山茶花 さざんか(さざんくわ) 姫椿 Camellia sasanqua

山茶花 鎌倉市山ノ内にて
山茶花 鎌倉市山ノ内にて

紅葉は散り尽し、菊も萎れた庭では、山茶花が季節の貴重な彩りとなる。
ツバキ科ツバキ属の常緑小高木。原生種は四国・九州・南西諸島の山地に自生する。江戸時代以降、品種改良が加えられ、庭木として広まったという。もとは白花だけだったのが、今は淡紅・濃紅・絞りなど、様々な色合が咲き競うようになった。
椿に似るが、花の形を保ったまま「落ちる」椿に対し、山茶花は花弁が一枚ずつ「散る」。またこれは私の主観的な印象だが、山茶花は椿に比べると繊弱な感じを受ける。どちらも品種が多彩なので、一概には言えないのだけれど。

八重の山茶花 鎌倉市大町 安国論寺にて
白い八重咲きの山茶花 鎌倉市大町の安国論寺にて

異称「姫椿」と言い、江戸時代以前では田安宗武の歌が一首知られるのみである。近代以降の短歌ではありふれた題材となる。

髪をすく()がゆびさきのうす赤みおびて冬きぬさざん花の咲く

前田夕暮(1883〜1951)の第二歌集『陰影』より。
鏡の前で髪を梳く女――その指先の赤らみに冬の到来を感じ取る歌人。「うす赤み」は冷たい水を使っての家事ゆえか。あたかも庭には薄紅色の山茶花が咲いている。
指先の色と山茶花の色が映え合うばかりでなく、「ゆびき」「ざん花のく」とサ音が微妙に響き合っている。さらに「髪をく」「う赤み」の同じサ行音「す」も妙なる旋律を奏でる上に重要な役目を果たしているだろう。
初冬の冴え冴えと冷たい空気の中で、「汝」と呼びかけた相手への思い遣りが、ほのかな暖かみと哀しみを帯びて伝わって来るようだ。

山茶花 鎌倉市二階堂の拙宅庭にて
紅い八重咲きの山茶花 鎌倉市二階堂拙宅庭にて

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  『悠然院様御詠草』 (柔山茶) 田安宗武
ひめつばき名にも似ぬかも風すかぬ狹間にし植ゑば虫枯らすなり

  『山と水と』 佐佐木信綱
人いゆき日ゆき月ゆく門庭(かどには)の山茶花(さざんくわ)の花もちりつくしたり

  『木草と共に』 窪田空穂
真紅なる山茶花一つ散り残りうつくしき物のさびしさ見する

  『長塚節全歌集』 長塚節
雀鳴くあしたの霜の白きうへにしづかに落つる山茶花の花
山茶花のあけの空しく散る花を血にかも散ると思ひ我が見る

  『春のことぶれ』 釈迢空
山茶花のはな散りすぎて、庭のうへに あたる日の色 濃くなりにけり

  『軽雷集以後』 中村憲吉
山茶花はつぎつぎ紅き莟もてり咲きをはるべきときの知らなく

  『天眼』 佐藤佐太郎
土の上うるほふころはうら悲し四十年山茶花にまつはるおもひ

  『歳月の贈物』 岡井隆
さざん花の夜(よる)ふかき花ほの白うまた月明におびき出されて


公開日:平成18年2月8日
最終更新日:平成21年9月22日

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