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藤袴はキク科の多年草。名に「袴」が付くのは、筒状の花弁が袴に似ていることから。
万葉集由来の「秋の七草」の一つであるが、万葉集では当の憶良の歌以外、全く詠まれておらず、当時はまだ余り広まっていなかったのだろうか。唐より渡来し帰化したのは、憶良の生きた奈良朝の頃と言われている(在来種とする説もあり)。
古今集では秋の巻に藤原敏行・紀貫之・素性法師という著名歌人の藤袴を詠んだ歌が並び、以後、この三首から多くの作が派生することになる。
是貞のみこの家の歌合によめる としゆきの朝臣
なに人かきてぬぎかけし藤袴くる秋ごとに野べをにほはす
(通釈:どんな人がやって来て、着ていたのを脱いで掛けたのか。藤袴は、秋が来るたび野辺を美しく彩り、良い香りを漂わせるよ。)
藤袴をよみて人につかはしける つらゆき
やどりせし人のかたみか藤袴わすられがたき香ににほひつつ
(通釈:我が家に泊って行った人の残した形見か、藤袴よ。忘れがたい香にしきりと匂って…。)
藤袴をよめる そせい
ぬししらぬ香こそにほへれ秋の野にたがぬぎかけし藤袴ぞも
(通釈:持ち主は知らないけれども、すばらしい香が匂うことよ。秋の野に誰が脱いで掛けた藤袴なのか。)
いずれも「藤袴」という名を文字通り「藤色の袴」の意に取って言葉遊びを楽しみ、かつその芳香に着目している。
実際のところ花に香りはないそうなのだが、葉と茎は乾燥すると清香を発するので、「香蘭」「王者香」の異称もある程。そもそも我が国には香料として持ち込まれたとも言われている。他の「秋の七草」同様、薬草としても有用な植物だ。
以前は河原などに自生しているのが普通に見られたとのことであるが、現在は外来植物に駆逐されるなどして、滅多に見られなくなってしまった。
写真は鎌倉長谷寺にて。秋の花が咲き乱れる庭園では、よく注意していないと見逃してしまいそうな程地味な植物だ。しかし茎を伸ばした先に品のよい色の小さな花をたくさんつけ、風に揺れる均斉の取れた立ち姿には香気が感じられ、やはり秋の野を彩る花として欠かせない風情がある。
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『万葉集』 (秋野の花を詠む歌) *山上憶良
萩の花尾花葛花なでしこの花をみなへしまた藤袴朝顔の花
『源氏物語』 (「藤袴」)
おなじ野の露にやつるる藤袴あはれはかけよかごとばかりも
『夫木和歌抄』 (長寛二年白河殿歌合、草花) 登蓮法師
藤袴ねざめの床にかをりけり夢路ばかりと思ひつれども
『千載集』(暮尋草花といへる心をよませ給うける) *崇徳院
秋ふかみたそがれ時の藤袴にほふは名のる心ちこそすれ
『藤原頼輔集』 (右大臣家百首なかに、草花を) 藤原頼輔
なつかしき移り香ぞする藤袴われよりさきに妹やきて見し
『続拾遺集』 (述懐百首歌の中に) 藤原俊成
藤ばかま嵐たちぬる色よりもくだけて物は我ぞかなしき
『実材母集』 (詞書略) 西園寺実材母
たれかみし夢の枕のふぢばかまにほひもふかき夜半のなごりを
公開日:平成17年12月31日
最終更新日:平成20年9月9日