蔦紅葉 つたもみじ(つたもみぢ) Autumn tints of Ivy

蔦紅葉 鎌倉市雪ノ下にて

蔦はブドウ科、つる性の落葉低木。名は「つたふ」から。
山野では木々や岩に絡みつき、街中では建物の塀や壁に絡みついて、日頃見馴れた植物であるが、晩秋には鮮やかに紅葉して人目を惹く。大柄の葉はまだらに色づき、やがて紅褐色あるいは暗紫色を帯びて、独特の渋い色合に染まる。
伊勢物語の第九段に「宇津の山にいたりて、わが入らむとする道は、いと暗う細きに、蔦、楓はしげり、もの心ぼそく」云々と言及されたことを踏まえて、和歌では旅の歌によく取り上げられた。

『大僧都心敬集』  蔦風

うつの山つたの葉もろき秋風に夢路もほそきあかつきの空

(通釈:宇津の山で旅寝すれば、蔦の葉ももろく散る秋風のために、現実の山道ばかりか、故郷へ辿る夢路も細々としている、暁の空よ。)

色づいた末の枯葉が秋風に脆くも散り、カサカサと渇いた音を立てて山道を転がってゆく。そんな様を、歌人たちは旅ゆく我が身の心細さに重ねて見たのであった。
中世以後、紅葉した蔦も盛んに詠まれるようになるが、やはり侘しげな風情の歌が多い。

『新勅撰集』  百首歌の中に  式子内親王

秋こそあれ人はたづねぬ松の戸を幾重もとぢよ蔦のもみぢ葉

(通釈:秋だというので――私に飽きたというわけで――人は訪ねて来ない我が家――その松の戸を、いっそ幾重にも閉じてしまえ、蔦の紅葉よ。)

これほど苛烈な孤独の歌も珍しいだろう。しかしこの激しさは「人」を渇望する激しさでもあったはず。「蔦のもみぢ葉」の美しいけれども暗い情熱を秘めたような色合が、痛いほど心に沁みる歌だ。

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  『玉葉集』 (題しらず) 慈円
年をへて苔にむもるる古寺の軒に秋ある蔦の色かな

  『壬二集』 (蔦) 藤原家隆
ちらぬより紅葉にたどる山路かな岩ねの蔦や色かはるらん

  『新古今集』 (山路秋行) 藤原定家
都にもいまや衣をうつの山夕霜はらふ蔦の下道

  『拾遺愚草員外』 (雑) 藤原定家
つたかへでしげる山ぢのむらしぐれ旅行く袖に色うつりけり

  『俊成卿女集』 (紅葉) 
時雨るれどよそにのみ聞く秋の色を松にかけたる蔦の紅葉ば

  『瓊玉集』 (故郷秋風) 宗尊親王
ふる郷のかきほの蔦も色付きて河原の松に秋風ぞ吹く

  『伏見院御集』 (蔦)
ふるさとや人はのきばの荒れまくになほ秋したふ蔦の色かな
人も見ぬ垣ほの蔦の色ぞこきひとり時雨のふるさとの秋
夕時雨ふるさとさむき秋風に軒端にもろき蔦のもみぢ葉

  『続草庵集』 (詞書略) 頓阿
うつの山こえしや夢に成りはてん垣ほの蔦の色に出でずは

  『草根集』 (蔦散風) 正徹
霧はれぬいかなる道かくらからむ蔦の色ちるうつの山風

  『続亜槐集』 (紅葉) 飛鳥井雅親
くらかりし松かげいづこ紅葉葉の色にてり行く蔦の下みち

  『後水尾院御集』 (蔦懸松)
うすくこく露や色どる松垣にゑがくとみえてかかる蔦の葉

  『東歌』 (蔦) *加藤枝直
さびしさを色に出でにけり蔦かづらくる人もなき軒にかかりて

  『獅子巌和歌集』 (垣根のつた紅葉しけるを) 涌蓮
わが庵の垣根の蔦のうす紅葉あはれ時雨にもれぬ色かな

  『山と水と』 佐佐木信綱
秋風の嵯峨野をあゆむ一人なり野宮(ののみや)のあとの濃き蔦紅葉


公開日:平成18年3月9日
最終更新日:平成18年8月4日

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