祇園梶子 ぎおんかじこ 生没年未詳

本名は梶。梶女とも。京都祇園社の茶店の女主人であったため、「祇園梶子」の名で呼ばれた。和歌は独学であったが、その口ずさむ歌は世の評判となり、堂上歌人冷泉為村にも歌才を愛されるほどで、梶子の茶店には彼女の歌を目当てに訪れる客が多かったという。伴蒿蹊著『近世畸人伝』などにも取り上げられている。生涯独身であったらしいが、百合子という女児を養女とした。百合子とその娘の町子(池大雅の妻、玉瀾)も歌人として知られる。家集『梶の葉』があり、序には宝永三年(1706)秋文月の日付がある。
 
以下には『梶の葉』(続々群書類従十四・女人和歌大系三・新編国歌大観九)より七首を抄出した。
 
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立春の心をよめる

のどけしな豊蘆原(とよあしはら)のけさの春風のすがたも水のこころも

【通釈】のどかなことだなあ。豊かな蘆原と呼ばれたこの国の、立春を迎えた今朝――その風の姿も、水の心も。

【補記】「風のすがた」とは、蘆原を靡かせ水面を渡ってゆく風のありさま。「水のこころ」とは、水の春めいた風情をこう言ったものであろうが、「すがた」「こころ」はそれぞれ外観・内容を意味する対語でもある。風と水、その姿・心を言うことによって、春の風情全体を捉えようとしているのである。

水郷の花といふ題にて

見る人もなぎさの花はおもひいづやたえて桜といひしことの葉

【通釈】今は見る人もなく咲いている渚の花――その花は思い出すだろうか。かつてこの地で「絶えて桜のなかりせば…」と詠まれた和歌を。

【語釈】◇なぎさ 川の汀。「無き」の意を掛ける。◇ことの葉 和歌。

【補記】伊勢物語八十二段、渚の院での歌宴で在原業平が「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」と詠んだ話を踏まえる。題の「水郷」は水辺の景観美に恵まれた名所を意味し、この歌では天野川沿いの交野の地を水郷としたのである。

ほととぎすを聞きて

一こゑは思ひなしかとながめやる雲のいづこぞ山ほととぎす

【通釈】ただ一声聞いたと思ったのは気のせいかと眺めやる雲――どこに隠れて鳴いたのか、山時鳥よ。

【補記】詞書からすると即興の作。「思ひなしか」と疑うのは、声が幽かだったためであるが、それほどに時鳥の声を待望していたことも表している。余情のある歌である。

逢夢恋

逢ふことははかなき春の夢路かなやがてうつろふ花のおもかげ

【通釈】恋しい人と逢うことは、はかなく短い春の夢のようなものだ。逢えたかと思うと、たちまち散ってゆく花の面影よ。

【補記】「ある人」が「逢夢恋」の題で「しばしだにせめてさめずは春の夜の夢はみじかき花のおもかげ」と詠んだのに唱和した歌。

さめて後の心を

ちぎりあれば夢にも逢ふと思ふにぞさめしうつつのたのみなりける

【通釈】あの人と縁があるからこそ夢にでも逢えるのだ――そう思うことが、目覚めてのちの現実を生きてゆく頼みの綱なのだった。

【補記】「ちぎり」はこの場合前世からの因縁。夢に縋る思いの強さが、「さめしうつつ」の侘しさを印象づける。

月のうたよみける

見る人のあはれと思ひつらしとも心のままに月やすむらん

【通釈】見る人が喜ばしく思い、あるいは辛いとも思う、その心をそのまま映して、澄んだ月は空にあるのだろうか。

【語釈】◇あはれ この場合「つらし」の対語と見られ、喜ばしい感情を言うのだろう。

【補記】下記正徹詠を拝借したか。ほぼ同内容であるが、措辞は梶子の作がまさっている。

【先蹤歌】正徹「草根集」
ながめつつ哀と思ひつらしとも人のままにや月はすむらん

ある人のもとより

梶の葉にかきつくしてもたのむかなあはれ一夜を星にたぐへて

【通釈】梶の葉に願い事を書けるだけ書いて、期待するよ。ああ、一夜の契りを、牽牛織女の二星にならって。

【語釈】◇梶の葉 クワ科の落葉高木カジノキの葉。七夕祭りの際、七枚の梶の葉に詩歌などを書いて供え、願い事をする習わしがあった。◇たのむ 神仏にすがり、実現を期待する。◇たぐへて 「たぐふ」には「合せる」「倣う」「まねる」「引き比べる」などの意がある。

【本歌】上総乳母「後拾遺集」
天の川とわたる船のかぢのはに思ふことをもかきつくるかな

と有りし返し

世々たえぬ星のちぎりにたぐへてよ一夜ばかりの中はたのまじ

【通釈】毎年毎年絶えることのない二星の契りに見習って下さいよ。たった一夜きりの仲など、あてにしません。

【補記】本気であったかどうかはともかく、言い寄ってきた男の歌への返歌。相手は七夕が一年に一度ゆえ「一夜」の契りを願うと書いて寄越したのだが、梶子はそれを逆手にとってやり込めたのである。『梶の葉』にはこうした当意即妙の贈答歌が多く見られる。


公開日:平成18年05月07日
最終更新日:平成27年05月08日