建仁二年(1202)三月二十二日、後鳥羽院が和歌所で行った「三体和歌会」に提出された歌全首を掲載する。テキストは新編国歌大観を使わせて頂いた。但し新編国歌大観番号は略した。
題
春 夏 此二は、ふとくおほきによむべし
秋 冬 此二は、からびほそくよむべし
恋 旅 此二は、ことに艶によむべし作者
左馬頭親定[院御製] 左大臣後京極摂政 良経公
前大僧正[座主]慈円 定家朝臣正四位下行左近衛権少将
家隆朝臣上総介 寂蓮
鴨長明散位従五位下
春 左馬頭親定院御製
かりかへる常世のはなのいかなれや月はいづくもおなじ春の夜
夏
夏の夜の夢ぢすずしき秋のかぜさむる枕にかをるたち花
秋
しをれこし袂ほすまも長月の有あけの月に秋風ぞふく
冬
おもひつつ明けゆく夜はの冬の月やどりやせばき袖の氷に
恋
いかにせむ猶こりずまのうらかぜにくゆる煙のむすぼほれ行く
旅
旅衣きつつなれゆく月やあらぬ春や都と霞む夜の空
左大臣
春がすみ東よりこそ立ちにけれあさまのたけは雪げながらに
松たてるよさのみなとの夕すずみいまもふかなむおきつしほかぜ
荻はらや夜半に秋風露ふけばあらぬ玉ちる床のさむしろ
山里はまきの葉しのぎ霰ふりせきいれし水のおとづれもせぬ
忘れなむ中中またじ待つとてもいでにしあとは庭のよもぎふ
夢にだにあふ夜まれなる都人ねられぬ月に遠ざかりぬる
前大僧正
吉野河はなのおとしてながるめり霞のうちのかぜもとどろに
まこもかる美豆の御まきの夕間ぐれねぬにめざむる郭公かな
秋ふかきあはぢのしまの有明にかたぶく月を送るうら風
ふる雪に磯の松かぜむすぼほれしまめぐりする波きこゆなり
人しれぬ涙ばかりにぬれ衣を夢にほせやと返してぞぬる
袖の露うらめしきまで旅ごろも草しく床に秋風ぞふく
定家朝臣
花ざかり霞の衣ほころびてみねしろたへの天のかご山
五月雨のふるの神杉すぎがてに木だかくなのる郭公かな
霜まよふ小田のかりいほの小莚に月ともわかずいねがてのそら
はま千鳥つまどふ月の影さむしあしのかれはの雪のうら風
たのむ夜の木間の月もうつろひぬ心の秋の色をうらみて
袖にふけさぞな旅ねの夢もみじおもふ方よりかよふ浦かぜ
家隆朝臣
桜ばな散りかひかすむ久かたの雲井にかをる春の山かぜ
むば玉の夜はあけぬらし足引の山ほととぎす一声の空
虫の音も涙露けき夕ぐれにとふ物とては荻の上かぜ
詠めつついくたび袖にくもるらむ時雨にふくる有明の月
見ずもあらぬながめばかりの夕暮をことありがほに何なげくらん
旅ねする夢路はゆるせうつの山関とはきけどもる人はなし
寂蓮
かづらきやたかまの桜さきにけりたつたのおくにかかる白雲
夏の夜の有明の空に郭公月よりおつる夜半の一声
軒ちかき松をはらふか秋の風月は時雨の空もかはらで
山人のみちのたよりもおのづから思ひたえねと雪は降りつつ
うきながらかくてやつひにみをつくしわたらでぬるるえにこそ有りけれ
むさしのの露をば袖に分けわびぬ草のしげみに秋風ぞふく
鴨長明
雲さそふ天つ春風かをるなり高間の山の花ざかりかも
住みなれし卯花月夜ときふけてかきねにうとき山時鳥
よひの間の月のかつらのうす紅葉照るとしもなきはつ秋の空
さびしさはなほのこりけり跡たゆる落葉がうへの今朝のはつ雪
しのばずよしぼりかねぬとかたれ人物おもふ袖のくちはてぬまに
旅ごろもたつあかつきのわかれよりしをれしはてや宮城野の露
読師 左大臣
講師 定家朝臣
公開日:平成23年12月18日
最終更新日:平成23年12月18日