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「残菊」は重陽の節句(陰暦九月九日)以後の菊を言う場合もあるが、ここに言う「残菊」とは、和歌によく詠まれた、萎れ始めた頃の菊――花びらを紅あるいは紫へと変えてゆく白菊の花のことである。上の写真の濃い赤紫は、白菊のうつろい果てた姿である。
純白の菊を愛した古人は、このように盛りを過ぎて色を変えた花をも賞美して歌に詠んだ。
『草庵集』 前関白家にて、菊 頓阿法師
うすくこくうつろふ菊の
籬 かなこれも千草の花とみるまで(通釈:薄かったり濃かったり、日に日に色を変えてゆく、垣根の菊よ。これもまた秋の千草の花と見える程に。)
秋の千草はとうに枯れ果てた季節、ひとり咲き残る菊。その色の移ろいのバリエーションを多種多彩の花に見立てた趣向である。
『挙白集』 残菊 木下長嘯子
むつまじみなほ袖ふれん紫にうつろふ菊は秋のゆかりを
(通釈:睦まじく親しんで袖を触れよう。紫に色を変える菊は、秋にゆかりのものなのだから。)
妻の親類縁者を「紫のゆかり」と言うことから、色を変えた菊を「秋のゆかり(縁者)」と呼んで興じ、「むつまじみ」袖を触れようと風雅に戯れた歌。
凋みかけた菊はいっそう香をつよくして、ひとしきり秋のなごりを漂わせる。
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『貫之集』 (のこれる菊) 紀貫之
秋さける菊にはあれや神無月時雨ぞ花の色はそめける
『古今集』 (詞書略) 平貞文
秋をおきて時こそ有りけれ菊の花うつろふからに色のまされば
『風雅集』 (残菊) 藤原経家
そめかふる籬(まがき)の菊のむらさきは冬にうつろふ色にぞありける
『順徳院百首』 (詞書略) 順徳院
冬来ても猶時あれや庭の菊こと色そむるよもの嵐に
『新続古今集』 (弘安百首歌に) 後嵯峨院大納言典侍
おく霜にうつろはんとや朝な朝な色かはり行くしら菊の花
『草根集』 (残菊) 正徹
冬草はみながらかれて紫の一もと菊に匂ふ霜かな
『去年の雪』 窪田空穂
白菊の咲き極まりて衰ふる態(さま)と見むかも紅(あけ)を帯び来ぬ
公開日:平成18年2月10日
最終更新日:平成18年2月10日