武蔵国橘樹(たちばな)郡の人。上丁(かみつよほろ)。天平勝宝七歳(755)二月、防人として筑紫に派遣される。
【通釈】家では葦火を焚いているけれども、住み良いものを。筑紫に辿り着いてから、家を恋しく思うだろうなあ。
【語釈】◇葦火 葦などの草を燃料として焼く火。山国でない武蔵国の庶民にとっては、炭は高価な燃料であった。◇恋しけ思はも 「恋しく思はむ」の東国訛りであろう。
【補記】これに応えた妻椋椅部弟女(くらはしべのおとめ)の歌も収録されている。「草枕旅の丸寝(まるね)の紐絶えば吾が手とつけろこれの針(はる)持(も)し」。
最終更新日:平成15年01月05日