5 次頁へゆくまへがきへ戻る       *                                                               十九|四二一四                           留めかねつも       留めることができなかつた                にはたづみ 流るる涕   溢れ出る涙を              遠音にも 聞けば悲しみ  遠くから聞こえるやうに かすかに耳に触れただけで私はもう悲しくて              梓弓 爪弦く夜音の    梓弓の弦を爪弾いて立てる音が 夜              およづれか 人の告げつる 惑はせ言を人が言ひ触らしたのであらうか                まが言や 人の云ひつる  狂言を人が口走つたのであらうか              逝く水の 留めかねつと  流れ去る水のやうに引き留め得なかつたと              玉藻なす 靡きこい臥し  玉藻さながらぐつたりと床に臥し              置く露の 消えゆくが如  露が消え果てるやうに              立つ霧の 失せぬる如く  霧が消え失せるやうに            玉の緒の 惜しき盛りに  妙齢の盛りの時に        真澄鏡 見れども飽かず  澄んだ鏡のやうに見飽きない              何しかも 時しは有らむを どうしたことか よりによつて              たらちねの 御おやの命  君の尊い母上様が              現身も 常無くありけり  現世の人間もまた不滅ではあり得ないのだ              咲く花も 時にうつろふ  咲く花も時が来れば色褪せるけれど