歌】
空きよみかすむともなし春の月おぼろは花の色にゆづりて(木下長嘯子)

 

春の夜をくもると見つつまどろめば夢ぢかすめる有明の月(838)

【通釈】春の夜、空が曇ると見ながらうとうと眠りに落ちる――と、夢の中でも有明の月が霞んでいることよ。

【補記】『正徹千首』では初句「春の夜に」。

春天象

いくさとの花鳥の()もかすむ日の光のうちに籠る春かな(930)

【通釈】

春獣

夕まぐれ野がひの牛は歩みきて霞める道に逢ふ人もなし(989)

【通釈】

春山風

山おろし初瀬の霞吹きまよひこもりもはてぬ花の色々(966)

【通釈】

尋花

しら雲の八重山遠く匂ふなり逢ふをかぎりの花の春風(1095)

【通釈】

【本歌】凡河内躬恒「古今集」
わが恋はゆくへも知らずはてもなし逢ふを限りとおもふばかりぞ

おくれ猶まだ花の香もとどまらぬ山路暮れ行く袖の月影(1097)

【通釈】

終日対花

朝露はかかれとてしも消えざりし夕の風に散るさくらかな(1239)

【通釈】朝露はかくあれと思って消えずにいたのだ。夕べの風に散ってゆく桜よ。

【本説】「白氏文集・秋蝶」(→資料編
夜深白露冷 蝶亦死叢中 朝生夕倶化 気類各相従

【補記】花に宿る朝露は、桜の運命を知っていたのか。朝の光と共に消えるはずの露が、いつになく夕方まで残っていた。そうして夕風に散る桜と共に、今は惜しげもなくこの世を去ってゆく。

曙春雨

山風の松に木ぶかき音はして花の香くらき明けぼのの雨(1537)

【通釈】

【補記】第二句、「正徹千首」は「松に木ぶかく」。

暮山花

高嶺こす木のまの夕日影消えて桜にかへる花の色かな(1341)

【通釈】

【補記】「夕日影」句またがり。「桜にかへる」夕日に映えて色づいていた山桜が、素の純白に還る。

閑居花

まぎるべき風さへ吹かで散りかかる花の音きく窓のうちかな(1362)

【通釈】

【補記】「正徹千首」、第二句は「風だにふかで」。

落花

咲けば散る夜のまの花の夢のうちにやがてまぎれぬ嶺の白雲(1425)

【通釈】夜の間に見る、咲くと散る花の夢――その夢のうちに、そのまま入り混じって見分けがつかなくなってしまった。嶺の白雲と桜の花びらと。

【補記】源氏が藤壺との密会を「夢」と言い、夢の内にまぎれて消えてしまいたいと嘆いた歌を本歌取りし、花と雲が紛れあう夢(あるいは夢のような情景)に、恋人がおぼろに現れては消える夢のおもむきを重ね合わせている。

【本歌】「源氏物語・若紫」
見てもまた逢ふ夜まれなる夢のうちにやがてまぎるる我が身ともがな
【参考歌】中務「拾遺集」
咲けば散る咲かねば恋し山桜思ひたえせぬ花のうへかな

月前落花

桜花散りかひかくす高嶺より嵐を越えて出づる月かげ(1448)

【通釈】桜の花が散り交って隠す高山の頂き――そこから、嵐を越えて現れる月の光よ。

【補記】下記参考歌二首の合成作品。「散りかひくもる」を「散りかひかくす」に、「嵐をわけて」を「嵐をこえて」にと、ほんの少し手を加えただけで、かくも丈高い落花詠を生み出す、正徹の言葉の錬金術。永享五年正徹詠草に見える。作者五十三歳の詠。

【参考歌】在原業平「古今集」
桜花散りかひくもれ老いらくの来むといふなる道まがふがに
  藤原家隆「壬二集」
さらしなや姨捨山の高嶺より嵐をわけていづる月かげ

寄花夢

山ざくら苔の莚にちりぞしく夢はふたたびかへる枕を(1480)

【通釈】

【補記】結句、「正徹千首」は「かへる枕に」。

郭公稀

つれなくて有明過ぎぬ郭公この三か月にきえし一こゑ(2199)

【通釈】有明の月影にせめて一声をと、夜を徹して待ち続けた日々はむなしく過ぎ、すでに月替って、三日月が出たこの夕べ――思いもかけず時鳥が鳴き、聴き入る暇もなくたちまち消えてしまったとは。

【本歌】壬生忠岑「古今集」「百人一首」
有明のつれなく見えし別れよりあかつきばかり憂きものはなし

夏月

光もて卯月の月のしらがさねかさねようすし夜はのさ衣(2261)

【通釈】

水辺夏月

涼しさはま清水あさみさざれ石もながるる月の有明のこゑ(2300)

【通釈】

磯夏月

いづれうき入りぬる磯の夏の夜はみらくすくなき月と夢とに(2309)

【通釈】

【本歌】大伴坂上郎女「拾遺集」
潮みてば入りぬる磯の草なれや見らく少なく恋ふらくの多き

夏草

小百合葉のしられぬし水くみたえて野中の草を結ぶ山風(2386)

【通釈】

盧橘

風さそふ花橘をそらにしておほふも雲の袖の香やせん(2467)

【通釈】

【本歌】

杜樗

(あふち)さく雲一村のきえしよりむらさき野行く風ぞ色こき(月草)

【通釈】

【補記】宝徳三年(1451)五月、正徹七十一歳の作。

【本歌】額田王「万葉集」
茜さす紫野ゆき標野ゆき野守は見ずや君が袖振る

五月晴

五月雨はむら雲いでてくらき夜の北にながるる星のかげかな(2545)

【通釈】

夕立風

吹きしをり野分をならす夕立の風の上なる雲よ木の葉よ(2599)

【通釈】草木を吹き撓ませ、野分を押しつぶす夕立の風――その風上にある雲よ、舞い散る木の葉よ。

【語釈】◇夕立の風 夏の夕方、突然起こる強い風。この風の後に俄雨が降ることが多い。◇野分をならす 「野分」は野を分けて吹く強風。「ならす」は「均す」、すなわち「平らにする」意。野分の風さえ押しつぶすように吹く夕立の風の強さを言っている。◇雲よ木の葉よ 夕立を降らせる雲が間近に迫り、その雲を運ぶ大風によって木の葉が吹き飛ばされている。

【補記】永享五年(1433)六月二十五日、草庵における月次会での作。後年の同題の詠では「てる日影むかへる壁に夕立のかかりてかわく風ぞ匂へる」の繊細な感覚にも瞠目される。

夕立過山

草も木もぬれて色こき山なれや見しより近き夕立のあと(2609)

【通釈】草も木も、雨に濡れて色濃くなったのだろうか。以前眺めた時よりも近く感じられる、夕立のあとの山よ。

【参考歌】慈円「拾玉集」
ふかみ草やへのにほひの窓のうちにぬれて色こき夕だちの空
  永福門院「新千載集」
秋霧のむらむらはるるたえまよりぬれて色こき山の紅葉ば

遠夕立

山づたひ夕立うつる風さきに木の葉も鳥もふかれてぞ行く(2635)

【通釈】

夏夢

時のまに明くるは五月さまざまに見えてのこらぬ夢は秋の夜(3044)

【通釈】

夏風

学びえよこひねがはしきみな月の風のすがたを大和ことのは(3065)

【通釈】こいねがわくは神よ、日本語の詩、和歌を我に学び得させよ。例えば理想とすべきは晩夏六月の爽やかな一陣の風――そのように捉えがたい姿だとしても。

【語釈】◇学びえよ 我よ(我が歌よ)学び得よ。◇こひねがはしき 望ましい。理想とすべき。「こひねがふ」は神仏に祈り願う意なので、前句との繋がりからは神に対して「学び得」ることを願う意が響く。◇みな月 陰暦六月。暦の上では晩夏であるが、一年の内もっとも暑い季節。「風待月」の異称もある。◇大和ことのは 漢語を用いない日本語の詩歌。和歌。

【補記】一首の根幹となる歌意は「晩夏に待望される涼風のような和歌の理想の風体を習得したい」ということだが、独特の詞遣いによって様々な連想が働く。

海早秋

沖つ風西ふく浪ぞ音かはる海の宮古も秋やたつらん(3307)

【通釈】

【補記】当時「都」を「宮古」と書いた例は少なくない。この字によって「古い宮」のイメージが添わるので、現在の通用字に置き換えることは控えた。

初秋

友ぞなき四十(よそぢ)余のこの山に初風なれし秋もわすれず(3193)

【通釈】秋風が吹けば人恋しさは募るものだが、遁世して四十余年、永く山に籠り住む私には友とて無い。むしろ風を友として馴れ親しんで来た歳月なのだ。風に思い出は多いけれども、ことに俗世を捨て初めて迎えた、あの秋の初風はまあ忘れない。秋風に馴れるまでの辛い日々は、人恋しさとの戦いであった。

【補記】「侍長谷寺仏前詠五十首倭歌」。宝徳三年(1451)四月、最晩年の作。

秋風

みるままにむなしき空の秋の風さはる声なき雲ぞ身にしむ(3352)

【通釈】果てしなく広がる秋の大空。その深く澄んだ青は美しいが、それよりは白雲の方が私には慕わしく、身に染みる。「さはる声なき雲」――雲は風に当たっても音を立てることなく悠然と空に漂う――その沈黙の深さのゆえに。

露如玉

秋草の露とこたふる風もなしただしら玉をみがく月かげ(3437)

【通釈】

【本歌】「伊勢物語」六段、在原業平「新古今集」
白玉かなにぞと人の問ひし時露とこたへてけなましものを

虫声幽

露霜にあへずかれ行く秋草の糸よりよわき虫のこゑかな(3534)

【通釈】

【補記】「あへず」は「抵抗しきれず」。「糸よりよわき」は楽器の弦を連想させると共に、今にも命の途切れそうな虫の音を響かせている。

【本歌】藤原頼輔「新続古今集」
花みるもくるしかりけり青柳の糸よりよわき老のちからは

夕暮はそれしもかなし秋の色のかくれかねたる山のうす霧(3601)

【通釈】

秋夕(三首)

【通釈】

うしとてもよもいとはれじわが身世にあらむ限の秋の夕暮(3646)

【通釈】

【参考歌】
摂政家丹後「千載集」
うしとてもいとひもはてぬよのなかを中中なににおもひしりけん

うかびきぬうきを心にかさぬれば去年の夕の秋の面かげ(3647)

【通釈】

【参考歌】藤原定家「玉葉集」
こしかたはみな面かげにうかびきぬ行末てらせ秋の夜の月

身のうさも今いくほどとなぐさめて思ひすつれば秋の夕ぐれ(3657)

【通釈】

田家秋風

さそふともいなばにさむき初霜よからずは何の夢の秋かぜ(3734)

【通釈】

独見月

友ぞなきさらむ此世も生れしもよしや独と月をのみみて(3986)

【通釈】

【補記】「さらむ」さあらむ。「これからもそうであろう」の意。「此世も生まれしも」この世を生きていく上でも、生まれ落ちた境遇も。

閑見月

すみのぼる心にすめる月をみて月をわするる秋のさ夜中(3990)

【通釈】

【参考歌】花園院「風雅集」
わが心すめるばかりにふけはてて月を忘れてむかふ夜の月

湖月

にほの海の霧ふきたつる程ばかり月に見えたる秋のしほかぜ(4137)

【通釈】

関月

窓の月にいとまありともむかはめやおのれにくらき文字の関守(4147)

【通釈】

古郷月

むかしよりいく世の人かあかずしてながめすてけん故郷の月(4172)

【通釈】

【補記】正徹千首では題「寄月懐旧」。

しろたへの色とも見えず朝ぼらけ音ゆく水のあやの河霧(3595)

【通釈】

萩露

白玉かなにぞととへば萩のうへの影はこたへずふるさとの月(4704)

【通釈】

【本歌】「伊勢物語」六段、在原業平「新古今集」
白玉かなにぞと人の問ひし時露とこたへてけなましものを

河辺菊花

水無川(みなしがは)秋のかたみをおきの海に()きうつろはぬしら菊の花(4771)

【通釈】

【補記】水無川は水無瀬川のことか。「おき」「しら菊」に後鳥羽院を暗示。

雨後月

秋やときはじめは雨をしぐれとも思はぬ月のはれくもり行く(4032)

【通釈】秋は時の進みが速いのだろうか。降り出した雨を、初めは時雨とも思っていなかったが、月は慌ただしく晴れたり曇ったりする。

暮秋鳥

したふとや翅はやめて行く秋のみねの入日にくもる雁がね(4921)

【通釈】

竹霜

まどろまでさ夜もはるかに竹のはの霜にさえたる風の音かな(5186)

【通釈】

落葉(二首)

【通釈】

嵐ふく空は木の葉の村立にこの比雲のゆききをも見ず(5222)

【通釈】

山嵐峰の白雲ふきまぜてくれなゐうすく行くもみぢかな(5255)

【通釈】

風前落葉

風きけば峰の木の葉の中空に吹きすてられて落つるこゑごゑ(5274)

【通釈】

冬月

月のうちにひびきのぼると思ふまで霜夜の鐘に影ぞさえ行く(5357)

【通釈】

【補記】霜夜の鐘の凛冽たる響が、月光をいやましに冴えしめる。

寒夜残月

月すめば冬の水なき空とぢて氷をはらふ夜はの木枯(5424)

【通釈】月が冴え澄む冬の寒夜、池の水面はすっかり氷に閉ざされて――その上を払うように吹き過ぎる夜の木枯し。

【本歌】紀貫之「古今集」
さくら花ちりぬる風のなごりには水なきそらに浪ぞたちける

【参考歌】慈円「六百番歌合」「拾玉集」
春くればこほりをはらふ谷風の音にぞつづく山河のみづ
  藤原定家「拾遺愚草員外」
春風のこほりをはらふ池水はやどれる月の影もあらたに

炭竈

やきはつるまきの炭がまぬりこめて煙たえ行く山のさびしさ(5747)

【通釈】

風まぜにあらく落ちしはしづまりてこまかにつもる庭の白雪(5842)

【通釈】

【参考歌】飛鳥井雅経「明日香井和歌集」
ほどもなくあはれもふかきながめかなこまかにつもる夕ぐれのゆき

暮山雪(二首)

【通釈】

梢もる入日の影は消えながらゆふぐれとほきみねのしら雪(5884)

【通釈】

【補記】夕日は消えてゆくが、雪明かりゆえに夕暮はまだ遠く感じられる。

わたりかね雲も夕を猶たどる跡なき雪の嶺のかけはし(5885)

【通釈】

【補記】雪明かりゆえ、本当の夕方かと雲が疑うのである。「雲も」と言うのは、人も疑うから。「跡なき」は人跡がない意。「かけはし」は山の急斜面に掛け渡した梯子。正徹物語にあり。

山深雪

時雨までくもりてふかくみし山の雪におくなき木々の下折(5887)

【通釈】

【補記】晩秋から初冬、時雨の季節までは雲がかかって奥深く見えた山――それが真冬の今、一面白く雪に覆われていて、何処からともなく木々の下折れが響けば、一層奇妙な距離感の喪失。『正徹物語』に見える、正徹の自讃歌。

曙雪

しら鷺の雲ゐはるかに飛びきえておのが羽こぼす雪のあけぼの(集外歌仙)

【通釈】

雪中行人

くる人のむかふふぶきに物いはで雪ふむ音のさゆる道のべ(5999)

【通釈】

夜雪

さ夜風はただ一足にしづまりてをち方きけば雪折の声(6053)

【通釈】

冬櫛

黒髪もさやけかりきやたく櫛のほかげにみえし夜はの乙女子(6245)

【通釈】

冬天

しらざりき緑の空にあふぎても遠きを冬といへる心を(6203)

【通釈】

仏名

となふてふ三世の仏の道はあれどくる春もなくさる年もなし(6162)

【通釈】

忍恋

くるるまの花のおもかげ身にそはばねても別れじ春のよの夢(6491)

【通釈】

【補記】「花のおもかげ」は夕暮のまぎれにほの見た恋人の姿。そのイメージが胸中を去らずにいるなら、今宵眠りについてもその人と別れることはない。夢で逢えるのだから――はかない春の夜だとしても。

【参考歌】平国時「玉葉集」
あふとみるその面かげの身にそはば夢ぢをのみや猶たのむべき

祈恋

ゆふしでも我になびかぬ露ぞちるたがねぎごとの末の秋風(正徹物語)

【通釈】

【参考歌】宗尊親王「竹風抄」
うかりけるたがねぎごとの神な月あはれなげきの杜ぞ時雨るる

契恋

宿りかる一村雨を契にて行くへもしほ(ぼ)る袖の別路(正徹物語)

【通釈】

【補記】二十八段。飛鳥井殿(雅親か)に褒められたとある。

別恋

衣々のちかきかたみはねし床の涙もいまだあたたかにして(6579)

【通釈】

尋恋

ゆきて我が心のおくをかたらばやたとへばえぞが千島なりとも(6673)

【通釈】

【本歌】「伊勢物語」、在原業平「新勅撰集」
しのぶ山しのびてかよふ道もがな人の心のおくも見るべく

遠恋

おもひねの夢路を遠み覚めゆけば分けこしむねにさわぐささはら(6911)

【通釈】

幼恋

よりあはん契とまではかけざりきまだあげまきの年の思ひを(6958)

【通釈】

【補記】「よりあふ」は一つになる意。「あげまき」は振り分け髪のことで、十三、四歳の頃の髪型。

春恋

夕ま暮それかと見えし面影も霞むぞかたみ在明の月(6974)

【通釈】

【参考歌】藤原定家「拾遺愚草」
おも影のそれかと見えし春秋もきえて忘るる雪の明ぼの

夢別恋

二たびの名残もかなしおき出でて別ると見しは夢に別れて(7132)

【通釈】

【補記】起き出て別れる夢を見た後、再び現実に別れねばならぬ、その名残の悲しさ。

互別恋

しののめの道のべ遠く行きつれて衣々よりもうき別かな(7148)

【通釈】

春夜恋

花の香もうつろふ月の手枕に覚めざらましの春のよの夢(7413)

【通釈】

【参考歌】藤原俊成女「俊成卿女集」
思ひつつぬるよかたらふ時鳥さめざらましの夢か現か

海辺恋

わたつ海の雲のはたてに消えかへる心よせなむ(をち)の夕浪(7392)

【通釈】

寄雲恋

身にぞしむむなしき雲の塵ばかりはらふたよりの床のあき風(7637)

【通釈】なんと身に染みることか、独り寝の床を吹き過ぎる秋風は――「風の便り」と言うが、あの人からの消息を届けず、床の塵を払う方便にしかならぬ風――あの人は死んだわけでもないのに、恰も虚しい煙のあとに残ったかのようなその塵を!

【参考歌】藤原定家「拾遺愚草」
下荻もおきふしまちの月の色に身を吹きしをる床の秋風

寄柞恋

はらへ風ゆるさぬ中のゆかりうきははその森のあらき言の葉(7845)

【通釈】

寄月恋

人ぞうき待つと別の二道にうらみられても月ぞ残れる(8365)

【通釈】つれないのは月より人だ。待つにつけ別れるにつけ、恨まれても月は空に残っているが、私が恨み言を漏らしたら、あの人はもう姿を見せもしない。

【本歌】後徳大寺左大臣「千載集」
ほととぎす鳴きつる方をながむればただ有明の月ぞのこれる

【参考歌】藤原秀能「新古今集」
人ぞうきたのめぬ月はめぐりきて昔わすれぬよもぎふのやど

寄花別恋

おくれ風花さくら戸のやすらひに出で行く袖のあかぬ匂を(8482)

【通釈】

寄花厭恋

人心うつろふ花に遠ざかるうき身や風の姿なるらん(8476)

【通釈】

暮林鳥宿

哀にも鳥のしづまる林かな夕とどろきの里はのこりて(8937)

【通釈】

【補記】「夕とどろき」は、暮れ方に恋情が募り、胸が騒ぐこと。また、夕方どこかで物音が響くことをも言う。同題の「暮れわたる遠の林は色消えて雪にしづまる鷺の一むら」の水墨画風の叙景も印象に残る。

江雨鷺飛

むら雨のふる江をよそに飛ぶさぎの跡まで白きおもだかの花(9064)

【通釈】

【参考歌】藤原定家「風雅集」
おもだかや下葉にまじるかきつばた花ふみわけてあさるしらさぎ

月くもる千里しづかに音もせず明くるさかひや人もまどろむ(9415)

【通釈】

【補記】初句「月くもり」とする本もある。

暮山

おもひ入る心の色も暮ごとに遠ざかるなり山はうごかで(9534)

【通釈】

田家

住みすててのこる庵もかたぶきぬかり田さびしき四方の嵐に(9770)

【通釈】

【参考歌】藤原為実「夫木和歌抄」
すみすてて刈田にのこる杉柱秋のしるしも見えぬいほかな

十八日海印寺にまかり三七日のをはりに弟の普門院僧正秀経、同院法印弁雅などにつかはしける

物毎に心をとめし山里の岩木もしるや人のはかなさ(丹鶴3-217)

【通釈】

【補記】哀傷歌。知友であった海印寺の僧正広経の三七忌日に詠んだ歌。「弟」とあるのは広経の弟と言うこと。

島松

ひとり立つ波やのどけき世の中をはなれ小島の松の心は(9277)

【通釈】

寄月釈教

あふげとてむなしき空にさす指をまもりて月をみる人もなし(丹鶴10-322)

【通釈】

釈教

こゑぞせぬ三世の仏の名をとへばたれぞ心のおくにこたふる(10481)

【通釈】

勧発品 常越遠近当如敬仏

かつみゆる月にこの手をあはせても先づ立ちむかへ出づる山のは(丹鶴6-1093)

【通釈】

授記品

中空の月まちえてぞ四方の人匂へる花の光をもみる(丹鶴6-1099)

【通釈】

懐旧

おもひつつかたりいださぬ古をひとりしのぶとしる人もなし(10277)

【通釈】

玉津島の社にて十首法楽に

ことのはをえらぶ数にはいらず共ただかばかりを哀ともみよ(丹鶴3-416)

【通釈】

世々を見し夢の面影たつちりのいそぢの床をはらふ松かぜ(10414)

【通釈】

孤夢

あととめてさむるか夢の中空に(ひとり)の雲の残るをぞ見る(10428)

【通釈】

寄天祝

曇なきただ大空にむかひても君を八千代と祈るばかりぞ(丹鶴6-793)

【通釈】


最終更新日:平成19年04月26日