気まぐれ日記

真夜中の電話
2000年6月9日午前3時30分頃。
電話が鳴った。トゥルルル。トゥルルル。トゥルルル。
「はい」
「こちら、○×産婦人科ですが、・・・」
 
雨の中央高速
2000年6月8日夜。
車は雨の降り続く中央高速を東京に向かって突き進んでいた。打合せを終え我々は家路を急いでいた。
私は、先輩のBMWの後部座席に座って、時折激しさを増す降りしきる雨を見ながら、
「そろそろ梅雨入りですかね」などと、当たり障りのない会話を繰り返していた。
ラジオからは、ジャイアンツの劣勢が伝えられていたが、私は何となく家族のことが気にかかっていた。
 
明かりの無い部屋
時計は既に10時をまわっていた。
いつもの様に玄関の鍵を開けて部屋に入った。
「ただいま」
返事がない。いつもであれば「お帰り」の声とともに現れる姫と妻の姿がない。
 
置き手紙
「寝てしまったかな」と、思い静かにダイニングに入り明かりをつける。食事を作って待っていてくれるように頼んでいたので、空腹で倒れそうだ。
テーブルに目をやる。妻からの置き手紙を見つける。
「陣痛が始まり、8時頃に病院に行ったこと。姫は横浜のジジ・ババの所に行ったこと。」などと書かれていた。
その時に電話が鳴った。
妻からであった。色々と経過を話してくれた。
「明日中には生まれそうだね」と、言って電話を切る。
私も少し興奮しているのが分かる。
前日少し飲み過ぎたので今日は眠い。
 
そして3時13分
2000年6月9日、午前3時13分、第二子誕生。
3520gの男の子です。予定日より1週間ほど遅れたためにかなり成長していました。
おかげ様で、母子ともに健康です。
生まれたてのせいか、姫と非常に似ている気がします。
 
乾杯
今日は、ドイツワインで1人お祝いです。
(2000年06月09日)

まだ、実の色は青いのですが、問題のトマトも大分実ってきました。
ここで一つ私が勘違いしていたことが分かりました。ミニトマトは、実がミニなだけで苗は普通のトマトと変わらないということです。ここまで大きくなるとは予想外でした。ちょっと大変です。
(2000年05月27日)

姫ももう3歳です。早いものです。
最近のお気に入りは、座間のおじさんとおばさんに買ってもらったモモちゃん(ご存知Post Petのメインキャラクタ)のぬいぐるみとミッフィの箸です。基本的にぬいぐるみは好きなようなのですが、モモちゃんは今までのぬいぐるみ達とは別格のようです。寝るときも一緒、食事も食べさせてあげるし、一緒に遊んで話しかけているところをよく見かけます。家族のことを話すときもモモちゃんの名前が必ず出てきます。どうも姫は、モモちゃんのことを家族の一員と思っているようです。箸は、何事も大人の真似をしたがる彼女が興味を持ったもので、そこそこ使って食べています。お父さんなんて小学校に上がってもまだフォークを使っていたのに、頭が上がりません。
最近、私自身ふと気が付いたのですが、姫と話している時幼児ということを意識することが少なくなりました。まだ2歳なのに、やたら口が達者なせいもあります。
最近答えに詰まったのが、トマトの問題です。彼女は、ミニトマトが大好きです。そこでトマトの苗を買ってきて育てました。苗は順調に育って花が咲きました。皆さんはご存知でしょうか、トマトの花が黄色いことを。お父さんもお母さんもトマトの花は黄色いんだと思っただけでしたが、姫は違いました。
「トマトは赤いのに、トマトの花はどうして黄色いの?」
と、聞かれて2人ともに答えに窮してしまいました。お父さんは、「信号と同じだよ」と、訳の分からない答えをしましたが、勿論姫は納得していません。
どなたか3歳児に理解できる回答をご存知の方はご連絡をお願いします。
(2000年05月15日)

2000年2月土浦から東京都内に引っ越しました。
土浦の部屋が広かったために多くの荷物を廃棄したのですが、やっぱり荷物が溢れ返ってしまいました。私が独身時代に土浦で借りていたアパート(3DK)と間取りが同じなので家族3人がまともに入れるとは疑問だったのですが、現実に直面すると悲しいものがありました。家具が土浦サイズだったことも災いしました。それでも何とか家族みんな元気でやっています。
姫も横浜のみなとみらいの観覧車に乗れて嬉しそうでした。オレンジの観覧車に乗りました。電車やバスに乗れることが嬉しいようです。
花達もそろそろ咲き始めてきました。もう少し落ち着いたら私達の身の回りの状況もお伝えしたいと思います。
(2000年04月17日)

2000年になって我家の家族は風邪で倒れてしまいました。
1月6日の午前4時頃に姫が高熱を出して突然泣き出しました。熱を計って38.5度あったので解熱剤を処方して、朝まで眠りにつきました。朝になって再び熱を計ったところ39.5度ありました。これはやばいと思い毛布にくるんで急いでかかりつけの病院に連れていきました。こんな高熱にもかかわらず、姫はこちらの言葉に微笑んだりして反応してくれました。子供は強いです。
先生に診てもらったところ、インフルエンザではないとのことで一安心しました。また、熱が上がりきったら冷やしてあげた方が良いと言われました。熱が出る前に手足が冷たくて寒がっている時は暖めるほうが良いが、熱が上がったら半袖シャツに着替えさせたり、ぬるま湯に浸けてあげるなどしたほうが良いとのことでした。熱が出て暖めるのは日本ぐらいのものだそうです。ついでに鼻がぐすぐすし始めたお父さんも診てもらいました。2人とも薬を処方してもらいました。姫はピンク色のシロップでしたが、以前まで貰っていたオレンジ色の方が好みのようでした。
そして7日、お父さんとお母さんが熱で倒れました。地獄の始まりです。2人とも39度を超える高熱でした。もう自分のことで精一杯でした。姫の発病が1日ずれていたのが不幸中の幸いで、彼女の熱はほとんど下がっていました。食欲はなくなっていたのですが、このままでは体が参ってしまうのでポカリスエットやプリンを買いに行くために、お父さんは鎮痛解熱剤を飲んで一時的に熱を下げて近所のコンビニまで買い出しに行って来ました。
8日になって、病院から薬を処方してもらっていた姫とお父さんは快方に向かっていましたが、ただ1人薬を飲んでいなかったお母さんはまだ高熱の闇を彷徨っていました。限界に来ていたお母さんは、産婦人科に電話をしたところ点滴をするのですぐ来るように言われました。お父さんが車で病院まで送り届け、3時間程たった点滴終了後に再び迎えに行きました。沢山の薬を貰ってきました。お母さんは、妊娠中なので産婦人科で薬を処方してもらう必要があったのでした。
9・10日に横浜のババとマキちゃんが野戦病院状態の我家に救助活動に来てくれました。これで何とか活動できるまでに回復しましたが、お父さんとお母さんは今だに頭痛が取れず苦闘中です。
後になってお母さんから聞いたのですが、姫は5日に買い物に一緒に行った帰りにぐずって泣き出したそうで、部屋に入って寒いと言っていたそうです。ヒータを着けてあげたら大丈夫と言って普通にしていたとのことでした。既にこの時に気分がすぐれなかったのでしょう。この時に病院に連れて行ってあげていたらと残念でなりません。今回の私達の反省点です。
横浜のジジも同様の風邪をひいてしまいました。このことから考えて、長崎からの帰りの飛行機の機内か羽田空港で感染したと考えています。今年の風邪はキツイです。お気をつけ下さい。
(2000年01月17日)